黄金翼杯 ファーストレース 五組目 中編
スタート直後短い直線からすぐに第一コーナーに入った。私は、スタートダッシュで、初めから五速の青で飛ばしたため、集団を抜け一位でカーブに入った。
飛行魔法の速さを決める要因に、リングの数の他に、リングの出力があった。それはリングが排出する光に応じて速さが段階的に分かれていた。
赤色の光は、一割から三割ほどの出力。
黄色の光は、三割から五割の出力。
白色の光は、五割から八割の出力。
青色の光は、八割から十割の出力。
これらの出力によっても飛行時の速さは異なる。
ただし、この出力は同じリング数に限る話しであった。
リングが四つの四速とリングが五つの五速で、四速が五速に勝てない理由それは、リングの数に応じて速度の上限のみならず、下限も決まった。
四速が五速に絶対に速度で勝てない理由、それが五速の下限が、四速の上限だからであり、つまり、五速で飛んだ時点で、四速の上限よりも速い速度で飛んでいることになる。これはどのリング数でも同じであるため、リング数がレースの勝敗の絶対ともいえるゆえんがこれであった。
ただし、リングが五つあっても、そのうちのひとつのリングの出力を切っていれば、それは五速に見えるが四速の上限まででしか飛ぶことのできない、みせかけの五速というような出力の切り替えも可能ではあったが、メリットはほぼない。リングの展開にも魔力を消費するため、使わないリングはしまっておくことにこしたことはないのだ。
リング数が多ければ多いほど、出力が高ければ高いほど、それを持続すればするほど、消費魔力は膨大になる。
ここが勝負の駆け引きどころだった。
私は、第一コーナーを五速の青で綺麗なコーナーリングで曲がった。前傾姿勢のまま上半身だけを軽く捻り、リング操作だけで曲がり切るこの技術は、ラウル先輩から教えてもらった、プロの選手が積極的に取り入れている、スピードの減速がほとんどない曲がり方だった。
これを早い段階で教えてもらっていた私は、コーナーリングは得意だった。
ただ、この曲がり方、かなり高度で精密なリング操作が求められるため、私は最初、何度も練習でカーブの外へと吹き飛んでいたことは、およそ去年のことなのに、もう、遠い過去に思えていた。
第二コーナーに入る間、背後に軽く目をやった。
集団は私から少し遅れ、身体を起す曲がり方で減速しながら、それでも五速の赤や黄で、一番先頭の私に食らいついて来ようとしていた。
『みんな序盤からとばしてくるか、たぶん、これは先頭ねらいだな、レースの流れを掴む気か…』
レース序盤から飛ばす選手の狙いは、集団の先頭を取るのが狙いだ。先頭を取れば集団のペース配分を、自分のコントロール下に置くことができた。自分の前に出ようとする選手をブロッキングしたり、自分のタイミングで逃げの加速をすることもできた。これにより、先頭の選手は、比較的自由に自分のレースを展開することができた。
だが、もちろん、先頭には先頭のデメリットもあった。
先頭は、後続が受けるはずの風の抵抗を一身に受けるため、体力の消耗も激しい。その点、後続の選手は、先頭の選手の背後にいれば体力を温存することができた。
第二コーナを曲がり終えて、直線のバックストレートに入る。ここで一気にみんな五速の青に切り替えて、先頭を取りに来ようとする。
しかし、私はこのレースで先頭を一度も譲る気はさらさらなかった。
その理由に、戦略的理由があったわけではもちろんない。単純に、一番前が一番目立つからだった。目立つということは、このレースを見てくれている、フルミーナの目にもつく。ただそれだけだった。
私に戦略はない。
ただ、速く先頭を飛び続けるそれだけ。
バックストレートのレース展開は、私と、後方の集団にはカーブで着いた差があり、これにより、私は集団よりもわずかに先で飛んでいた。選手全員がこのバックストレートを五速の青で飛び、集団が乱れることはなかった。
そのまま第三コーナーに入り、またしても同じように私は速度を維持したまま、第四コーナーまで曲がり切ると、集団との差はさらについていた。
一周目のフロントストレートに入ると、私は当然のように五速を維持した状態で飛び、結局誰も追いつくことなく、私は一周目を一着で飛び終えた。
後方を見ると、どの選手もまだ五速の青を維持していた。
私は構わず、二周目も同じように飛ぶのだった。
***
二レーンからスタートした【ミルカ・キーメン】は現在、五位で飛んでいた。
彼女は、イゼキア王国の飛行部の名門に所属しているエリートで、今回五年生にして初めて本選に出場することができていた。
『きつい、やっぱり、本選だけあって、みんなレベルが高い』
ミルカは集団が一向に速度を落とさないことに焦りを感じていた。
『これが、続けば、きっと四周目からは失速しちゃう』
ミルカが五速を維持して飛べることができるのは、最低でも四周目が限界で、無理をすれば、五周目まで持たせることができるかもしれないが、そうするとゴールできるか危うくなった。
『一位の子、あの子、たぶん私より年下なのに…』
ミルカの目に映る一位の少女。自分たちが二周目の最初のカーブに入ると同時に、二周目のカーブをその少女は飛び終えていた。
『あの飛び方は、すごい…』
率直にいってミルカはすでに、一位の少女に勝てる気がしなかった。勝負の途中で諦めることは愚かなことだったが、その一位の少女の技量の高さとトップスピードの維持には脱帽するしかなかった。
『だけど、私だって、一位は無理でも二位や三位なら狙えるはず、まだまだ、粘っていくよ!』
ミルカは、必死に集団についていった。
***
二周目のバックストレートで、七レーンからスタートした【ジェイモンド・フール】は現在二位で飛んでいた。
彼は、アスラ帝国のツォーンセン魔法学園の飛行部に所属する選手だった。そんな彼は今、激しい憤りにさいなまれていた。
『なんなんだよ、あいつ、マジで追いつけねえ』
ジェイモンドが見据える先には、一位の少女の姿があった。
『いくら、五速で飛んでもカーブに入るたびに、差が付きやがる、それに、これじゃあ、二位で飛ぶ意味がないじゃねえか…』
「クソッ…」
思わず、悪態をついた。ジェイモンドは二位であったが、一位との差がつきすぎたため、彼が集団の先頭になり、そのデメリットだけを享受していた。
バックストレートを終えて、第三コーナーに入る。
『俺だって…』
ジェイモンドも、一位の彼女と同じように、五速の青で前傾姿勢のままカーブに入り、ライン取りをしようと試みる。第三コーナーを曲がり切る前に、外側に引っ張られコースアウトしそうになると、すぐにいつも通り体勢を起した安定した飛び方でカーブを曲がった。
「クソッ!!」
彼もこの飛び方があることは知っていた。だが、一度練習でその飛び方を試したところ、あまりにも高い技量が必要とされたため、彼が本番で実践することはなかった。
ここに来て、怠った努力が牙を剥いて来たことに、彼は腹を立てたが、それもすぐに治まった。
第四コーナーを曲がりフロントストレートに入る。
『まあいい、ここは二位か三位で通過できればそれでいい』
彼はカーブを曲がり終わると、五速の青で急加速した。それはカーブからの見事な立ち上がりだった。
彼は、二着で、二周目を終え三周目に入った。
『この調子でいけば楽勝だな…』
彼と集団との差は徐々に離れつつあった。一位の少女ほどじゃないにしても、彼も後続の選手たちよりは、カーブで曲がる技量と直線での立ち上がりが速かった。
それに彼にはまだまだ有り余る余裕があった。
『これもすべて、『黒星』のおかげだな』
彼は、『黒星』という薬をレース前に飲んだことで、自身の魔力を増幅強化し、自分の実力以上の魔法の使用を可能にしていた。これにより、彼は飛行魔法の五速を七周目まで維持することに成功していた。
『だが、あの一位の女は癪に障る』
「クソが」
ジェイモンドは、自分よりも先を飛ぶ一位の少女に敵意を飛ばし、三周目に入るのだった。
***
三周目の第一コーナに差し掛かったところで、六レーンからスタートした現在最下位で飛んでいた、彼、【オロモス・ベンバー】は、勝負に出ようとしていた。
『さあ、そろそろ、仕掛け時ね、やるわ、やってやるわよ!!』
オロモスはあえて最下位で、レースの流れと、選手の実力を測っていた。これは最下位で後ろからレース全体を見渡せるからこその利点だった。
『ただ、今回、あの子がいるのよね…』
オロモスが見たのは一位の少女だった。自分たちと同じ五速であるにも関わらず、最下位のオロモスと彼女とでは、すでに半周ほどの差をつけられていた。
『彼女、まだ本気は出してないようだけれど、それでも、あそこまで速いなんて、もう、反則よ、まったく困っちゃう』
オロモスは知っていた。あの一位の選手がリリャ・アルカンジュという空の怪物であることを。
彼は、彼女が六速で飛んだレースを観客席から見ていた。観客席から見ていてもその恐ろしさは身に染みて実感した。あの時は、レースなんて呼べるものではなかった。あれは、空の怪物からの逃走だった。しかし、結局、その時は誰もその怪物から逃れることはできなかった。
六速の逆さ飛び。あれは、人間がしていい飛び方ではなかった。
『だけどね、この私を見くびってもらっちゃ困るわ』
オロモスは、彼女の実力を理解していたうえで、このファーストレースなら、もしかしたら、勝てるかもしれないというわずかな希望をもっていた。そして、そんな希望を持てるだけの実力を彼は有していた。
『去年の決勝では、クリスちゃんや、ラーグストちゃんに後れをとったけれど、今年の私はもう彼らにもおいてかれることもないわ』
「ウフフフフッ!!!アハハハハハハ!!!」
オロモスは愉快にそして豪快に笑う。
三周目の最初のカーブが終わり、バックストレートへと入った。
「さあ、いくわよ!!!」
オロモスの背中に六つ目のリングが浮かび上がる。




