1.靴の勇者は追放されました(後編)
即位したばかりの王様の発案により、この国の国民にスキルとジョブの鑑定が義務付けられるようになったのは、つい最近のことだ。
平民たちは各地の役所で、貴族たちはいつもは舞踏会が開かれる大広間に集められて、ジョブ鑑定士とスキル鑑定士に鑑定してもらうことになった。
その初めての鑑定会で、わたくしは靴の勇者、クリスティーヌは愛の聖女様であるとの結果が出た。
わたくしの心は、あの日へと戻って行く――。
「『勇者』です! シャンタル・チェスナ侯爵令嬢、『勇者』です!」
わたくしを鑑定していた青いマントのジョブ鑑定士の男性が叫んだ。
まわりの目が一斉にわたくしに向けられて、遠くにいた王様がわたくしの元へと一直線に歩いてきた。
わたくしは両親と共に王様の前でひざまずいた。父のジョブは『侯爵』で、母のジョブは『侯爵夫人』だった。
なんでわたくしだけ『侯爵令嬢』ではなく『勇者』だったのかしら……。
わたくしが転生してきたから……?
まわりの方々も、子爵令嬢は『子爵令嬢』がジョブで、男爵令息は『男爵令息』がジョブだった。
ついでに鑑定されていた男爵令息の従者のジョブが『男爵令嬢の恋人』だったり、伯爵夫人の侍女のジョブが『伯爵の長年の愛人』だったりしたことはあったけれど……。
『勇者』なんてジョブ、どこから出てきたの、って思いましたわ。
たしかに『辺境領カエの向こうに魔王城がある』という話は聞いたことがあったけれど、わたくしには辺境も魔王城も関係のないことだと思っていた。
辺境伯には未婚のご子息はいなかったし、わたくしには辺境に出征するようなタイプの、兄弟や秘密の恋人がいたわけでもなかったもの。
「『勇者』とは! 間違いないのか? 別なジョブ鑑定士も鑑定してみよ」
王様の指示により、先ほどとは別なジョブ鑑定士の男性が近づいて来て、手のひらを薄青色に光らせて、わたくしに向けてきた。
わたくしの全身が、ジョブ鑑定士の手のひらと同じ薄青色に光った。
「おお、本当に『勇者』です! 王様、『勇者』です!」
ジョブ鑑定士は大興奮で、王様に向かってひざまずいた。
王様の琥珀色の瞳が、まっすぐにわたくしに向けられた時、わたくしは思ったわ。
この若き美形の王様と一緒に旅立って、世界を救うのだと。
一緒に焚き火を囲んで語らったりしているうちに恋が芽生えて、魔王を倒した後は王妃様に収まってハッピーエンドっていうルートが敷かれたのだと。
ああ、あの日の自分に教えてあげたいわ……。
そいつ、わたくしのこと、追放しますわよ。
ハッピーエンドに続くフラグが立ったんじゃなくて、それ、死亡フラグみたいなものですわ。
「『勇者』とはすごいではないか! スキル鑑定士、スキルも鑑定してさしあげろ」
今度は黄色のマントを羽織ったスキル鑑定士が近づいて来て、手のひらを淡い黄色に光らせた。わたくしの全身もまた、薄黄色に光った。
「……『靴』? スキルは『靴』です」
スキル鑑定士は戸惑いながら言った。
聞いていた皆様が騒めいた。
意味がわからなかったのでしょうね。
わたくしだって、なにを言われているのかわりませんでしたわ。
他の方たちのスキルは、女性なら『お茶会』や『刺繍』や『おしゃべり』、男性なら『領地経営』や『レイピア』や『弓矢』などが多かった。
変わったところでは、令嬢なのに『猛者』や『蹄鉄作成』、『狩りの勢子を極めし者』。貴族の令息なのに『料理が人知を超えし者』や『自室に留まる者』、『ぬいぐるみをかわいく設置士』などがあったけれど……。
どうせおかしなスキルをもらうなら、わたくしだって『靴』より『すごいもふもふ鑑定士』などがよかったですわ……。
別なスキル鑑定士にも鑑定してもらったけれど、やっぱりわたくしのスキルは『靴』だった。
「そうか、『靴の勇者』か。立つが良い」
わたくしは両親と共に立ち上がった。
王様が微妙な顔をしていたけれど、仕方ないですわよね。
わたくし自身だって、微妙だなぁ……、と思いましたもの。
『靴』になにができるのか、想像もつきませんわよね……。
「王様、『聖女』です! 『聖女』がいました!」
少し離れたところで、ジョブ鑑定士の声がした。
王様は早足でそちらに向かった。わたくしのところに来た時よりも、明らかに足が速い……。
「スキルは『愛』です!」
スキル鑑定士が叫んで、王様が「おお!」と言っているのが聞こえた。
「愛の聖女様!」
ひざまずいたのは、『愛の聖女』クリスティーヌではなく王様だった。
クリスティーヌはひどく慌てて、王様に「お立ちくださいませ」とお願いしていた。
「愛の聖女様……」
立ち上がった王様は、うっとりとした目でクリスティーヌを見つめていた。
まあ、『愛の聖女』という響きはかわいい感じだしね。『靴の勇者』とだったら、だいたいの人が『愛の聖女』の方がかわいいなって思うよね。
わたくしだって、この二択だったら、『愛の聖女』を選ぶもの。
「私はこの国の王でありながら、スキルを持たずに生まれてきてしまったのだ。本来であれば、『愛』というのは王家の者が持って生まれてくるはずのもの。私はずっと、あなたを探していたのだ」
王様はここで初めて、国民に鑑定を義務付けた理由を教えてくれた。
スキルを持たない人って、まあまあの人数がいるんじゃないかと思うんだけど……。
少なくとも前世では、小説や漫画やアニメでだったけれど、『スキルなし』とか『魔法力なし』とか、けっこう聞いた気がする。
「まあ……!」
クリスティーヌは両手で口を押えた。
クリスティーヌの両親と兄弟姉妹が、クリスティーヌを取り囲んだ。
王様はクリスティーヌに手を伸ばしかけて、はっと気づいたように手を引っ込めた。
クリスティーヌの頬が、真っ赤に染まった。
「愛の聖女様、どうか私のそばで、私を助けてほしいのだ。あなたの『愛』の力で、この国を包み、守ってほしい」
「はい、王様! 喜んで! こんなわたくしで、お役に立てるのでしたら……!」
答えたクリスティーヌの声は裏返っていた。
王様が愛し気に笑う。
クリスティーヌは顔どころか首や手まで赤くなっていた。
わたくしだって、せめて『癒し』とかだったらよかったのですけれど……。
なにができるのか、まったくわからないレアスキル持ちって、ちょっといろいろ厳しいものがありますわよね……。
勇者も激レアなジョブみたいですけれど、レアならなんでも良いってものではなくてよ……。
「いつまでそこに立っているもりなのだ?」
王様に冷たく問われて、わたくしは現在へと引き戻された。
クリスティーヌが嘲るようにわたくしを見ていた。
――諸悪の根源たる、真の悪。
それは、わざわざ突然、国民全員のジョブとスキルを調べてまわった王様だろう。
わたくしは唐突にそう確信した。
王様にスキルが本当にないのかはわからないけれど、少なくともクリスティーヌを魅了で取り込んでいるわけではなさそうね。
魅了しているなら、王様がわざわざ茶番を繰り広げて、クリスティーヌをお姫様抱っこしたりして接待してあげる必要などないもの。
わたくしはクリスティーヌとは、侯爵令嬢と伯爵令嬢で身分が近かったこともあり、ずっと親しくしてきた。
この国では珍しい淡い桜色の髪に、菫色の瞳を持つわたくしと、平凡そのものの茶色の色彩を持つクリスティーヌ……。
わたくしはクリスティーヌを友と思ってきたけれど、クリスティーヌの方はそうではなかったみたいですわね。
クリスティーヌがわたくしを友と思っていたならば、王様に寵愛される『愛の聖女』として、わたくしの追放を取りやめるよう、王様に働きかけてくださったはずですもの。
「あら、どうかなさって?」
クリスティーヌは王様に抱えられて、意地悪く笑った。
あんな子だったんだ、という失望がわたくしの心を暗くした。
「どうもしていませんわ……」
わたくしはなるべく惨めに聞こえるように答えた。
わたくしはスキルこそ『靴』でも、この国の『勇者』でしてよ。
いずれ、あなたのことも、王様のことも、必ず討ってみせるわ。
そこで笑いながら待っていらして。
「ああ、もしや、私からの祝いの品を待っているのか?」
王様が呆れたように笑って、そばに控えていた侍従に合図をした。
侍従が臣下たちの後ろを通って、玉座の間から出て行った。
「王様、素敵な婚姻を賜り、ありがたき幸せに存じます」
わたくしは王様とクリスティーヌに向かってひざまずいた。
敵には警戒されるよりも、侮られている方が良いと聞いたことがあってよ。
それに、情報は大事だとも聞きましたわ。
わたくしはショックで泣き出してしまったふりをしながら、王様からの結婚祝いの品が運ばれてくるまで、王様やクリスティーヌ、臣下の者たちの嘲りの言葉を、一言も漏らさないようしっかり聞いていた。
この先、なにがどう役立つことになるか、わかりませんものね。




