視察(3)
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「あれ? 兄貴も模擬戦に参加するッスか?」
クラウスがフーゴをエカチェリーナに紹介して、自分の魔装騎士で演習場に来たのを、ヘルマが意外そうな顔をして見た。
「あなたは皇女殿下の案内じゃなかったの?」
「皇女殿下の気まぐれで予定変更だ。俺が参加した演習が見たいと言ってきた。よって俺も演習に参加することになった」
クラウスは魔装騎士を降りると、今回の演習をどうするか話し合っているローゼたちの輪に加わった。
「丁度いいわ。今回はどんな演習にするか悩んでいたところなの。どんなシチュエーションを想定して行うか、をね」
ローゼはそう告げて、クラウスに地図を見せる、演習場の地図だ。
「そうだな。今回は攻撃側と防御側に分かれての演習とする。防御側にはローゼの装甲猟兵中隊と1個魔装騎士中隊。攻撃側は2個魔装騎士中隊だ。防御側は、地図上のこの地点を防衛し、攻撃側はこれを奪取する」
クラウスはそう告げて、地図を指さす。
奪取及び防衛目標とされる地点はちょっとした丘。だが、周囲は木々が生い茂り、視界はそこまで良好ではない。丘の上から全てを見通すのいうのは難しいところだ。
「この演習の狙いは?」
「錬度の確認だ。近いうちにまた戦争が起きる。その戦争で俺たちがちゃんと戦えるかを確認しておきたい。アナトリア戦争とミスライム危機で一応戦えることは分かっているが、それが俺が求める理想に至っているかを」
ローゼが尋ねるのに、クラウスはそう告げた。
「そう。戦争、ね」
近いうちに戦争が起きるというクラウスの言葉を聞いて、ローゼの視線が演習場を睥睨しているエカチェリーナに向けられた。
「どんな戦争ッスか? また王国植民地軍ッスか? あたし、もう砂漠で戦うのはうんざりッス。戦うなら、もっとマシな場所がいいッス」
「次の作戦の相手は王国植民地軍じゃない。別の連中になる。そして、どこで戦うことになるかは今のところはハッキリしない。ただここから東に向かった場所、とだけ言っておくか」
ヘルマが辟易した表情で首を傾げるのに、クラウスはそう返す。
「では、防衛チームと攻撃チームを分けるぞ」
そして、クラウスは部隊をふたつに分けた。
ひとつはローゼが指揮する1個装甲猟兵中隊と1個魔装騎士中隊からなる計36体のチーム。一方はクラウスが指揮する2個魔装騎士中隊と本部からなる計38体のチーム。
「これでいいの、クラウス? 攻撃側は防衛側に対して3倍の兵力がなければ作戦は成功しないって法則はあなたも習ったと思うけれど」
攻撃側は防衛側に対して3倍の戦力がなければならないという法則というよりも話は確かに存在する。それだけ防衛に専念している相手を打ち破るには困難が伴うというということである。
「それぐらいの役に立たない法則は知ってる。だが、戦争が全て法則通りに進むなら、今頃は全員が名将で、どの軍も全戦全勝だ。法則はあくまでこうなる可能性を示唆するだけで将来を決定するものではない」
クラウスとて日本情報軍から数えればかなりの軍歴だ。防衛側が優位であるという法則ぐらいは当然知っている。
だが、クラウスはあえてそれを無視した。
この演習で攻撃側と防衛側の戦力は拮抗している。法則に則るならば、攻撃は失敗することだろう。
「チームごとに作戦会議に入れ。15分やる。その間にどう行動するかを決めておけ。余計な時間はやらんぞ」
クラウスは演習において作戦会議の時間もかなり絞っている。これは実際の戦場においては、ゆっくりと作戦会議を行っている時間などないことを理解させるためである。
「兄貴。どうやってローゼ姉をやっつけるッスか? 何かいいアイディアがあるッスか?」
「ないな。決定打となるアイディアは存在しない」
ヘルマが尋ねるのに、クラウスはそう言い切った。
「うええっ!? なんのアイディアもないんッスか? それじゃ負けるッスよ!」
「負けはしない。お前たちが俺の望んだように訓練されているならば、この戦いにも勝利できる。まあ、たまには下手に策を講じるより、堅実な手段でやったほうがいいというところだ」
ヘルマが焦り、クラウスはそう告げて地図を見下ろす。
「中隊長と小隊長は集まれ。これから指示を出す。目標地点までのアプローチについてのな」
クラウスはそう告げると、2名の中隊長と8名小隊長を相手に、彼の言う堅実な作戦というものを指示し始めた。
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……………………
「おっ。始まったの」
クラウスが与えた作戦会議のための15分が終わり、30分ほどが経過したとき、演習場で動きがあった。
最初に動いたのはローゼたちのBチームで、彼女は目標地点である小高い丘に向かい、早速自分の指揮する1個装甲猟兵中隊と1個魔装騎士中隊の展開を開始した。
「今回の演習はどのようなものかの?」
「攻撃側と防衛側に分かれての演習となります。防衛側はあの丘を守り抜くことが任務であり、攻撃側は丘を奪取することが任務となります。防衛側の指揮官はローゼ・マリア・フォン・レンネンカンプ植民地軍大尉。攻撃側の指揮官はクラウス・キンスキー植民地軍中佐となります」
エカチェリーナが尋ねるのに、案内役として同行しているフーゴが答えた。
「なるほど。隊長と副隊長で争うのか。これは見ものじゃのう」
エカチェリーナはパタパタと扇子を仰ぎながらそう告げる。
「さて、防衛側はどう動いておるのかの」
エカチェリーナは双眼鏡を取り出すと、防衛準備を始めているBチームの様子を眺める。
「ふむ。一部は丘を盾にするように展開しておるの。そして、もう一部は後方で円陣を組んで待機と。これはどういうことかの、オレグ?」
ローゼの装甲猟兵中隊は丘の斜面に身を伏せて人工感覚器の集中する頭部と砲身だけを突き出し、丘全体を盾にする形で展開し、魔装騎士中隊は後方で待機させられている。
「地形を利用するのは基本ですね。あの丘は見晴らしはそう良くはありませんが、丘を奪取しようとする敵を捕捉することは不可能ではありません。何より、魔装騎士の体が隠せ、被弾面積を減らせます」
オレグは侍従武官であるが、本職は魔装騎士乗りだ。だからこそ、エカチェリーナが今回のヴェアヴォルフ戦闘団の視察に彼を連れてきたわけである。
「後方に待機させてあるのは、予備部隊でしょう。流石にあの丘に全ての魔装騎士を配備するのは不可能ですし、敵が丘の側面から攻撃してきた場合には、陣地転換のための時間が必要になる。その時間を稼ぐのがあの予備部隊だと思われます」
ローゼの狙いはほぼオレグが読んだ通りだ。
ローゼは丘を遮蔽物として利用し、そこから射撃を浴びせかけて接近するクラウスのAチームを削り取るつもりだった。そして、万が一クラウスが大きく迂回して、側面から丘に迫った場合に備えて予備部隊を取っておいているのである。
「さほど難しいことはしておらぬの?」
「ええ。実に基本に忠実です。ですが、基本を守ることが勝利に繋がることもありますので」
エカチェリーナはヴェアヴォルフ戦闘団が奇妙奇天烈な戦術を使って戦っているのだと思ったのだが、実際のヴェアヴォルフ戦闘団は基本を忠実に守っている。少なくともローゼは。
「さて、相手は丘を盾にして防御している。これに対してキンスキー中佐はどう動くのかの?」
演習場にはまだクラウスの指揮するAチームの姿はない。ローゼたちが防衛準備を整えただけで、不気味な沈黙に包まれている。
「殿下。動いたようです」
と、そこでオレグが声を上げた。
丘の西側に面する部位からクラウスの指揮するAチームが姿を現した。2個中隊の魔装騎士が全力出撃している。
「やはり側面を狙うつもりかの。まあ、丘がある以上は待ち伏せされていることは理解しておるだろうからのう」
エカチェリーナは木々の間を擦り抜けて、ローゼの守る奪取目標に迫るクラウスの部隊を双眼鏡で眺める
「これは……」
そこでオレグが言葉を詰まらせた。
「どうしたのじゃ、オレグ?」
「陣形です。魔装騎士が整然とした陣形を組んでいます。これは……」
エカチェリーナが怪訝に思って尋ねるのに、オレグが動揺しながら返す。
クラウスの指揮するAチームは整然とした陣形を維持していた。最前列の1個魔装騎士中隊は楔形の陣形を維持し、後続の1個魔装騎士中隊は2列の列を組んで、その陣形に追随している。
「魔装騎士で陣形が組めるなんて。あれは味方と歩調を合わせるだけでも相当苦労するものなのに、このヴェアヴォルフ戦闘団は完璧に陣形を維持しています。最前列の部隊は互いの射程を計算して友軍を援護でき、かつ全方面に対応できる陣形を整えている。驚くべき錬度です」
魔装騎士は地球における戦車や装甲車と違って、陣形を維持することが困難だ。と言うのも、魔装騎士は僚機の歩調に合わせるだけの操縦が精一杯というのが常識になっており、それより複雑な陣形を維持するなど不可能だと思われていたからだ。
だが、クラウスの部隊はあたかもひとつの生物のごとく、整然と陣形を組み、それを乱すことなく、ローゼたちが守る奪取目標の丘に向かっている。
「ふうむ。錬度が高いわけじゃの。流石はアナトリア戦争とミスライム危機で決定的な活躍をしただけはある」
エカチェリーナもオレグの言葉に納得し、クラウスの動きに目を見張る。
「キンスキー中佐の部隊は偵察のために1個小隊を割いたようですね。ひとつの班が前進すれば、それを追い越すように後続の部隊が前進する。火力の発揮は制限されますが、進軍速度は速い。敵の内情を知るには適していますね」
Aチームはローゼがどのような守りを固めているかを偵察するための1個小隊を引き抜き、それを偵察に当てていた。
その偵察部隊の動きはひとつの班がまずは前進して前方を確認すると、それを追い越すように次の部隊が前進する。これを超越躍進という。
「だが、どうやらBチームは偵察部隊に気付いたようじゃぞ」
エカチェリーナがそう告げるときには、Bチームは偵察の動きに気付き、偵察部隊が自分たちの情報を収集する前に撃破を狙って、70口径75ミリ突撃砲での射撃を開始した。
偵察部隊は放火に晒されると数体が落伍し、残りは煙幕弾を連続して叩き込むと慌しく撤退した。
そして、偵察部隊の後ろから迫っていたクラウスのAチームは偵察部隊が手に入れた情報を得たのか、楔形の陣形からスムーズに斜行陣へ陣形を転換し、大きく迂回するとローゼたちの側面に向かった。
「また陣形が変わったの。あれにはどういう意味があるのじゃ?」
「斜行陣は側面への火力投射に適しています。キンスキー中佐は待ち伏せている敵を正面から相手するのではなく、側面から叩くつもりなのでしょう」
クラウスの狙いはオレグの言う通りで間違いない。偵察部隊が、ローゼたちの待ち構えている場所を確認すると、クラウスは直ちに丘を側面から攻撃することに切り替えた。
「それにしても陣形の入れ替えが早い。本国軍でもこれまでの錬度を持った部隊は数えるほどしかいません。やはりヴェアヴォルフ戦闘団は共和国政府が、植民地軍にてこ入れするために、本国から人材を派遣したのかと思われます」
オレグはそう告げて、じっくりとヴェアヴォルフ戦闘団の戦いを見る。
「誰もが本国軍のてこ入れじゃと考えておるようじゃが、あのキンスキー中佐は間違いなくこのトランスファールの生まれじゃぞ。本国軍がてこ入れするならば、まずは指揮官から入れ替えておくじゃろうて」
エカチェリーナはクラウスがトランスファール共和国の生まれだと理解している。それは皇帝官房第3部の集めた情報からも、軍の情報部が集めた情報からも間違いないものだと分かっていた。
トランスファール共和国で成功した海軍下士官の家庭に生まれ、上流階級で暮らしていけるだけの教育を受け、あえて植民地軍に進んだということは。
「ですが、本国軍ですら困難である陣形を組み、それを臨機応変に変更するという技をやってのけるのは、やはり本国軍の関与があるのではないでしょうか?」
「妾はそうは思わんの。あのクラウス・キンスキーという男は自分の手で成し遂げたのじゃろうて。自分の手で、植民地における最強の戦力を作り上げることを、な」
オレグが困惑して告げるのに、エカチェリーナがそう返す。
「もし、仮にこれの背後に共和国本国軍がいるとすれば、それはそれで途方もない脅威じゃぞ。連中は植民地軍を本国軍以上の存在にできると証明したことになるのじゃからな。教育の行き届いている本国軍ならば、それがどれほどのものになることやらのう」
「確かに」
エカチェリーナはこのヴェアヴォルフ戦闘団を作ったのはクラウスだと確信していたが、これが共和国本国軍のてこ入れの結果であるとすれば、共和国本国軍の能力は帝国が及びもしないほどに高いものとなる。
「どちらにせよ、共和国とことを荒立てるのは御免じゃの。共和国は世界大戦の危機が迫れば、この人狼たちを植民地で遊ばせておくことはしまいて。本国に呼び戻すはずじゃ。そうなれば……」
そこでエカチェリーナが言葉を切り、演習場に目を向ける。
演習場ではクラウスのAチームが側面からローゼのBチームに突撃していた。
ローゼは予備にとっておいた1個中隊の魔装騎士を投入し、その魔装騎士部隊は機動しながらAチームに激しい砲火を浴びせかける。その砲火を浴びて、Aチームから何体かが脱落する。
それに対してAチームから反撃の砲火がローゼの予備部隊に向けられる。口径75ミリ突撃砲が次々に火を噴き、予備部隊の車体に赤色の塗料が撒き散らされ、撃破されたことを示すマークが刻まれた。
「走行しながら、移動中の目標に向けて命中弾を出す……」
「それは凄いことなのかの、オレグ?」
オレグが呆気に取られて演習場の様子を見るのに、エカチェリーナが尋ねた。
「ええ。普通は当たりません。走りながら銃を撃って、当てるのと同じように魔装騎士で走行中に敵に命中弾を出すのは非常に困難です。帝国の魔装騎士の操縦士向けのマニュアルには、必ず停止してから射撃を行うようにと書かれているほどです」
オレグはそう告げて、演習場の様子を見る。
ローゼは予備部隊が稼いだ時間で陣地転換を行い、射撃体勢を取っていた。クラウスたちの迫る斜面から移動し、再び丘を盾にして、クラウスたちに狙いを定めている。
ズンと砲声が響き、70口径75ミリ突撃砲から放たれた砲弾が、スモークを焚いて撤退を始めた予備部隊と交戦中のAチームに向けて放たれた。
着弾。
ローゼの放った砲弾は的確に操縦席を狙ってAチームの魔装騎士を叩き、操縦不能に陥らせる。
「装甲猟兵の腕前も本国軍並み」
一撃でローゼが高速移動しているAチームに砲弾を命中させたのに、オレグが小さく呟く。
「おや? キンスキー中佐の部隊が散開したぞ?」
と、ここでエカチェリーナが告げるように、クラウスのAチームがこれまでの整然とした陣形を解体し、小隊単位で散開すると、それぞれが丘を目指して突撃を始めた。
それと同時に丘に向けて煙幕弾が一斉に叩き込まれ、ローゼたち装甲猟兵の視界が潰される。
だが、それでもローゼは砲撃し、その砲弾はAチームに命中した。
「凄いのう。普通はあの煙幕で砲弾を当てられるのかの?」
「まず不可能です。普通は煙幕弾が投下されれば、陣地転換を行います。だが、彼女たちは当てている。一体、どのような訓練を受けていればあのような離れ業が……」
ローゼが煙幕弾を物ともせずに砲弾を浴びせているのに、エカチェリーナとオレグの両方が感嘆の声を上げる。
ローゼが煙幕弾の中でも砲弾を命中させられるようになったのは、ローゼ自身の技量もあるが、クラウスが煙幕弾の中でも砲撃ができるようにと徹底的に訓練したためでもある。
煙幕弾は確実に視界を潰せるわけではない。風の流れなどによっては煙幕は薄まり、また煙幕弾の着弾した地点によっては十分に煙幕弾の効果が発揮できないことがある。そのことをクラウスとローゼは何度かの実験で確かめた。人工感覚器の優れた情報収取能力があれば、煙幕弾で視界が潰されたのちもある程度は行動可能であるということを。
それからは徹底的な対煙幕弾訓練がほどこされた。そして、煙幕弾が撃ち込まれたらすぐに砲撃を停止するのではなく、相手との距離を測って斬り込まれないかを確かめ、それが大丈夫ならば煙幕の合間を縫って砲撃を継続することがヴェアヴォルフ戦闘団の基本となったのだった。
ローゼと彼女の装甲猟兵中隊はそのための訓練を受けており、煙幕弾の張られた中でもある程度の動きが可能である。
オレグたちがローゼの技量に驚き、ローゼが煙幕の間から砲撃を浴びせているとき、Aチームを動いていた。
Aチームは小隊規模の部隊に分かれ、距離をバラバラに取りながら前進している。そして、丘を盾にして頭と砲身ぐらいしか出していないBチームに向けて牽制のための砲撃を放ち、着実に丘に迫っている。
「なるほど。距離をバラバラにすることで、敵が狙いを簡単に付けられなくしましたか。一定の効果はありそうだ」
オレグはAチームの動きを見ながらそう告げる。
Aチームがバラバラに行動しているのは、ローゼたちに簡単に狙いを付けさせないためである。
砲撃では相手との距離を測り、それによって砲身を動かし、狙いを定めることが重要になる。重力の影響を考え、相手が遠方にいるならば、ある程度照準を目標よりも上に上げなくてはならない。
そのような面倒なことを必要とする砲撃に対して、クラウスは一斉に部隊を散開させて投入した。ローゼの装甲猟兵中隊までの距離はバラバラであり、ローゼが撃破を狙うならば、照準をいちいち最初からやり直さなければならない。
そして、牽制砲撃の実行。これによって敵に圧力をかけて、敵の砲撃を困難にする。実際に装甲猟兵中隊は煙幕弾の影響もあって、ローゼ以外は十分に砲撃が行えずにいる。
これは地球でいうところの対狙撃手対策に似ている。クラウスの側に狙撃手がいればカウンタースナイプを実行しただろうが、それがなければ、多大な火力を投射して叩き潰すか、今クラウスたちが行っているように煙幕弾で相手の視界を塞ぎ、牽制射撃で狙撃を阻止するという具合だ。
「いよいよ近接格闘戦じゃの」
エカチェリーナが演習場を眺めながら呟く。
既にAチームは丘に近接し、ローゼたちは砲撃だけではクラウスたちを阻止できなくなっていた。Aチームは対装甲刀剣を抜き、それを振りかざしてローゼたちの装甲猟兵に挑む。
対するローゼたちも砲撃を中止し、対装甲刀剣を抜くと、近接格闘戦に備え始めた。慌ただしく近接格闘戦では邪魔になる70口径75ミリ突撃砲がパージされ、迫りくるAチームに応じる。
衝突。
Aチームで先陣を切ったのはクラウスの機体だった。彼がヘルマを引き連れて丘を飛び越えるとローゼたちに斬りかかった。
狙いは人工感覚器、関節部、そして操縦席のハッチ。
装甲の脆弱な部位を着実に狙い、クラウスたちは確実にローゼの装甲猟兵中隊を仕留めていく。
踊るように対装甲刀剣を振り回し、人工感覚器を潰し、視界が潰されて動けなくなった機体の関節を叩き、最後に行動不能になったところを操縦席を狙ってトドメを刺す。
クラウスの動きには一切の無駄がなく、それを援護するヘルマも適切にクラウスの背中を守っている。まるで2体でひとつの生き物のようにクラウスとヘルマは行動し、相手を仕留めている。
いや、クラウスとヘルマだけではない。他の隊員たちも2機1組になって、戦闘を繰り広げている。確実に互いの死角を潰し、援護し合いながら近接格闘戦を戦っている。
「これは素晴らしいのう。まるで無駄がない」
魔装騎士の戦闘はよく理解していないエカチェリーナにも、クラウスたちの戦闘は芸術的なまでの素晴らしさに見えていた。
「のう。オレグや。我々帝国植民地軍がこれほどの戦いを繰り広げられるようになるには、どれほどの年月が必要かの?」
「見当もつきません。恐らくは数十年単位での改革が必要になるでしょう。本国軍でもあれだけの戦闘技術を有するようになるのは何年とかかりますよ」
エカチェリーナが尋ねるのに、オレグがそう返した。
オレグは内心で不安を感じ始めている。
帝国軍のこれまでの戦闘教本にはクラウスが見せたような高機動状態下の陣形変更や、対装甲猟兵対策、近接格闘戦におけるペアで戦う戦術などはまるで記されていないかった。
何故ならば、多くの帝国軍の将校は魔装騎士を移動可能な火点としてしか考えていないからだ。魔装騎士は動くトーチカであり、歩兵を支援するためのものとしか上層部は考えていない。
だから、彼らは魔装騎士に高速戦闘を行わせるつもりはなかったし、魔装騎士が単独で装甲猟兵を相手にすることも考えていなかった。近接格闘戦についても、あくまで最後の手段として扱われ、訓練は碌に行われていない。
将軍たちは魔装騎士が敵の隊列に砲撃を加え、歩兵が射撃を浴びせかけ、敵の隊列が乱れた隙に騎兵を投入してトドメを刺すという前近代的な作戦を本気で考えているのだ。
だが、ヴェアヴォルフ戦闘団はどうだ?
彼らは魔装騎士を魔装騎士という兵器として扱っている。動く火点などではなく、装甲と火力を有し、かつ高速機動することが可能な兵器として扱い、その性能を最大限まで引き出している。
帝国にも魔装騎士で重要なのは機動性なのだと主張する人物がいるにはいた。だが、今中央アジアを巡って王国と争っている戦場では、ゲリラ的に帝国軍を襲撃する現地の部族と王国植民地軍を相手にするのに、動く火点として魔装騎士を運用するのが最適であったために無視されている。
「このままだと、我々は負けます」
オレグはそう結論した。
時代遅れの運用方法で使われている帝国の魔装騎士は、ヴェアヴォルフ戦闘団のような魔装騎士の本質を理解した部隊を相手に蹂躙されるだろう。そして魔装騎士が敗れれば、歩兵も、砲兵も、騎兵も、全てが蹂躙される。
その結果は帝国の敗北だ。
植民地戦争のみならず、世界大戦においても帝国は破れるだろう。
「やはり共和国とは事を構えぬ方が得策か。妾の派閥が拡大するといいのだがのう。なかなか難しいものじゃ」
エカチェリーナはオレグの言葉を聞いて、パタパタと扇子を扇ぐ。
「殿下。これは国家の存亡に関わります。このことは帝国軍の上層部に伝えなければなりません」
「それは約束を違えることになる。しかし、妾たちがこの演習から思いついたアイディアを実行するのは約束を違えることにはならぬじゃろう」
オレグが告げるのに、エカチェリーナがニッと笑う。
「軍の改革案についてのレポートを作成せよ、オレグ・オステルマン少佐。出来上がったら妾の名前を添えて、父上に提出しておいてやろう。父上もそろそろ軍の改革が必要だと考えていたようであるし、無視はなされまい」
「光栄です、殿下」
エカチェリーナはそう告げ、オレグは敬礼を送った。
「さて、そろそろ演習は終わりのようじゃが」
エカチェリーナが双眼鏡で眺める先では、戦闘が終結していた。
「勝ったのはキンスキー中佐のチームですね」
勝利したのはクラウスだった。
ローゼの装甲猟兵はクラウスに近接格闘戦に持ち込まれ、数体を巻き添えにしたものの、最後まで立っていたのはクラウスだ。
「あっぱれじゃの。流石は王国を2度も大敗させた男じゃ」
エカチェリーナはパンッと扇を広げてそう返す。
「エカチェリーナ殿下、オレグ・オステルマン少佐。これから部隊で演習の結果を判定する会議がありますが、ご出席なさいますか?」
「うむ。見せてもらおうかの。どうしてキンスキー中佐が勝利したのか気になることであるからのう」
案内役であるフーゴが告げるのにエカチェリーナは頷き、オレグと共にジープに乗り込んだ。
帝国の第3皇女に見せるための演習はこうして終わった。
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