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203高地奪取(4)

……………………


「畜生が。ローゼ、来てくれ。敵の面倒な代物を片付けてもらいたい」


 クラウスは203高地から後退すると、ローゼを呼んだ。


『また戦艦の相手?』

「それから防護巡洋艦と駆逐艦もな。観測班が配置につくまでの時間稼ぎをしてもらえばそれでいい。やれるか?」


 ローゼがやや呆れたように告げるのに、クラウスがそう告げて返した。


『分かった。できる限りの時間は稼ぐ。けど、撃沈は期待しないでね。流石に敵に気づかれている状態で戦艦を仕留めるのは無理よ』


 ローゼはクラウスにそう告げ、彼女の装甲猟兵中隊を引き連れて、クラウスとは別のルートから203高地に向けて上った。


 ズンと轟音が響き、再び203高地に大口径の榴弾が着弾する。これは戦艦の砲撃ではない。アーバーダーン要塞の要塞砲の砲撃だ。これまで沈黙していた要塞砲が、203高地が奪取されたのを受けて砲撃を始めた。


『全く。酷い戦争ね。これじゃ気が変になりそうよ』


 ローゼはそう愚痴りながらも、203高地に向けて砲弾を叩き込んでくる戦艦や防護巡洋艦、駆逐艦を狙って砲撃を始めた。


 戦艦と防護巡洋艦は艦橋の狭いスリットを狙って、駆逐艦は砲撃を加えてくる砲を狙って、それぞれ砲撃を叩き込む。


 ローゼの装甲猟兵中隊の技量は確かなもので、確実に砲弾を狙った場所に叩き込んでいく。防護巡洋艦と駆逐艦はローゼの砲撃に仕留められて砲撃が停止し、戦艦は艦橋がやられて混乱状態となり、明後日の方向に砲弾を放つ。


 それでも帝国海軍は必死に砲撃を繰り返している。口径30.5センチの大口径砲から放たれた榴弾が着弾し、ズンと激しい着弾音を響かせて榴弾が炸裂した。その度に土煙がもうもうと巻き上がり、地面が耕される。


「観測班を急がせろ。いつまでもこの砲撃の中で陣地を維持するのは難しいぞ」


 砲撃の嵐の中でクラウスはエーテル通信に向けて苛立った様子で告げる。


『急がせています! ですが、残敵が行動を妨害していて思うように……』


 エーテル通信機からは友軍の必死な声が響く。


 クラウスたちはアーバーダーン要塞の陣地を潰しながらここまで前進してきたが、敵兵力を全滅させたわけではない。崩壊したトーチカや塹壕には未だに帝国植民地軍の兵士が潜んでおり、彼らが前進しようとする共和国植民地軍の兵士を妨害していた。


『兄貴! 帝国の魔装騎士ッス! 歩兵もいるッスよ!』


 そんな状況でヘルマが声を上げた。


 クラウスがヘルマの魔装騎士の方向を見ると、アーバーダーン要塞の一角から帝国植民地軍のトリグラフ型魔装騎士と歩兵部隊が、クラウスたちの陣取る203高地に向けて前進してきていた。魔装騎士は2個大隊、歩兵部隊も連隊規模で押し寄せている。


「ふうん。敵もただでここを渡すつもりはないようだ。こっちがここを観測地点として砲撃を加える前に奪還するつもりだろう」


 クラウスはそう告げると魔装騎士の向きを迫りくる帝国植民地軍の部隊に向ける。


「全機、お客さんだ。直ちに横陣を組んで歓迎してやれ。ローゼも艦艇への砲撃は中止していいぞ。狙いを魔装騎士に定めて、可能な限りの敵を潰せ」

『了解。やれることをやるわ』


 クラウスが命じ、ローゼたちが応じた。


「要塞から出てくれば勝負はイーブンだ。いい勝負になるだろうさ」


 クラウスはそう呟くと、口径75ミリ突撃砲を帝国植民地軍のトリグラフ型魔装騎士に対して向けた。


 帝国植民地軍のトリグラフ型魔装騎士は、クラウスたちがアーバーダーン要塞を攻略した時と同じように、歩兵部隊の盾となって前進している。手には口径57ミリ突撃砲を構え、狙いをクラウスたちに定めていた。


「全機、撃ち方始め」


 先に砲撃したのはクラウスたちだ。


 ニーズヘッグ型魔装騎士の48口径75ミリ突撃砲と70口径75ミリ突撃砲は、距離3000メートルでもトリグラフ型魔装騎士を撃破できる能力がある。


『うわっ! 被弾した! 離脱──』


 エーテル通信に帝国植民地軍の混乱した声が混じる。


 共和国のニーズヘッグ型が距離3000メートルでトリグラフ型を撃破できるのに対して、トリグラフ型は距離600メートルでもニーズヘッグ型を撃破できない。クラウスたちは完全なアウトレンジで敵を撃破できるわけだ。


 それでも帝国植民地軍の魔装騎士部隊は前進を強行している。彼らは何としても、クラウスたちの占領した203高地を奪還するつもりなのだろう。


 そして、それに呼応するようにして要塞砲と戦艦の主砲がクラウスたちに砲弾を降り注がせる。放たれた大口径の榴弾が次々に炸裂し、魔装騎士が大きく揺さぶられ、砲撃の狙いがずれる。


「直撃しなければ問題ないとはいえ、確かにこれは気が変になりそうだな。これだけ砲弾を浴びせかけられるのは、全く」


 クラウスは周囲に榴弾が着弾し、轟音とともに鉄片が撒き散らされ、それが自分の魔装騎士に降りかかるのにそう呟く。魔装騎士は榴弾の破片程度は受けきれるだけの性能があるが、中に乗っている人間は砲撃で激しいストレスを受ける。


 だが、砲撃を浴びているのはクラウスたちだけではない。203高地を奪取した第16植民地連隊も同じように砲撃を浴びている。第16植民地連隊は歩兵であり、クラウスたちと違って身を守るものがない。


「畜生! 塹壕に入れ! 塹壕に入って機関銃を据えろ! 敵を迎え撃て!」


 第16植民地連隊の指揮官はそう叫び、彼の配下にある兵士たちが慌ただしく帝国植民地軍が築いた塹壕陣地に飛び込んでいく。歩兵たちはMK1870小銃と機関銃を構えて、その銃口を迫りくる帝国植民地軍の歩兵部隊に向けた。


「こちらヴェアヴォルフ・ワン。魔装騎士はこちらで引き受ける。そっちは歩兵を片付けてくれ。こちらも魔装騎士が片付いたら、そちらの援護に回る」

『了解した、ヴェアヴォルフ・ワン。可能な限り迅速に魔装騎士を片付けてくれ。こっちには魔装騎士を相手にする手段はない。そっちだけが頼りだ。任せたぞ』


 クラウスが第16植民地連隊の指揮官に告げるのに、指揮官が必死そうにそう返した。


 第16植民地連隊は歩兵連隊だが、対装甲砲などの砲兵隊を203高地にまで連れてきていない。彼らには魔装騎士を撃破する手段はない。彼らの頼りは指揮官の言葉通りに、クラウスのヴェアヴォルフ戦闘団だけだ。


「こちらも仕事だ。歩兵は第16植民地連隊に任せ、こっちは魔装騎士を撃破する」


 クラウスはそう呟くと、狙いを次のトリグラフ型魔装騎士に定め、引き金を引いた。


 砲声が響き、砲弾は操縦席を貫くと秘封機関アルカナ・リアクターをも貫き、秘封機関のエーテリウムが暴発して機体が膝をついて倒れる。


「次!」


 クラウスは続けざまに砲撃を行い、次の魔装騎士を仕留める。今度の砲撃も確実に操縦席を貫き、操縦士を失った魔装騎士がよろめいて地面に崩れ落ちた。


 クラウスだけではなくローゼの装甲猟兵中隊も砲撃を敵に浴びせている。ローゼに部隊はクラウスたちの背後に控え、匍匐姿勢を取り、そこから敵を狙って砲撃を行う。


『ぎゃっ──』


 ローゼの砲撃は魔弾のようであり、要塞砲と戦艦の主砲が激しい砲撃を浴びせかけている中でも正確に敵を仕留めていた。それも確実に魔装騎士の操縦席を撃ち抜き、敵の生存を許さないようにして。


『畜生! 連中はこっちを完全に射程外から攻撃しているぞ! どうするんだ! このままじゃハチの巣にされて終わりだ!』

『近接だ! 近接して仕留めろ! 近接格闘戦ならば望みはあるはずだ!』


 エーテル通信に帝国植民地軍の平文の通信が流れ、帝国植民地軍の魔装騎士が歩兵の盾という役割を放棄し、勢いを上げてクラウスたちに突き進んできた。


「来るぞ。全機、近接格闘戦に備えろ。ローゼはそのまま砲撃を続け、敵を1体でも多く削っておけ」


 クラウスは勢いよく突撃する帝国植民地軍の魔装騎士を見てそう命じる。


 帝国植民地軍の装備するトリグラフ型魔装騎士は第2世代だ。機動力においては優れている。この砲撃で荒れ果てたアーバーダーン要塞においても、その高い機動力は低下していない。


 帝国植民地軍の魔装騎士部隊は第2世代の機動力を以てして大地を駆け抜け、土煙を巻き上げ、帝国と共和国の砲兵隊が猛烈な砲撃を浴びせかけた203高地に迫る。


 だが、それでもローゼの砲撃は命中した。彼女は時速50キロメートル近い速度を出している帝国植民地軍の魔装騎士部隊に対して、的確に砲弾を命中させた。彼女ならばどんな目標にでも砲弾を当たられるだろう。


 帝国植民地軍は砲撃で損害を出しながらも、突破を強行している。既にクラウスのヴェアヴォルフ戦闘団までは残り数十メートルにまで迫っていた。


 既に要塞砲の砲撃も、戦艦の砲撃も停止し、響く音は魔装騎士が大地を蹴る音とローゼの装甲猟兵中隊が砲撃する音だけになっている。


「さあて、帝国植民地軍の腕前を拝見するとしよう」


 クラウスは眼前に帝国植民地軍の魔装騎士が迫るのに、対装甲刀剣を抜いた。


「準備はいいか、紳士淑女諸君?」

『いつでもいけるッスよ、兄貴』


 改めてクラウスが確認するのに、ヘルマたちがニッと笑ってそう返す。


「ならば、行くぞ。連中を片付ける」


 クラウスは短くそう告げ、対装甲刀剣と対装甲ラムを手に迫りくる帝国植民地軍の魔装騎士部隊に襲い掛かった。


 帝国植民地軍の魔装騎士部隊は当初の2個大隊──80体からクラウスとローゼたちの砲撃によって50体程度までに数を減らしている。数の上では1個魔装騎士大隊56体を中核とするヴェアヴォルフ戦闘団と同等だ。


 数は同等。ならば、後は操縦者の腕前次第だ。


「ヘルマ。いつも通りだ。俺を援護しろ」

『了解ッス。帝国の連中に一泡吹かせてやるッスよ!』


 クラウスが対装甲刀剣を構えながら帝国植民地軍の魔装騎士部隊に向けて進み、ヘルマがその背後でクラウスを援護できる位置に付く。


「始まりだ」


 クラウスがそう告げた直後に帝国植民地軍のトリグラフ型が、クラウスのすぐ眼前に姿を現した。ついに魔装騎士同士の戦いが始まるのだ。


 敵のトリグラフ型魔装騎士は両手で対装甲刀剣を振りかざし、クラウスに向けて振り下ろしてくる。狙いは比較的装甲の脆弱な人工感覚器の位置する頭部。狙いとしては悪いものではない。


「だが、甘いな」


 クラウスは小さく笑うと、対装甲刀剣を自分の対装甲刀剣で受け止め、ニーズヘッグ型魔装騎士の発達した人工筋肉マスキュラー・ドライブの力で押し返し、そのまま返す刀で敵の魔装騎士の人工感覚器を貫いた。


『畜生! 目が──』


 クラウスに貫かれた魔装騎士が悲鳴のような声を上げたのも束の間、クラウスは操縦席に向けて対装甲ラムを叩き込んだ。


 ガンッと激しい金属音が響き、操縦席がタングステンの杭に貫かれる。操縦士を失った魔装騎士はビクリと痙攣するように動き、そのまま動かなくなり地面に膝を突いた。


 だが、まだ1体目だ。帝国植民地軍の魔装騎士部隊はまだ数がある。そして、少なくない数がクラウスを狙っていた。彼らは対装甲刀剣をクラウスに向け、至近距離で突撃砲の砲口をクラウスに向ける。


 そして、1体のトリグラフ型魔装騎士がクラウスに近接して勢いよく対装甲刀剣を振り下ろし、別の1体がその脇から突撃砲でクラウスを砲撃する。2体の魔装騎士が、ほぼ同時に行動している。


「陣形はバラバラだが2体1組のコンビネーションは上手い具合にできているな。流石は中央アジアで長年王国植民地軍を相手に戦っていただけはあるというところか。馬鹿にできないな」


 クラウスはそう呟きながら対装甲刀剣を身を捻って回避し、砲弾が至近距離に着弾するのに対して、対装甲刀剣を盾にして砲弾を弾き飛ばした。


『兄貴、援護するッス!』


 クラウスが2体の魔装騎士を相手にしているのにヘルマが動いた。


 ヘルマはクラウスに砲撃を加えている魔装騎士に向けて一気に飛躍すると、その勢いをそのままに対装甲ラムを叩き込み、敵の魔装騎士は秘封機関を暴発させて爆発し、上半身と下半身が分断される。


「よくやった、ヘルマ。こっちも片付ける」


 クラウスはそう告げると、自分に対装甲刀剣を向けてくる魔装騎士に向けて突撃砲の砲口を向け、引き金を引いた。


 炸裂。至近距離で放たれた徹甲弾は敵の魔装騎士の操縦席を貫き、秘封機関をも貫き、秘封機関のエーテリウムが爆発すると帝国植民地軍の魔装騎士はガクリと力を失って、地面に倒れこむ。


「残りの連中も片付けるぞ。幸いなことに連中が近接している間は敵の砲兵隊も、戦艦もこちらを砲撃できない。要塞砲で木っ端みじんに吹き飛ばされる心配はしなくていいというわけだ」


 クラウスは小さく笑うと、残っている帝国植民地軍の魔装騎士たちに視線を向けた。


……………………


……………………


 帝国植民地軍の魔装騎士は更に数を減らし、40体ほどになっている。ローゼが今も後方から適切な砲撃を加え、クラウスの部下たちが近接格闘戦で敵を撃破しており、帝国植民地軍の魔装騎士は磨り潰されていく。


「機関銃班、撃ち方始め!」


 クラウスたちが帝国植民地軍の魔装騎士と交戦していたとき、第16植民地連隊も敵の歩兵部隊を相手に戦闘に突入していた。


 機関銃がけたたましい発砲音を立てて敵を掃射し、合間を縫って小銃が敵を射抜く。手榴弾も投擲され、爆発によって土煙が巻き上がった。


「撃て! 敵を撃て! この地を敵に渡すな!」


 共和国植民地軍の士気は非常に高い。彼らはようやく念願の203高地を奪取できたことに喜び、どうあってもここを敵に渡すまいと必死になっている。彼らの後ろには数多くの犠牲になった戦友たちがいるのだから。


「共和国の連中を殺せ! 高地を奪還せよ!」


 帝国植民地軍の指揮官は共和国植民地軍第16植民地連隊の猛射撃を前に強行突破することを選択した。


「畜生。もう終わりじゃないのか。魔装騎士の連中はやられてるし、共和国の連中は腐るほどの砲兵隊をつぎ込んでいる」


 帝国植民地軍の士気は共和国植民地軍のそれと比較すると非常に低い。彼らは長らくこの要塞に押し込められ、共和国植民地軍が攻撃を仕掛けてくる度に損耗してきた。


 そして、ここでも物資不足が帝国植民地軍を呪っている。3週間に及んで包囲されたことにより、新鮮な食料は底を突き、武器弾薬も慎重に使わなければ危険な状況になっている。娯楽などとうになくなった。


 兵士たちは気晴らしをすることもできず、共和国植民地軍の激しい砲撃を浴びる日々を過ごし、終わりの見えない籠城戦を戦っている。これでは士気を上げることは不可能というものだ。


「もう降伏するべきじゃないのか。これでは勝てないぞ」

「言うな。俺たちはどうあっても戦わなきゃならんのだよ。アーバーダーン要塞が敵の手に落ちれば、帝国は大打撃を受けるんだからな」


 帝国植民地軍の兵士たちは機関銃の銃弾が吹き荒れる中を前進する。その先に勝利があることを祈って。


 だが、その先にあるのは死だけである。機関銃の掃射を前に考えもなしに突撃したところで突破できる可能性は極めて低い。何せ、共和国植民地軍の装備している機関銃は毎分450発の銃弾を放てる。そんな銃弾の嵐の中を、装甲支援もなく潜り抜けられるほど戦場は甘いものではない。


 これまで共和国植民地軍が帝国植民地軍の機関銃を前に酷い損害を出し続けていたようにして、帝国植民地軍も共和国植民地軍の機関銃を前に激しい損害を出した。


 そして、その損害を前に帝国植民地軍の歩みが緩んだ時、共和国植民地軍の歩兵部隊が小銃と手榴弾で攻撃を加える。帝国植民地軍の兵士は地面に伏せるしかなくなり、その歩みは完全に停止した。


「このまま押さえつけておけ。もうすぐ観測班が到着する。観測班さえ到着すれば、俺たちの勝ちだ。このクソッタレな要塞もお終いだ」


 第16植民地連隊の指揮官はそう告げ、迫りくる帝国植民地軍の歩兵部隊を相手に決死の覚悟で戦いを続けた。


 前方では魔装騎士同士の激しい近接格闘戦が繰り広げられ、その後方では歩兵部隊が銃火を交え、塹壕と高地を巡って争う。砲兵隊が刻んだいくつものクレーターも相まって、さながら地獄の光景だ。


「観測班はまだ来ないのか。鈍すぎるぞ」


 クラウスは10体目となる帝国植民地軍の魔装騎士に対装甲ラムを突き立てながら、周囲の状況を把握する。


 203高地は未だに共和国植民地軍が死守している。魔装騎士を抜けて前進した帝国植民地軍の歩兵部隊は、第16植民地連隊から激しい機関銃と小銃の射撃を浴びて前進できず、地面に蹲り、戦友たちの死体を盾にして撃ち合っているだけだ。


『兄貴! そろそろ敵も品切れみたいッスよ! 撤退を始めてるッス!』


 クラウスが周囲の状況を把握している間にヘルマが戦闘中の魔装騎士の方の戦況を伝えてきた。


 帝国植民地軍の魔装騎士部隊はクラウスたちとの近接格闘戦闘で既に数が10体程度にまで激減しており、生き残った魔装騎士はスモークを展開して後方への撤退を開始していた。流石に第2世代の戦闘力で、第3世代の魔装騎士に勝利するというのは困難だったということだ。


「ローゼ。連中を逃がすな。生かして返すと、増援とともに逆襲に来る可能性がある。ここで全て叩いておけ。俺も支援する」

『了解。嫌な仕事だけどやっておくわ』


 撤退する帝国植民地軍の魔装騎士部隊を見てクラウスが命じるのに、ローゼがいつもの不愛想な口調で返事を返してきた。


 ローゼの装甲猟兵中隊はスモークの間から、撤退しようとする帝国植民地軍の魔装騎士に口径75ミリの徹甲弾を叩き込み、砲弾が命中する度にエーテリウムの暴発する炎がチカチカと土煙とスモークの中で瞬いた。


「観測班、到着しました!」


 そして、敵の魔装騎士が撤退し、残るは帝国植民地軍の歩兵部隊だけとなったとき、ついにこの作戦を決定的なものとする重野砲連隊の観測班が203高地に到着した。


「勝ったな。俺たちの勝ちだ」


 クラウスがそう告げるように、この時点で共和国植民地軍の勝利は決定した。


 観測班は203高地から、このアーバーダーンを守るために未だに停泊している帝国海軍バーラト海艦隊の主力艦を完全に観測し、後方の重野砲連隊に砲撃を要請した。


 観測班の誘導に従って重野砲連隊の口径28センチ重野砲が砲撃を行う。


 狙いはバーラト海艦隊の主力艦である6隻の戦艦。ツェサレーヴィチ、レトヴィザン、ポベーダ、ペレスヴェート、セヴァストポリ、ポルタヴァに向けて重野砲がその大口径榴弾砲を浴びせかけた。


 流石の戦艦も口径28センチの榴弾を浴びればたたでは済まない。上部構造物は薙ぎ払われ、陸戦隊に組み込まれなかった水兵たちも肉の塊となる。


 こうして戦闘力を喪失した戦艦は共和国に拿捕されることを防ぐために、自沈することを選んだ。キングストン弁が解放され、艦内に海水が注水され、戦艦は次々にアーバーダーンの港に着底していく。


 唯一、セヴァストポリだけは状況は致命的と判断し、早急にアーバーダーンを離脱した。それを止める共和国海軍はおらず、彼らは数発の砲弾を受けただけで、アーバーダーンから逃げ去った。


 次に砲撃を受けたのは艦隊の保全に必要なドック設備であり、そのドックも重野砲連隊の猛烈な砲撃を前に崩壊した。その他、エーテリウムの貯蔵施設や、兵舎なども砲撃を受け、徹底的に破壊された。


 これでアーバーダーンの価値はなくなった。もう帝国海軍バーラト海艦隊はここを拠点として活動することはできない。少なくとも共和国植民地軍がこのアーバーダーンから撤退するまでは。


 この事実を突き付けられて、帝国植民地軍でアーバーダーン要塞守備部隊の指揮を取っていたソスラン・ステッセリ中将は降伏することを選択した。


 もう帝国植民地軍アーバーダーン要塞守備部隊の士気は落ちるところまで落ちており、補給物資が手に入る見込みもなければ、救援部隊が駆け付ける見込みもない。もはや、守るべきバーラト海艦隊が失われた時点で降伏する以外に道はなかった。


 共和国植民地軍第5軍司令官のバシリウス・バスラー中将はソスランの降伏を受け付け、アーバーダーン要塞の兵力を武装解除すると、破壊されつくされたアーバーダーンに兵力を入れた。


 かくて、アーバーダーンを巡る激しい戦闘は終結した。


 共和国植民地軍の死傷者は1万人を超え、帝国植民地軍も同程度の損害を出した。


 共和国と帝国の両国は機関銃の圧倒的制圧力を再認識し、同時にコンクリートで強化された陣地を攻略するには従来の野砲ではまるで役に立たないことを戦訓として学んだ。このことはこの後の両国の軍備に影響を与えることになる。


 だが、何はともあれアーバーダーンは落ちた。これで共和国は帝国との外交交渉を始めることができるようになるのだ。


……………………

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