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雨の日 黄金に魅せられて

 どんよりとした雨雲がパースの街の上空に居座るせいで、私は雨の中、ひとりで城壁内の街を歩いていた。午前中の授業が終わり、午後、余暇の時間ができた。飛行部の訓練もラウル先輩たちの新人戦が今月末と近いため、私の練習日の予定にも穴が開くようになっていた。

 そんな開いた時間に私は、とある場所に向かっていた。


「着いた、ここが噂の図書館か」


 魔法学園アジュガから歩いて五分ほどの場所に、その図書館はあった。図書館の名は『トロン』といい、魔法学園アジュガの敷地外にあるが、その図書館は学園とは連携体制をとっている施設でもあった。言ってしまえばそこは学園の図書館といえる場所だった。私は、その図書館である調べ物をしに行くのが目的だった。その目的というのは、もちろんのこと、学園に隠された黄金についてだった。


 黄金という言葉の響きにはどこか魅かれるものが私の中にはあった。それはとても私をよく魅了していたと思う。何か無視できない、魔法に掛けられたような、そんな感じで、もっと言ってしまえば、運命のようなものをどこかで感じていた。その黄金は手に入れなければならないし、自分が手に入れて当たり前だと、そんな気がした。そして、もちろん、自分がその黄金を一番よく活用できると自負すらしていた。

 そんなこんなで、私の学園生活の中には、魔法の勉強、飛行部の活動、そして、黄金探索を中心に回ることになった。もちろん、友達と遊ぶことも外せない。


 ただ、今回、この午後の空いた時間に、アガットやルコたちを誘おうとしたが、彼女たちは、部活で忙しそうだったし、キアに関しては登校もしていなかったようで、一緒に来てくれる友達はひとりもいなかった。ただでさえ、今の私は、みんなに怖がられているため、他の人を誘おうにもそんな人はどこにもいなかった。

 オルキナを誘っても良かったが、さすがにそこはライバルとして誘うわけにはいかなかった。


 とても背の高い大きな図書館の扉を通り抜けた。


 最初に目に飛び込んで来たのは、その本の多さだった。館内に規則正しく並べられた背の高い棚一杯に詰め込まれた本たちは、自分が誰かに手に取られるのをじっと待っていた。


「凄い、これ、全部読んでいいやつなんだよね…」


 この魔法学園に来る前の小学校に、図書室はあった。しかし、それでも、せいぜい、五つほどの棚を埋めるのが精一杯で、それに比べたら、この図書館トロンはまさに本の森だった。


 私はさっそく、心をウキウキさせながら館内を見て回った。


 図書館の中は雨のせいか、人の出入りもまばらで空いていた。それも相まって静けさが満ちた図書館内は、天気の悪さから少し薄暗く、本を読むのにも影響しそうなほどだった。そんな館内には明かりを確保するために専用の小さなランタンが用意されていた。館内の掲示板には『炎魔法厳禁』の張り紙があった。その張り紙の隣には、『光魔法の使用は可』とあったが、そもそも小等部で光魔法を使える学生は少なく、あれは上級生になってから習うものでもあり、それでいて、みんながみんなできるものでもなかった。


 私は、とりあえず一通り、様々なコーナーの本棚の間を歩き回ると、そこで歴史に関しての本棚を見つけ、さっそくお目当ての情報を吸い上げるべく、その棚を物色し始めた。


「えっと、この学園の歴史は…」


 調べる対象はまず初めに、この魔法学園アジュガの歴史からだった。この学園に黄金があるという事実がある以上、その二つの関係には必ず何らかの繋がりがあるはずだった。その繋がりはこの学園が生まれた経緯などを知れば、自然と見えてくると私は推測していた。

 何事にも始まりがあり、終わりがある。歴史とはその始まりから終わりまでを記述したものであるのだから、手がかりを見つけるならまず歴史からだと思っていた。

 そして、何より、この学園の七不思議にも出てくる財宝の話しに、かつてこの学園はお城だったことを考えると、そのお城と黄金を関連付けて考えた方が調べ物も捗るような気がしていた。


 私はそれから、数冊手に取って、近くのテーブルで本の中身をじっくりと読んで行った。速読するまでもなく、根気強く、ひとつひとつの文章を読み、何か見落としているところはないかと、文字を目で追っては、頭の中に知識をため込んでいった。


 それから時間を忘れて、本の中に書かれていた文字を弱弱しいランタンの光を頼りに、追っていると、頭上から声がした。


「お嬢さん」


「あ、はい?」


 顔を上げるとそこには、優しさが前面に出てしまうほど、人を警戒させないようなおっとりとした茶髪の男の人が立っていた。


「すまないね、こんな時間まで読書とは立派だが、今日は、もう閉館の時間なんだ」


 私が辺りを見渡すと、図書館の中はすっかり闇に包まれ、自分とその茶髪の男の人以外は誰もいないようだった。


「ごめんなさい、すぐに片付けて、出て行きますから」


 私は調べ物で盛大に散らかしていた本を慌てて片付け始めようとすると、その男の人は言った。


「いいよ、それは僕が後で片付けておくから、それよりも、君は、学園の生徒さんかな?もう夜も暗いから正門まで送って行くよ」


「え、そんな、大丈夫です…」


「いいよ、遠慮しないで、さあ、行こうか」


 私はそれからその図書館の職員であろう男の人と、図書館を出て、学園の正門の方まで一緒に帰ることになった。外は真っ暗で、細かい雨も降っていた。その職員の人が水魔法で私の分までドーム状の雨除けを作ってくれていた。


「君が読んでいた本は、主に学園のことについての本だったね?」


「はい、そうです」


 あの短時間で自分の読んでいた本の分野を言い当てるとはさすがは図書館の職員さんだった。


「見たところ、君は学生さんでも、入学したばかりとみたが、合っているかな?」


「はい、小等部の一年のリリャ・アルカンジュと申します」


 そこでその男性は、私が挨拶をしたことで、焦ったように自分のことも開示し始めた。


「おっと僕も名乗り忘れていたね。僕は、あの図書館の館長をやっているアンバーという者です」


「館長さんなんですか!?」


 館長というわりにはその男性はとても若く見えた。図書館の館長と言えば年老いたおじいさんがやっているイメージがあったが、彼は姿だけ見れば、大学生のようにも見えた。白い肌に明るい茶髪が彼をそう見せているのかもしれない。


「そう、よく僕が館長だと名乗るとみんなびっくりするけど、もう、三十を超えたおじさんでね」


「全然そうは見えないです。大学生くらいに見えます」


「そんなに若く見えるかい?」


「ええ、私にはそう見えます」


「だとしたら、それは僕が一年中図書館に籠って本ばかり読んでいるからかもしれないね」


 アンバーが冗談交じりにそういうが、彼の肌の白さを見ると納得はできた。


 話しは戻り、私の読んでいた本のことについて彼から聞かれた。私は、そこで、学園に眠る黄金の話しを彼にもしてあげた。


「そうか、なるほど、それで、図書館で学園のことを調べていたんだね?」


「はい、学園に黄金があるなら、まずは、この学園のことを知らなくてはと思って」


 学園に黄金があるなら、まずは魔法学園アジュガのことを知らなくては何も始まらなかった。


「そうか、君はなかなか、頭がいいね。歴史とはいいところに目を付けた。いやあ、感心するよ」


「ありがとうございます…」


 私はこの時、この図書館『トロン』の館長アンバーという人物が、この学園に隠された黄金について何かを知っているのではないかと、薄々感じ取っていた。


「あの、アンバーさんは、学園の黄金のことで何か知っているんですか?」


「ああ、もちろん。それはフォースさんが、毎年新入生に言っている黄金探索ってやつだよね?」


「そうですね…」


 どうやら図書館の館長アンバーと、魔法学園のフォース・ブランジュルド校長の間には交流があるようだった。まあ、そこは考えてみるまでもなく、学園の図書館として図書館トロンが機能しているのだから、当たり前ではあった。


「だったら、君は良い線いってるよ、その黄金はいまだに誰も見つけてないから、君がその最初のひとりになってしまうかもね」


 アンバーは、どうやら、校長同様、黄金の正体を知る者のひとりのようだった。あくまで自力で探し出すと決めた私は、それ以上、彼に黄金のことを尋ねることはしないと決めた。


「そうなれるように頑張ります」


 私は、アンバーさんに正門まで送り届けてもらった。


「もしも、何か困ったことがあったら、私のところを訪ねてくれば、黄金に繋がるヒントを少しばかりだが、教えてあげるんだがどうかな?」


 私はそこで首を横に振った。


「ありがとうございます。でも、私、黄金の在処を知っている人から助言は受けないって決めてるんです。私は、自分の力で黄金を手に入れたんです」


 するとアンバーはとても嬉しそうな顔をしてから優しい微笑みを見せた。


「そっか、確かに、宝探しは宝を見つける道中が一番楽しいからね」


「はい、でも、アンバーさんにも少し本のことで尋ねることはあるかもしれないので、その時は、その、手伝ってもらってもいいですか?」


 アンバーの顔はますます優しくなった。


「もちろん、いつでも私たちの図書館においで、本は、君に読まれるのを待っているはずだからさ」


 そこで、別れ際、アンバーさんが私に向かってこう質問して来た。


「リリャさんは、どうして、黄金を求めるのかな?」


「それは、決まってます」


「というと?」


 そう聞かれたとき、返す言葉は決まっているような気がした。


「黄金。欲しいじゃないですか」


「そりゃそうだ」


 アンバーは納得したように笑っては、何度も頷いていた。


 黄金。それは誰もが求めるはずのもの、けれど、誰もその黄金を探しはしない。それは、なぜか?きっとみんな心のどこかで思っている。自分には手に入るはずが無い、そんなもの実在しないと、けれど、追い求めることを止めない者は知っている。黄金は存在する。それがたとえ、仕組まれたものだとしても、そこには黄金がある。ならば、あとは探し出すだけ、手を伸ばすだけ、そして、自分のもとにそのチャンスが訪れたのなら、掴み取るだけでいい。


 黄金を手に入れる者は、黄金の魔力に魅せられたものだけなのだ。

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