5.靴の勇者にだって好みはある(前編)
わたくしは運が良い。
今、わたくしは、自分がこの世界の勝者なのだと確信した。
ハズレ枠のスキルのように言われていた『靴』には、ラッキーチートでも付いているのではないかしら?
わたくしは叫び声を上げながら、ヴァランタンだった黒い魔物の三つある首の左端に抱きついた。
「好き――! 大好き――!」
いけないわ! いきなりでは驚かせてしまう!
わたくしは戸惑っている瞳に笑いかけた。
「好き……」
わたくしの語彙力は死んでしまいました……。
「なにを言っておるのだ!?」
失礼なおっさんが後ろから話しかけてきた。
わたくしは愛らしいもふもふの生き物から離れると、デジレに向き直った。
ヴァランタンが本当は、頭が三つもある犬の魔物だったからって、わたくしとの仲を裂けるなんて思わないでちょうだい!
「なにって!? えっ⁉ ケルベロスかわいいよね!?」
デジレは動きを止めた。
あら、わたくし、なにかおかしいことを言いまして!?
そんな風に固まられるようなこと、言っていませんわよね?
「たしかに世の中の主流はフェンリルかもしれないわ。それは認めましてよ。まあ……、わたくしが転生して十数年たっているから、フェンリルの人気も今はどうなってるかわからないけれど……。少なくとも、わたくしが転生する前は、ケルベロスよりフェンリルの方が人気があったわね」
わたくしが早口で言うと、わたくしの後ろでケルベロスが唸った。
もしかして、わたくしがフェンリル、フェンリルって連呼しているから!?
自信をもって! もふもふ具合ではケルベロスもフェンリルと同等でしてよ!
ことによると、頭が二つ多い分、もふもふ量が多いかもしれないくらいよ!
「大丈夫! フェンリルはたしかにかっこいいけど、わたくしはかわいいケルベロス派だから! お顔が三つもあるとか、相当かわいいよ!」
「なにを申しておるのだ!?」
「あら、あなた、もしかしてフェンリル過激派!? フェンリルしか認めない感じ!? ケルベロスのかわいさがまったくわからないの!? 頭が三つあるから? もう、これだから異世界人はダメよ!」
わたくしは勇者に選ばれるほどの者ですから、ケルベロス以外は認めないなんていう、そんな心の狭いことは言わなくてよ。
フェンリルだって、すごく良いもふもふよ! 愛でる自信がありましてよ!
「わたくしはこちらに転生してくる前は日本人だったのよ! 顔が複数あることには慣れているの。顔が複数あるのが嫌で、京都に修学旅行に行けると思って? 美術の資料集を見られて? 阿修羅像は顔が三つだし、十一面観音とか十一個も顔がついているのよ! もっふもふなお顔が三つ程度、かわいいしかないわ!」
デジレが信じられないものを見る目で見てくる。
こいつ、もしかして日本の文化をバカにしてる!?
わたくしは持てる知識を総動員して、日本の国宝の話をしているのよ!?
「意味がわからぬわ!」
「そこまでフェンリルが好きなら、フェンリルのところに帰れば?」
わたくしはケルベロスのところに戻ると、真ん中の顔の頭を撫でたり、頬の毛をもふもふしたりした。
ケルベロスに問題があるとしたら、どの頭もなでなでしたいのに、わたくしの手が二本しかないこと……。あら、いけませんわね。これはケルベロスの問題ではなく、わたくしの手の数の問題でしたわ。
「デジレ、なに、あいつ? 禍々しい生き物とか、ケルベロスに対して失礼すぎない? わたくし、決めた。絶対にあいつのこと討つわ。あー、勇者でよかった。勇者なら、あいつのこと討伐できるもんね」
ケルベロスが怯えたように「クーン」と鳴いた。
たとえスキルが『靴』でも、ジョブが『勇者』ならなんとかなると思う。
「意地悪を言ってくるデジレは嫌でしゅか? 嫌でしゅね?」
わたくしは怯えるケルベロスが気の毒すぎて、赤ちゃん言葉になってしまった。
ケルベロスを怯えさせるとか、デジレが本当に許せない。
「ヴァランタン、貴様、そのようにして勇者をたぶらかしたのかっ!」
「うるさいな」
わたくしはゆらりと立ち上がった。
早くレベルをMAXまで上げたいわ。




