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リリャの魔法学園  作者: 夜て
黄金の愛
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学園祭 夢の家族に灯るは炎

 夢の上層から中層に落とされたディアストは、目の前に広がった光景に対して、最初、何も警戒することができなかった。

 朝と夜の狭間のような明るさに照らされた、茫漠で無機質な空間からは一変して、彼の前に広がっていたのは心地よい昼下がりの優しい日差しに、草木が穏やかな春風のような優しい風に揺れている。小鳥たちが楽しそうにさえずって、彼の前を飛び去って行く。


「夢だよな…」


 ここが夢の中だということは分かっていた。それでも、今、自分の目の前に広がっている景色はあまりにもリアルで、思わず本当に自分がその場所に帰ってきたのではないかと錯覚してしまうほど、そこにあった景色は自分のよく知っている場所だった。


 そこには、ディアストが、愛する妻と暮らす小さな村に建てた木造建ての一軒家があった。ディアストは、この夢の中で故郷に帰宅する夢を見せられていた。


「これは、参ったな…」


 ディアストは、頭の後ろをボリボリとかきながら、ここからどうするか腕を組んで考え込んだ。

 中層の夢は、個人の記憶や欲望をもとに創られる想像の世界。この目の前の現実のようなものもすべて、ディアストの持つ記憶をもとに創られていた。


 家の扉が開くと、そこには彼の妻である、ジュリーが立っていた。


「あら、あなた、帰って来ていたのね」


「ジュリー…」


 ディアストは思わず彼女の名前を呼ぶ。これが夢で現実の彼女でないと分かっているのに、どうしてもその名前を呼ばずにはいられなかった。愛する妻を前にその愛しさが彼をすでに、夢ということを忘れさせ始めていた。


「アーディ、ジュリィス、ほら、二人ともパパが帰って来たわよ」


 彼女が家の中を覗いて誰かに呼び掛けるように言った。


「アーディ?ジュリィス?それって…」


 それは、ディアストが、妻ジュリーと共にこれから生まれて来る赤ん坊に名付ける予定の名前だった。男の子ならアーディ、女の子ならジュリィス。だから、彼女が二人の名前を呼んでいることに違和感があった。それに、呼ぶならそのお腹の中をと思った時、ディアストは彼女の膨らんでいないお腹を見て、固まった。彼女のお腹はすでに子を授かる前と同じようにすらっとした体型に戻っていた。


「どうして…」


 そんなことを思う暇もなく、家のドアから飛び出して来た子供たちを見て、ディアストはさらなる驚きに打たれた。


「パパ、おかえり!」と、二人の息子と娘が自分の足にしがみついてきた。


「ねえ、パパ、剣の稽古つけてよ!!」


 息子が元気いっぱいにディアストのズボンを揺さ振る。


「パパ、私に、お外のお話して、ちょうだい!!」


 娘が、そうしないと嫌だというように駄々をこねる。


 ディアストは、呆然としながら我が子なのであろう二人を見下ろしたあと、妻を見た。すると妻は自分を不思議そうに見ている彼に言った。


「どうしたの、あなた?どこか具合でも悪いの?そんな、ぼうっとしちゃって」


 妻がディアストのもとに来ると彼の頬を撫でた。


「お仕事大変だったのかしら?だったら、今すぐ、お風呂を沸かすわ、あなた、こどもたちと一緒に入っちゃって、その後、リビングでゆっくりしていて、その間に、私が今日はあなたの好きな、シチューを作っておくから」


 ディアストは呆然としたまま、彼女の言葉に従った。その後、子供二人をお風呂にいれて、自分も湯につかった。子供たちは元気にはしゃぎまわり、ディアストは疲れを取る間もなく二人をしっかりお風呂に入れることに苦労した。その後、クタクタになって、リビングのソファーで横になろうとすると、元気が有り余っている子供たちが遊んでというので、庭で、息子のアーディには軽く剣の稽古をつけてやった。娘のジュリィスには、息子が稽古をしている間、仕事で行って来た魔法学園のことを話した。途中、ご近所の人にも会って挨拶をし、そのご近所さんから、野いちごをもらうと子供たちのおやつになった。時間はゆっくりと流れていった。それでも時は流れ、日が暮れると、夕食になったので、妻が呼びに来て、ディアストたちは家の中にはいった。

 テーブルには御馳走が並んでいた。ディアストの好きなメニューばかりが食卓にならび、その中でも特に大きくて柔らかいシカの肉が入ったシチューは、今までに食べたことがないほど美味しかった。食卓は、子供たちとディアストのシチューの奪い合いで白熱しては、楽しい時間が過ぎていった。そんな子供たちと無邪気に戯れるディアストを妻のジュリーは愛おしそうにその光景を見ては微笑んでいた。


 夜になって、家の明かりを消すと、みんな眠りについた。子供たちは子供部屋で寝かせると、ディアストは寝室で妻と共に眠った。寝る前にベットで横になっている彼女の傍に座ると尋ねた。


「ジュリー、俺がいない間、どうだった?大変だったか?」


「ええ、子供たちの元気の良さにはいつも手を焼いているわ」


「だろうな、あんなに二人とも体力があるなんて、いっそ、この村の木こりにでも弟子入りさせてもらって、この村の開拓でもさせたらどうだ?」


「フフッ、そうね、でも、アーディはあなたみたいな剣士になりたいって言っていたし、ジュリィスは、あなたみたいに外国を旅してまわる冒険家になりたいっていっていたわ、二人ともあなたに憧れているのよ」


「そんな、俺は…俺なんかよりも、君の方が素敵さ…俺は、君がいなくちゃ、生きてはいけない…君がここにいてくれるから、外に行っても頑張れるんだ。だから、俺は君を尊敬している」


「あら、嬉しいわ、私もあなたのことが好きよ、立派なお父さん」


「俺は…、立派なんかじゃないさ……」


 ディアストがどこか寂し気な瞳で、愛する妻から目をそらしていると、彼女が身体を起して、落ち込んでいる夫に口づけをした。


「明日、天気が良ければ、みんなでピクニックにいきましょう。この季節のピクニックは最高に気持ちいいわよ」


「そうか、楽しみだ…」


 ディアストは妻と一緒のベットで眠りについた。


 ここが現実ではない夢であることはわかっていた。愛する妻、存在しないはずの子供たち、けれどもそこにあるのは確かな幸せ。これが夢でなければ良かったのにと思った。だが、ディアストは目覚めないわけにはいかなかった。ここから、この素晴らしき夢から。


『所詮は、夢、現実ではないんだ。いい加減目覚めないと外がどうなっているのか…あの、少女がもしも追跡魔法で追って来るのだとしたら、彼女が目覚めるよりも早く、目覚めないと…』


 そこで、ディアストは目を覚ました。目を開けると、隣にはまだ眠っている妻ジュリーの姿があった。


『ここは中層の夢だ…中層から出るには、出口を見つけなくちゃならない…』


 上層とは違い中層の夢では出口を自分では作れない。必ずどこかにある夢の出口探さなくてはならなかった。


『だが、場所はもう分かってる…』


 ディアストは、この夢の出口がどこにあるのかはすでに知っていた。というのもこの夢は何度も見た夢であり、この夢が最後、明日の草原でピクニックをしている場面に切り替わったところで終わるか、途中で村を出て現実に覚醒するかの二択しかないことを知っていた。


 何度も見た夢である以上、夢の行く末を把握していたのであった。


『さて、行くか』


 ディアストは、寝ている妻にさよならと口づけをして、子供部屋にいって、ぐっすりと眠る子友達に同じようにさよならのキスをおでこにしてやった。


『さよなら、夢の家族たち』


 ディアストは家から村に向かって歩いた。ひっそりと静まり返った夜道を進む。ディアストの家は森の中にあり、村の中心はその森のちょうど出口あたりの平地にあった。木々に囲まれた村への道の下り坂を行き、十分ほど歩くと、ちょうど村の中心に来た。村長のちょっと大きな家を中心に、住居や店がぽつぽつと建っていた。夢の中だったとしても、そこにある景色はディアストが現実で見ていた景色となんら変わっているところはなかった。


「さて、後は村の西側にある出口から出るだけ」


 ディアストは村の中心から西側にある、村の名前が書かれた簡素な看板がある村の出口まで、向かった。


 夜の村には、何度か任務に行くときや帰って来るたびに、見ていたので懐かしい気分だった。


『はやく、本当の妻とお腹の子供に会いにいかなくちゃな…』


 ディアストが目的の看板を見つける。看板まで歩いていき、その横で立ち止まった。


「さてと、目覚めるとするか…」


 村の外のその先にも、ディアストが何度も見て来た馴染みある光景が広がっていた。果てなき平原には、夜風に吹かれた草木がそっとなびいており、夜鳥が夜空にあるまん丸いお月様の月光を遮って飛んでいた。


「ん?」


 ディアストは、そこで振り返った。何となく、何か背後の様子が変ったように見えたのだ。


「………」


 それは一瞬の出来事だった。あまりにも一瞬の出来事だったため、自分が今、夢と現実どちらにいるのかすっかり忘れてしまうほど、その急激な変化は、ディアストという人間の理解を拒む景色を見せた。


「………」


 最初、音はなかった。といよりも、音を聞かせてはもらえなかった。脳が、目の前で何が起っているのか理解するためにその処理すべてを、現状の把握に費やしていたからだ。そして、その最初の情報源として目にすべての処理が集まっていた。視覚的効果がやはり人間に一番の情報を与えてくれる。それは今自分に何が起っているのかをより早く理解させてくれた。そして、ディアストはようやく、その目の前で起こっている光景を言葉にすることができた。


「燃えている」


 背後を振り返った瞬間、さっきまで海の底のように静まり返っていた村が、あたり一面火の海となって燃えていた。


「なんだ…何が…起こってる……いや、待てこれは夢だ……」


 するとすぐに、炎が家屋を燃やす音、炎から逃げ惑う住人たちに、炎で焼かれる者の断末魔、音が戻って来て、あたりは完全にパニック状態となっていた。


 燃えさかる村を前に、ディアストが立ち止まっていると、隣の店から全身が燃えている人が飛び出て来た。


「た、すけて!!た、た…す………けて……」


 その人はすでに身体に炎が回っており大やけどを負っており、助かる見込みはなかった。


「た、す…け……」


 その人がディアストの脚にしがみつくいてくる。そこで、彼は、その者の顔を見た。そこで、ディアストは、その者の顔を見た瞬間、その人のことを思い出した。


「おまえ…」


 はっきりと覚えていた。それは、ディアストが現在住む、この村の住人ではなかった。そこにいたのは、ディアストが人生で初めて殺した男だった。

 ディアストが暗殺者の道に進むとなった時、その組織の訓練の最後で、人間を殺した時、その一番最初の生贄となったのが、その男だった。それは、まだ、ディアストが暗殺者ではなく訓練兵であった時の最後の試練で、師匠にいつも通り夢に連れられ、その中で人を殺すように言われた。そして、夢の上層にて、ディアストは、その用意されたその素性の知らない男の首を剣で刎ね飛ばした。その男は、夢で死んだことで、現実世界では植物状態になっていた。そして、ディアストは現実世界でも、その男を殺すことが最終試練だと言われ、やはり現実世界でもその男を殺した。二度殺した相手の顔をディアストは生涯忘れることはなかった。


 ディアストは、足を振り払いその男を蹴飛ばして、距離をとった。


「お前が出て来るとは珍しい…」


「た、す、…」


 焼けていく男が、最後にディアストに手を伸ばす。


「お前はもうずっと前に死んだんだ…」


 ディアストは、気が付けば、自分の腰に剣がぶら下がっていることに気付いた。これは彼の強い意志によって生じた夢への干渉だった。

 中層の夢は、上層とは違い、現実からは離れた場所であるため、このように現実では起こり得ないような辻褄の合わないことも現象として起こすことができた。しかし、夢の中、すべてを思い通りに操れないのは、深層の夢が影響していた。深層の夢の力は底が知れない。

 夢見学者たちは、中層という夢が存在できているのは、深層の夢という土台があるからだと考えていた。ようするに、土地が無ければ家が建てられないのと一緒で、深層の夢という大地があるからこそ、夢を見る生物たちはそこに自分たちの夢を形成することができた。ただ、そこで、人間に、コントロールできる部分とコントロールできない部分が、両立しているのは、やはり、この深層の夢という力が働いているからだと、彼らは口をそろえていうのであった。


「…けてくれ…」


 男が焼けながらもディアストの方に駆け寄って来る。


「お前のことはもう、とっくの昔に、克服した。悪いな…」


 ディアストは腰の剣を抜いて、一気に男の首を刎ね飛ばした。


「これは夢…悪夢か……急いで、目覚めなければ……」


 悪夢は決して悪い夢だけというものではない。このように、自分の中にある苦悩や恐怖を克服させてくれることだってできる。すべての悪夢が、その人を苦しめるためだけに存在しているわけではない。ディアストも暗殺者になりたての頃、さんざん、彼に苦しめられてきた。だが、そんな未熟な段階はもう、過ぎて今では懐かしくさえあった。後悔はしない、後悔してはいけなかった。


「………」


 だが、そこでディアストは、目覚める前に、燃えさかる村へと引き返す自分の姿があることに驚きはしなかった。


『分かってる、これが無駄なことだってことは、だけど、できることなら、できることなら、俺は彼らにだって幸せになって欲しんだよ…』


 ディアストが、必死に走る。燃えさかる炎はまだ、村の中心で燃えているだけであり、自宅の方には炎が回っていなかった。


「間に合った…」


 息を切らして、背には昼間のように燃え上がる村を背に、ディアストは自分の家の前に、到着した。


 扉が開いた。するとそこから眠っていた子供たちを抱きかかえて、家の前に出て来る妻ジュリーの姿があった。


「あなた!!!」


 彼女は異変に気付いて慌てて出て来たようだった。ディアストは、そんなとても賢い女性を妻にもらうことができて本当に良かったと、誇りに思った。これで、火の手が回る前にすぐに逃げることができた。


「ジュリー!!!すぐに、子供たちと、逃げ……」


 ディアストの目には、映ってはいけない、異物が、その視界の端に入った。


 真っ黒に焦げた人間がそこにはいた。

 その身は、常に全身が赤黒い炎に包まれており、その身を焼かれていた。死体かと思ったが、違う。それは、生きていた。その身が焼かれながらも、二足の脚で立ち、ジッとただ、こちらを見つめていた。そこには死に匹敵するほどの激痛が走っているにも関わらず、その者は、何の感情もない目で、ディアストを見ていた。


 誰だと思い浮かべる間もなく、そんな人間今まで出会ったことがないと、ディアストは、確信し、さらに、そこから人生で一度も味わったことのない恐怖に襲われ、彼は声ひとつも出せなかった。


「ッ!!?」


 だが、次の瞬間、その焼けた人間が手をかざすと、ディアストの目の前にいた、家族が一瞬にして、空気を切り裂く勢いの猛火に包まれていた。

 彼の家族は皆、焼死体となり、すぐに肉、皮、骨までもが蒸発し、灰となってその灰すら燃え尽き、この世から跡形もなく消え去っていった。


 それは一瞬の出来事だった。


「あ……あぁ………あああああああああ!!!!」


 ディアストはその場から逃げ出した。戦おうともせず、ただ、その場から逃げ出した。すぐにこの夢から逃げ出したいとそう思った。


「うああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 狂ったように叫びながら、急いで燃えさかる木々に開かれた小道の坂を下り、村へと走り戻った。

 ここが夢の中であること、夢の中の家族が死んでしまったこと、現実では暗殺任務を遂行していたこと、その任務の内容、そして、もはや自分が誰で、今、何をしていかなくちゃいけないのか?それら、ありとあらゆることを、忘れて、ただ、その化け物から遠く逃げることだけで彼の頭はいっぱいだった。


 理解してはいけない、存在してはいけない、この世のあらゆる邪悪さを煮詰めて固めたような呪物を目撃したことで、ディアストの正気は一瞬にして、崩れ去っていた。


「化け物、化け物が、じ、地獄の化け物が、お、俺を殺しに来た!俺は死ぬ、死ぬんだ…死んでしまう!!!あぁ、神様、助けて、助けてください、か、神、神様あああああ!!!!!」


 すると、突然、その焼けただれた者が、ディアストが掛けていた、道の真ん中にどこからともなく一瞬にして現れた。


「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 叫んだと同時に、ディアストの目の前が炎で一杯になり、死んだことも理解できぬまま、彼は、灰となって、その灰すらも燃え尽きると、彼もまた、その業火の贄となり、この夢から追放されるのであった。


 やがて、その炎は、彼のいた夢の世界をすべてを焼き尽くすまで留まることはなかった。


 夢はこうして、灰となった。



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