黄金翼杯 始動
ゴールデンウィング杯。レゾフロン大陸の夏リーベ平野で行われる学生飛行レース大会であった。
ゴールデンウィング杯は、一週間の間リーベ平野という何もない草原に突如、何十というレース会場が特設される。そこで選手たちは、自分のランクと同じ学生たちと学年関係なく競い合い、順位に応じたポイントを獲得していく。その取得ポイントに応じて、ランク無しから始まり、ブロンズ帯、シルバー帯、そして最高ランクであるゴールド帯を目指した。最終日までにゴールド帯の上位三十五名が選ばれ、決勝トーナメントに進出でき、そこで今年最速の選手が決まった。
ゴールデンウィング杯で優勝するということは、ただ学生大会で優勝したということに留まらないのが、この大会を良くも悪くも注目を集める大会にしていた。
まず、飛行魔法というものは国家が欲しがる魔法の序列でも一、二位を争うほど重要な魔法でもあった。
それは国防に関わる制空権を制するという意味合いで特に軍事力として高い期待を寄せられていた。飛行魔法の登場は戦争の在り方を変え、唯一空のアドバンテージを持っていた竜騎士などの地位を著しく低下させた。これにより、飛行魔法が乏しい小国などでは制空権が取れず次々と廃れていくことが多かった。
このゴールデンウィング杯では、将来有望な飛行選手を自国に取り込むあるいは、敵としてマークしておくなど、裏では大人たちの密かな駆け引きが行われる場所でもあった。
そのため、ゴールデンウィング杯で優勝することは、それすなわち、各国から注目が集まり、国が注目するということはもちろん、その下にいる貴族たちもその選手に目を付けた。そして、優勝を手にした選手は、その後、有り余る栄光と将来が約束されることは確実だった。
黄金の翼はその黄金が冠する名のとおり、優勝者には富と権力を与えるのだった。
ラウルたち魔法学園アジュガの飛行部は、リーベ平野にあるリーベウィングと呼ばれる飛行レース場に到着した。そのリーベウィングの周りにはすでに、何十というレース会場が立ち上がっており、そのすき間を縫うように、多くの学園のテントや商売をしに来た商人たちなどすでに会場は人で溢れかえっていた。
魔法学園アジュガは、ゴールデンウィング杯の中でも有力候補に入っているためか、例年通り毎年リーベウィングの近くの場所が指定されていた。
そして、ラウルたち選手たちは、先に待機していたマネージャーたちと合流した。すでにテントの設営やみんなの寝床の確保されていた状態であった。「毎年、本当にありがとう、助かるよ」とラウルが部長としてマネージャーたちに礼を言う。一部の女子たちは狂喜乱舞し、他のマネージャーたちもニコニコと嬉しそうにしていた。
飛行部の選手たちはすでに自分のテントまで設営された場所につくと、自分の荷物の荷ほどきをしてから、すぐにミーティングのために、中央の魔法学園アジュガの本部となる大きな軍用のようなテントに集まった。
ラウルは皆に部長としてこのゴールデンウィング杯に掛ける意気込みを伝えては士気を上げた。みんなラウルと同じくらいの熱意を持ってこの場にいた。少し離れた場所にいたヒルクでさえ、真剣な表情でラウルの激励に静かに耳を傾けていた。
天高く鐘の音が鳴った。
ゴールデンウィング杯の幕開けとなる開会式のために、ラウルたち魔法学園アジュガの飛行部はリーベウィングに移動した。
リーベウィングの六階からなる観客席である建物の横にある幅の広い通路から開会式が開催される競技場へと入場する。ちょうど最初のカーブである第一コーナーあたりから、トラック内側のインフィールドへ向かい中央の壇上がある前に整列した。
学園の代表者は校旗を持って入場した。だからラウルがアジュガの旗を持って入場していた。
百を超える学園が出場しているため、会場には学園ごとのユニークな校章の旗がはためき混雑を極めていた。
その中で、赤と黒の龍の校章をはためかせた学園がラウルたちの隣にわざとらしく、他の学園を押しのけながら無理やりに並んで見せた。
「運命の時だ」
強面の男くさい大柄な男が旗を地面に突き刺した。
「決着はここで着ける。ラウル、安心しろ俺たちは正々堂々とやる。もう、我々は昔の帝国ではない」
ラウルはただ真っすぐ前を見据えるその男と同様にただ自分の学園の旗を強く握り、空を見上げると応えた。
「俺たちも負ける気はありません。積み重ねて来たものがありますから」
「そうか、そうだな」
ラウルの横にいたのはアスラ帝国の魔法学園リベンのボォードン・エンダーだった。
「ところで、リリャさんはどこだ?来ているんだろ?」
「いや、まだ見てないですね」
「なぜだ?来ると言っていただろ」
「別行動なので、いつ来るかは聞いてないです。ただ、彼女は必ず来ます。約束したので」
「そうか、俺は彼女に飛ぶことの素晴らしさを思い出させてもらったからな、このゴールデンウィング杯で活躍して恩返しをしたいんだよ」
「見かけによらず律儀なんですね」
するとボォードンの後ろに並んでいた男女二人組が会話に割り込んで来てラウルに言った。
「そうなんですよ、ボォードンさんはこう見えてとっても繊細でだけど優しい方なんですよね」
「そうよ、こんな図体で強面だけど、まめな男なの、そこがまた案外可愛かったりするのよ?」
ボォードンが二人に重い拳骨を放ち、調子に乗った二人は頭を痛そうに押さえて押し黙った。
「とにかくだ。俺は勝ちに行く、だから、ラウル、お前も本気でこい」
「本気ですか…」
前の公式戦でも本気で飛んで四速だった。だからこそ言葉を濁す返事しかできなかった。ただ、ボォードンという男はラウルのことを信じているというよりも、ラウルの知らないことまで知ったような口ぶりでこう言った。
「ああ、俺はお前の恐ろしさをよく知っている。だから、気は抜かない。お前が飛んでいる時の容赦の無さを俺は知っているからな」
ラウルは何も言わなかった。
例年通り、ベルン翁の開会スピーチでゴールデンウィング杯は幕を開けた。開会式が終わると何百校という生徒が一斉に飛び立っては、自分のランクのレース会場に散っていった。
「いないか…」
ラウルは、飛び上がっていく選手たちの中に、リリャの姿を探そうとしたが、自分のこともあってかすぐに諦めて、一度自分たちのテントまで引き返した。
ラウルは自分のテントで身支度を整える。この大会中の自分の身分証明書でもあるオーブと、魔法学園アジュガの統一色として青いユニホームと装備で出た。装備は人によって違う。多くの人がケガの防止のために厚めの長袖長ズボンで飛ぶが、選手たちの中には少しでも身軽にしたいため、身体の線に沿ったユニホームを用意することもあるなど、人によって服装や装備にも個性があった。
特に帝国の学園などは全員、国の色である黒と赤のユニホームなどで統一する学園もあった。服装は公序良俗に反しなければ基本的に自由であった。
ラウルが自分のテントから出て、本部に足を進める途中でマリアとあった。
「ラウルくん!」
「マリアか」
「………」
マリアがわずかに沈黙してラウルを見つめていた。
「どうした?俺に何か用か?」
「あ、えっと、ごめん、時間がないのに…えっと、ケインコーチがラウルくんと話したいって、本部のテントで待ってるって…」
「そうか、ありがとう」
ラウルが本部のテントに行こうとすると、マリアが呼びとめた。
「ラウルくん」
「ん?」
「あ、えっと…が、頑張ってね!」
「あぁ、もちろん」
ラウルは笑顔で応えた。
マリアと別れた後、本部のテントに急いで立ち寄った。そのテントの周辺には不自然にも誰もいなかった。ラウルが本部のテントに入ると、そこにはケインコーチが立っていた。
「やあ、ラウルくん、待っていたよ」




