表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女殺戮   作者: watausagi
8/8

元カノの話

◇◇◇◇◇


「何だか恋人が出来たみたい」

「……はい?」


 少女は聞き返した。意味はすぐに理解した。後はそれが妄想か夢の話か。


 しかし青年は至って真面目だった。狐につままれた、みたいな顔をしているものの、概ね正気だった。どうやら本当に恋人が出来たらしい


 少女は無意識に拳を握る。今ので微生物を万単位で殺した……ような気がした。


「僕もよく分からないままに、出来たみたいなんだ。人生って分からないもんだよね」

「……何だからしくないですね。そんな霧みたいな恋人とはすっぱり仲を切った方が賢明では?」

「うーん、でもなぁ、昨日の今日でそんな話を切り出すのも申し訳ないし」

「とりあえず、詳しく聞きましょう」


 突然教師に話を振られたみたいに、青年はたどたどしく語る。最近の話。


 イライラしながら少女は聞いた。要はいらないお節介を焼いた友人が、もう相手からは返事出してるよ、とこちらの了承もなしに、何故か自分が告白してしかもオッケーを出されたという謎の出来事が起こったらしい。ちょっと意味がわからないのでまとめきれなかった。


 更にややこしいことに、いざ青年が本人と会うと、向こうもこちらと似たような話をされていたらしい。こんがらがった話だった。聞いてて余計に苛立ちが募る少女。


「よくわかんないのがさ、向こうがその話を切り出してきたのは偶然なんだよね。僕がつい友人の企んだ嘘の告白ってことをバラしちゃってさ、そしたら向こうも同じだって」

「なら、相手の方はそれまでお兄さんに何も知らせず、えーっと……よろしくやっていたというわけですか?」

「そうなんだよ。危うく真相は知れず仕舞いだった……なんで言わなかったんだろう……ああ、こっちと同じで、申し訳ないと思っていたからか」

「……」


 違う、と少女は確信していた。何の理屈もない、女の勘だった。


「それで、お兄さんは嘘の告白同士で付き合う事にしたわけですか? そんな中途半端な恋、さっさと終わらせた方が良いと第三者目線の私からの忠告ですが」

「うーん、それが困ってるんだよね。いざ会ってみると、良い子でさ。向こうも悪く思っていないみたいだし、もしかしたらこれでいいのかなって」


 そう言って青年は遠くを見た。諦めと悟りがブレンドしてぐちゃぐちゃになった冷たい目。思わず息を呑んだ少女は、何も言い返せなかった。


「そう……かもしれませんね」


 ただ頷くしかない少女に、余計悲しみの目を浮かべる青年だったが、俯いた少女にはそれが分からなかった。


 その日の少女は結局何も殺さなかった。この日から何も殺さなかった。もしかするとこの日、死んだのは初恋とかいう、甘酸っぱい何かだったのかもしれない。


 ある日の事だった。それはいつかの日と同じように、青年が突然語りだす。


「別れちゃった」

「えっ」


 少し涙を浮かべている気がする。少女は逆に、喜びを隠しきれていなかった。えげつない。


「別れたというのは、何の事でしょう。いや想像は出来ますが一応聞いておいた方がいいですね。それでお兄さん、何と別れたので? 泥棒? 猫? 」


 わかれていたのは少女の言葉だ。


「僕は泥棒とも猫とも付き合ったことはないよ……別れたのは彼女だよ。ほら、斎藤さん」

「ふーん、へー。まあお兄さんもやっと覚悟がついたという事ですね。やっぱり私の思っていた通り、同情の恋なんて長続きしませんよ。別れを切り出したその英断には賞賛を送りましょう」

「いや、別れようって言ってきたのは向こうなんだけど」

「は?」


 それはそれでムカつく。乙女の心は難しい。また変なイライラが込み上げてくる少女であった。


「なんていうか、納得できませんね。腑に落ちないというか、理由は何だったんです? 少なくともその女性はお兄さんの事を好きだったんですよね?」

「もう分からないよ……ただ」

「ただ?」

「貴方の中に私がいない、とは言われたかな」

「それは……」

「……ま、いいんだけどね。不義理なのは僕の方だった。フられる役くらい甘んじて受けるさ」


 気まずい沈黙が流れる。蜘蛛も蝶も見えない冬の日。少女の心は嵐のように吹き荒れて、これまでの様々が頭をめぐり。


 意を決して口を開く。


 お願い事をする時に、つい上からの口調になってしまうのは、恥ずかしいから仕方のない事なのだ。そうなのだ。


 少女告白。その日から一ヶ月内に、青年が自分から少女にプロポーズをする事になる。それで二人の恋はおしまい。


 そのはず……だったが。


 とある日のこと。


 ──今日は来ないなぁ、と少女がつまらなさそうに桜の木を眺めていた時、現れたのは美しい女性だった。思わず少女がそう思ってしまったのだから相当だった。そしてその女性はあろう事か、まっしぐらに少女の元へやってきて、顔を覗き込むような形で迫る。


 見惚れているのか、圧倒されているのか、少女は何も出来なかった。やがて満足したように、その女性は少女から離れてくれて、誰もが見とれてしまいそうな笑顔で誰にでもなく話し始める。


「そっかぁ、貴女がそうなんだ」


 その意味を伝える気はないのだろう。しかし、少女はまたもや確信していた。


 この女性こそが、斎藤さんなのだと。


 一度も見たことはなかった。何度か写真越しに見る機会はあったのだが、そのどれもを少女は拒絶していたからだ。見ないようにして、気にしないようにして、それが何故今になって目の前に。


「な、何ですか……私に何か用なのですか?」

「……やっぱり私の方が可愛いよね……?」


 その女性は心底不思議そうに首を傾げる。誰と比較しているのかは一目瞭然だった。これは謙虚で真面目な少女もストレスがマッハで怒りが有頂天になったのも仕方のない事。


「胸だってあるし」

「むぅ」

「性格は……貴女も良いようには見えないし、本当なんでなのかな。なんで、貴女なのかな」

「さっきから何が言いたいのですか」

「言いたくない事を言ってるんだよ。思いたくもない事を思ってしまってるから。ああ、一体どこで間違えたんだろうって」


 そろそろ真面目に会話をしてくれないと流石の少女も無言で背を向けるつもりだったが、もう一度その女性を見ると、どこかで見た事があるような気がした。


 その深い悲しみに包まれた姿は、とても似ている。──最近までの自分に。


「あ、ごめんね。変な事言って。私、もう帰るね」


 ここで女性は、初めて少女の存在に気づいたと言わんばかりにあっけらかんな態度をとり、その言葉通り帰ろうとする。


 引き止めようとする少女の手は、宙を掴む。それ以上引き止める気力はない。


「諦めないから」


 最後にそんな、不吉な言葉が聞こえた気がした。


 少女はかけるべき言葉の相手がいないまま話す。


「最初からなのです。きっと。最初から間違っていたのです。貴女は友人を使ってまで恋人になろうと企んだ。そんな事しなくたって、初めから好きだと伝えていれば、多分お友達からお願いしますと言われて、もしかしたら……もしかしたら……」


 続けるべき言葉は自分にも恐ろしく難しいものだったので、代わりにたった一つの真実を言う。


「貴女はお兄さんを侮り過ぎた」


 

◇◇◇◇◇


 時が経ち、少女は母親となった。相変わらず身長も胸もあの頃と何も成長していない気がしたが、心と精神は既に親のそれ。今日だって娘とと息子の授業参観に来ていた。双子でしかも同じクラスだったのは幸い。こうして同時に自分の子供の成長が見られるのは実に喜ばしい事だった。


 息子は達観している。それ故に時々冷めた発言もするが、他人を思いやることも出来る優しい男の子だった。


 逆に娘は年相応の無邪気さも見せたり、無邪気であるからこそ残虐な思考(これに関しては一体誰に似たのか言うまでもないが)をしたり、良いか悪いかはともかく素直な子だった。昔は母を溺愛していたが、今はどちらかと言うと自分の弟が気になって仕方がないようだ。隣に弟がいると途端に元気になり、いないとつまらなさそうにする。仲が良くて羨ましい限り。


 授業が丁度終わった頃に、授業参観といったちょっと非日常な雰囲気にワクワクしていた娘が母のところにまっすぐにやってきた。そのまま抱きつかなかったのは、流石にこの大勢の前では恥ずかしいと思ったからなのだろう。


 遅れて息子もやってきた。こちらは授業参観だからといって心を踊らせる事もなく、いつも通り眠たそうに目を細めている。


「良かったね2人共。特に美福は自分から発表までして、よく頑張った」

「ふふん、いつもの事だからね」

「優希は隣の子に分からないところを教えてあげたりしてたのね? やはり貴女は優しかった」

「……ふーん、よく気づいたね。別に優しくなんかないけど」

「そ。新しいクラスでお友達は出来た?」

「お母さんまだそんな心配してるの? 信じられない。もう三年生だよ? もう少しで100人いっちゃうくらいなんだから」

「す、凄い」


 仲の良い友達が数人しかいなかった元少女からすれば、どうしてこんなに娘にカリスマ性があるのか甚だ不思議だった。お世辞にも父親の方だって、そこまで友人が多い方ではないのだ。チュイッターもフェイチュブックもしていない。


「優希は? 貴方は大丈夫よね?」

「何が大丈夫なのか分からないけどさ……1人気になってる子がいるんだよね」

「へぇ」

「それがさ、お父さんと同じ名前でさ」

「そうそう希君いるよねー」

「ふーん?」

「ほらあそこ」


 2人の視線の先には、たくさんの子供がいた。しかし元少女にははっきりと誰なのかが分かった。分かってしまった。


 そこだけ一際輝いている。美しいモデルのような女性に優しく抱きしめられている1人の男の子。まさしく親子の姿? いや、どうだろう。女性の瞳は怪しく艶かしい。それは息子を抱きしめているというより……愛おしい人の側にいるそれ。


 まるで、恋人同士。


 言葉を失う元少女に、優希は気づかない。


「何だか性格まで父さんに似てる気がしてね、是非仲良くなりたいと思ってるんだ」

「優希がそんな事言うなんて珍しいね。うん、とっても面白くない! 私とも友達になりたいって言ってよ!」

「意味分かんないんだけど……」


 元少女は希君とやらを見た。当然、小学生には名札がつけられてあって。


 ──斎藤 希


 そう書かれてある。


 ……世の中には触れない方がいい事もある。


 幸せそうな斎藤親子を見て、元少女はそう思ったそうな。

◆◆◆◆◆


ひぇ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ