視察(2)
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「妾はエカチェリーナ・ロマノフじゃ。今回はアナトリア戦争とミスライム危機で決定的な役割を果たしたヴェアヴォルフ戦闘団を見学することができて嬉しい限りじゃ。よろしく頼むの」
エカチェリーナは第8植民地連隊内にあるヴェアヴォルフ戦闘団の拠点に到着すると、やはり暑いのか扇子をパタパタと扇ぎながら、整列したヴェアヴォルフ戦闘団の兵士たちに挨拶した。
「ふむ。やはり若者が多い部隊なのじゃのう。整備の部隊以外は、ほとんどお前と同じ歳ではないのかの、キンスキー中佐?」
エカチェリーナが最初に気づいたのは、ヴェアヴォルフ戦闘団が若い人員で構成されているということだった。整備中隊と補給中隊以外の戦闘部隊は、クラウスと同年代ほどの隊員ばかりで構成されている。
「ええ。自分と同期の隊員を中心に部隊を構成しております。同年代ですと結束力が高まりますからね」
クラウスもまさか植民地軍ではなく、自分に忠誠を向けている部下が欲しかったから同期で部隊を編成したとは言わない。
「いいことじゃの。若手が元気なのは国にとっていいことじゃ。彼らは将校ではあるが、貴族ではないのかの?」
「違いますよ。彼らは一般の入植者たちです。ただ、副隊長を務めているローゼ・マリア・フォン・レンネンカンプ大尉だけが貴族令嬢の地位にあります」
続けてエカチェリーナが尋ねるのに、クラウスがそう返す。
彼の部隊にいる貴族なんてローゼくらいだ。他は街のならず者ばかりだし、補給中隊の中隊長に至っては結婚詐欺師である。まともなのはフーゴの整備中隊ぐらいだろう。
「若くて、有能な人材を自在に登用できる、というわけかの。それはいいことじゃのう。帝国軍はその点で大きく王国と共和国に差を付けられている。東方植民地を巡る戦争でそのことに気づいてくれればよかったのじゃが」
エカチェリーナはそう告げて、心底羨ましそうにヴェアヴォルフ戦闘団の兵士たちを眺める。
帝国は帝国本国軍も帝国植民地軍も将校になれるのは貴族の家系にあるものたちだけだ。平民は下士官までにしか登れない。それがどんなに優秀な兵士であったとしても。
対する共和国は有能な人材ならば、さっさと登用する。その人物が貴族の地位にあろうが、なかろうが、有能か無能かで人事の判断は行われる。流石は大陸で全ての人民の平等を唱えた最初の国家なだけはあるというものだ。
王国は階級制度が未だに残っているものの、帝国ほど融通の利かないものではない。優秀な人材には騎士の位や準男爵の位を授け、そうやって人材を登用していっている。何度も植民地の反乱を引き起こしているトーマス・タールトンもこの手の登用だ。
帝国はこの2ヶ国に対して、ガチガチに固まった階級社会の規則と、貴族の尊厳意識から来る融通のなさからして、有能な人材を軍でも、どこでも登用し損ねているのが現状だ。
「それは残念ですね。平民にも有能な人間はいるものですが」
「お前のようにな。お前が帝国に生まれておったら、その類稀なる軍事的才能も発揮できずにいたじゃろうな。帝国にはヴェアヴォルフ戦闘団は生まれない、というわけじゃ」
クラウスが適当に相槌を打つのに、エカチェリーナはフウと溜息を吐いた。
「さて、実際に動いているところをみせてくれぬかの? 噂のヴェアヴォルフ戦闘団はどのような訓練をしておるのか興味があるのう」
そして、エカチェリーナがニマッと笑ってクラウスに尋ねる。
「畏まりました。これから模擬戦を行います」
「模擬戦かの」
クラウスが事前に準備しておいた演習である模擬戦を持ち出すのに、エカチェリーナが興味深く、自分の魔装騎士に走っていく兵士たちを眺めた。
「いつも模擬戦をしておるのかの? こう、的を狙った射撃訓練や、走行訓練ではなく?」
「ええ。ヴェアヴォルフ戦闘団では模擬戦を重視しています。実際の戦場で淀みなく動けるように、可能な限り実践に則したものをと。そのことはそちらの将軍方も同じ意見なのではないですか?」
エカチェリーナが問うのに、クラウスは怪訝そうにそう返した。
クラウスはどの軍隊も演習は模擬戦形式で行っているものだと思っていた、彼が前世で所属していた日本情報軍も常に実戦と変わらぬ状況での演習を繰り返していたがために。
そう、尋問も、盗聴・盗撮も、電子戦も、暗殺も。
「帝国の将軍たちはそうは考えてはおらぬよ。実戦に則した演習は、不要な部品の損耗や、操縦士の負傷、そして何より負けた側の将兵の士気が低下するという理由で行われていないのじゃ」
だが、帝国においては事情は異なるようだった。
確かに実戦と同じスケールの演習を行うと、訓練用の装備を使っても、魔装騎士が破損する場合がある。比較的繊細な人工感覚器などは特に。
そして、兵士の負傷。演習とは言えど数十トンはある魔装騎士同士が衝突する戦いでは、否応なしに負傷者がでる。クラウスのヴェアヴォルフ戦闘団でも、重傷を負うものこそいないが、小さな怪我はしょっちゅうだ。
また、負けた側の士気という問題。確かに演習で負けた側は自分たちが無能なのではないかと考えて士気が落ちるかもしれない。だが、帝国が恐らく考えているのは対抗部隊を指揮する貴族の将校のプライドが傷つくという問題だろう。
「部品の損耗は替えが金で買えます。ですが、経験は金を払っても手に入らない。部品の損耗程度を理由に模擬戦をしないというのは考えられませんな」
エカチェリーナの言葉にクラウスがそう告げる。
「それに演習での流血を恐れていては、実戦で死に至る血を流すことになります。指揮官は演習の安全に最大限配慮し、貴重な兵士が事故で死亡することがないように手配しておけばそれでいいのです」
クラウスの言う通り、訓練でちょっと血を流すことを恐れていては、実戦ではやっていけない。何せ、実戦では模擬弾ではく、自分たちを殺しに来る実弾が飛んでくるのだから。
「最後に負けた側の士気ですが、彼らには次の機会に挽回できるように、指揮官である自分と共に対策に取り組みます。自分たちが負けた理由を徹底的に検証させ、次に同じミスを犯さないことで、次の演習での勝利を得るように激励します。負ければ、負けるだけ、自分たちの弱点が明らかになると理解させていますから、自分の部隊ではそのことを気にするものはいません」
模擬戦では勝ち負けがあるが、クラウスは勝った側のチームより、負けた側のチームの方を重視していた。
負けたということは、何かしらの原因があるはずだ。その原因を洗い出し、明らかにし、このヴェアヴォルフ戦闘団が抱えている弱点を突き止める。それがクラウスの狙いだった。
クラウスと共に自分たちの敗因を検討したチームは次の演習では同じ間違いは犯さず、演習において勝利することも多々あった。
故に模擬戦で負けても、ヴェアヴォルフ戦闘団では士気は下がらない。
「考えておるのじゃのう。どこをどうしたら、こんなに有能な人材がホイッと湧いてくるのか不思議でならんのう」
エカチェリーナはクラウスの言葉にコクコクと感心したように頷く。
「お前はどう思う、オレグ?」
と、ここでエカチェリーナは帝国から連れてきた唯一の付き人である侍従武官のオレグ・オステルマン少佐に尋ねた。
「はい、殿下。キンスキー中佐の説明は帝国軍の将軍たちが模擬戦を拒否している理由を全て解決できますね。これは参考にさせていただきたいところです。その、ここから持ち出すのが許されるのであればですが」
エカチェリーナはここでのことは帝国政府には伝えないと約束して、ヴェアヴォルフ戦闘団を視察している。だから、オレグはクラウスの告げた説明をここから持ち出していいものかと考える。
「構いませんよ。これぐらいでしたら、どうぞご自由に」
「感謝します、キンスキー中佐」
クラウスはどうせここでエカチェリーナが見聞きしたものは、全て帝国に伝わると考えている。彼らがこっそりと、ここの経験を基にヴェアヴォルフ戦闘団と同じことをしても、黙っているならばそれがどこに由来するものかは分からないし、指摘してもしらばっくれることができるのだから。
「では、演習場に移動しましょう。ご案内します」
「のう。お前は参加しないのかの? ヴェアヴォルフ戦闘団の指揮官はお前じゃろうて」
クラウスがジープの扉を開いてエカチェリーナに席を勧めるのに、エカチェリーナは油断ならない目をしてクラウスを見る。
「自分は殿下たちにご説明をせねばなりませんので」
「説明などよい。妾はヴェアヴォルフ戦闘団の真価というものが見たいのじゃ。指揮官が欠けていてはそれは見れぬじゃろう」
クラウスの言葉に、エカチェリーナが扇子をパチリと閉じて返す。
「……では、案内と説明の方は整備中隊のフーゴ特務中尉に任せます。暫し、お待ちを。すぐに戻ります」
クラウスは強張った笑みでそう告げると、まだ閲兵場に残っている整備中隊のフーゴの下に向かった。
「フーゴ特務中尉。すまないが、エカチェリーナ殿下を演習場まで案内してくれ。それから演習の説明を適当に頼む。ただし、スレイプニル型の機密は明かさないように注意を払ってくれ」
「自分がですか?」
クラウスが突減告げるのに、フーゴが驚く。
「そうだ。もう他に人がいない、パトリシアでもいてくれればよかったんだが、あいつはストレス性の胃炎で病院に入院したからな。間違ってもクルマン中尉には任せられんし、任せられるのはお前だけだ、フーゴ特務中尉」
パトリシアは初日の歓迎──と暗殺未遂事件の翌日にストレス性の胃炎になり、今は病院のベッドの上だ。そして、戦闘部隊以外で残っているのは整備中隊と補給中隊だが、補給中隊の方の指揮官であるコンラート・クルマン中尉は元結婚詐欺師だ。とてもではないが、そんな人間を重要人物の案内には当てられない。
候補が次々に消えていき、残ったのはフーゴ。
フーゴは人格者であり、部下の信頼も厚い。犯罪歴もなく、長年軍隊にいたことで、目上の人間にどう接するべきかを理解している。この場で任せるならば、フーゴしかいない。
「理解しました、キンスキー中佐。最善を尽くしましょう。久しぶりに軍服に着替えおいてよかった」
クラウスの頼みにフーゴがニッと笑って返す。今日の彼はいつもの整備作業の際に着ている油や血を帯びた作業服ではなく、共和国植民地軍のフィールドグレーの清潔な軍服だ。
「よし。頼むぞ」
「あなたには娘を救ってもらった恩がある。任せてください」
クラウスはフーゴを引き連れてエカチェリーナたちが乗車しているジープに戻り、フーゴを新しい案内役として紹介すると、クラウスは自分の魔装騎士に向けて走った。
「さて、どのような演習が行われるのかの。実に楽しみじゃ」
エカチェリーナのジープは演習場が見渡せる丘の上に上り、エカチェリーナはポタパタと扇子で顔を扇ぎながら演習が始まるのを待った。
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