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大運河強襲(3)

……………………


 運河の途上で停止している4隻のフェリー。


 ロートシルト財閥が王国船籍で購入したこのフェリーの積み荷は、車などではなく、魔装騎士だ。そう、クラウスが指揮するヴェアヴォルフ戦闘団のスレイプニル型魔装騎士だ。


「諸君。いよいよ本番だ。準備はいいか?」


 フェリーの中で魔装騎士を駐機状態にしたクラウスがエーテル通信で、彼の部下たちに声をかける。


『準備完了ッス! いつでもいけるッスよ!』

『準備完了です、ボス』


 ヘルマを含めた部下たちからは威勢のいい返事が戻ってくる。


「よろしい。では始めるぞ。全機。出せ」


 クラウスが命じるのに、駐機状態の魔装騎士を載せたトレーラーが動いた。


 魔装騎士は流石に大きすぎるので、駐機状態にしておかなければ、フェリーの内部に留められない。そのため、駐機状態の魔装騎士を運び出すのはトレーラーの仕事だ。


「ローゼ。外の様子はどうなっている?」

『さっき、駆逐艦と派手にやりあったから、王国も運河の異常に気付いたみたい。トラックに乗った歩兵が大隊規模で、魔装騎士が同じく大隊規模で接近中。場所は運河の東側からよ』


 クラウスはまだ動けないトレーラーの上から。行動可能なローゼに呼びかけるのに、ローゼはエーテル通信機のクリスタルの向こうでいつもの不愛想な表情でそう告げた。


「なるほど。歓迎はありか。ローゼ、接近してくる魔装騎士を最優先で排除しろ。そこから狙えるだろう?」

『ええ、十二分に狙えるわよ。ここはとても見晴らしがいいから。もっとも敵からも丸見えだろうけど』


 クラウスが命じ、ローゼは肩を竦める。


「大丈夫だ。駆逐艦の連中は船を沈めることを恐れなかったが、陸の連中は下手に砲弾を当てて、船が沈むことを恐れる。何せ王国海軍は本国軍だが、陸の連中は植民地軍だからな」

『そうであることを願いたい』


 バシリスクの艦長はエーテリウム輸送船ほどの大型船であれば、多少の砲弾が命中しても、沈まないことを理解していた。それは彼が海の人間だからであり、王国本国軍という精鋭だからだ。


 それに対して、陸上からローゼたちを狙うことになるのは、船のことなど知らず、練度も本国軍と比較すれば圧倒的に劣る植民地軍。彼らはどの程度砲弾が命中すれば、船が沈むなど分からないだろう。


「そうなるんだよ。俺が計画した通りにな」


 クラウスはそう告げながら、トレーラーで運び出されるのを待つ。


……………………


……………………


 クラウスがトレーラーで運び出されるのを待っている間にも、王国植民地軍は異常が起きたらしいという大運河に向けて進んでいた。


 何がどうなっているのかは分からない。


 海軍の駆逐艦と何かが交戦したという情報が入っており、仮装巡洋艦が大運河に入り込んだという可能性もあった。かと思えば、大運河で大規模な陸軍部隊が上陸中との情報もあった。


 兎も角、大運河に敵がいる。それだけは確かだ。


 ミスライムに駐留する王国植民地軍は事態の制圧のために歩兵1個大隊1000名と魔装騎士1個大隊56体を派遣した。これならば、多少の戦力は一捻りできるはずであった。


「さて、一体どんな連中が仕掛けてきたのか」


 魔装騎士大隊を指揮する王国植民地軍の少佐は首を捻りながらそう呟く。


 情報が錯綜していて、敵の姿はよく分からない。大運河が塞がれているという情報や、エーテリウム輸送船が事故を起こして大爆発したという情報まで入っている。どれをどこまで信じていいのか分からない。


「せめて、事前に偵察が行えればな」


 王国植民地軍司令部は直ちに事態を鎮静化するように命じており、少佐たちには偵察を行う時間の余裕も与えられなかった。


 情報は錯綜し、何が事実かは分からない。


 最初に入った情報は大運河で事故が発生したというものだった。それが、警戒任務に当たっていた駆逐艦が撃破されたという情報に変わり、かと思えばエーテリウム輸送船が爆発事故を起こしたというニュースも入っている。


 大運河での事故は兎も角として、駆逐艦が撃破されたというニュースは明らかにおかしい。敵が仮装巡洋艦だったとしても、王国海軍の正規軍艦である駆逐艦が撃破できるとは思えない。仮装巡洋艦の装備は貧弱であり、駆逐艦の火力があれば制圧できるのだから。


 だとすると、駆逐艦は何にやられたのだろうか?


『少佐殿。間もなく大運河です』

「分かっている。各員、警戒せよ。何が出てくるのか分からないぞ」


 部下が報告を寄越すのに、少佐は頷き、前方を見据える。


「確かに事故が起きているようだな……」


 いつもは船が行きかっている大運河は完全に停止している。停止を余儀なくされた商船が衝突し、沈みかかっている船もある。それぞれの船が怯えたように、紅海に向けて後退し、逃げ惑っている。


『少佐殿! 魔装騎士です! スレイプニル型魔装騎士を確認!』

「共和国」


 エーテル通信がにわかに騒がしくなり、少佐は唇を噛む。


 前方の大運河でスレイプニル型魔装騎士がフェリーからトレーラーによって降ろされていた。既に数機は戦闘態勢にあり、周囲の警戒に当たっている。


「敵の魔装騎士を狙え。ここに共和国の軍隊が出現するのは不味い。なんとしても敵の魔装騎士を排除し、大運河の安全を確保せよ」

『了解!』


 少佐はそう命じると、己のエリス型魔装騎士の6ポンド突撃砲で、前方に展開している共和国の魔装騎士を狙う。フィールドグレーのカラーリングからして、共和国植民地軍のものだと分かった。


「共和国植民地軍。随分と大胆なことをしてくれる。大運河を直接狙ってくるとは。ついにこのミスライムも戦場か」


 少佐は速度を上げながら、そう愚痴る。


 これまでミスライムは安定していた。アナトリア地域という大きな緩衝地帯、そして他にも周囲には緩衝地帯があり、王国はこのミスライムを南方植民地の拠点とし活動していた。ミスライムは共和国のトランスファール共和国と同じように、王国の重要拠点だ。


 だが、そのミスライムもついに戦火に包まれる日が来た。


「だが、これほど後方を攻撃されるのは不味い。ここにはアナトリア地域南部で睨み合っている部隊の司令部もあるし、それを支える兵站基地もある。ここを叩かれるのは不味い」


 少佐の危惧するように、ここは軍の重要拠点だ。


 植民地軍の司令部が位置し、王国本国から運び込まれた植民地軍への物資を集積している兵站基地もある。ここを攻撃されるならば、今アナトリア地域南部で睨み合っている王国植民地軍は大打撃を受ける。


「こちらヒポグリフ・ワン。敵の魔装騎士が大運河にて揚陸中。至急対処のための部隊を要請する」

『司令部よりヒポグリフ・ワン。要請は認められない。君の部隊だけで対応せよ。我々の手は無限にあるわけではない』


 少佐は万が一に備えて援軍を要請するも、その要請は司令部に蹴られた。


 司令部も、何も敵を軽視しているわけではない。ただ、この大運河への触接攻撃が陽動で、実際はアナトリア地域南部にいる部隊が本命として動くことを危惧しているのだ。


 事実、ここ数週間はアナトリア地域南部で大規模な共和国植民地軍の動きがあり、それは攻撃を窺わせているものだった。


 よって、後方であるミスライムの大運河付近に残っている魔装騎士部隊は少佐の指揮する1個大隊だけであり、残りの魔装騎士は全てアナトリア地域南部に派遣されていた。


「畜生。海軍が仕事をしてればな」


 王国海軍地中海艦隊は共和国海軍地中海艦隊に勝っている。彼らがまともに戦えば、共和国海軍は敗れ去る。だから、これまで大運河は無事であった。


 王国もまさか敵が大運河の使用許可証を偽造し、民間の商船に紛れて攻撃を仕掛けてくるなど予想していなかった。この世界では、そんな離れ業はまだ行われたことがないために。


『ヒポグリフ・スリー。間もなく、敵の魔装騎士が射程に──』


 少佐のエーテル通信機に部下からの報告が入りかけ、それが不意に途切れた。


 ズウンという衝撃が響いたのは次の瞬間だ。


 前方を進んでいたエリス型魔装騎士の秘封機関アルカナ・リアクターが吹き飛び、操縦席をも撃ち抜かれた魔装騎士がガクリと膝を突いて倒れる。


「攻撃かっ!?」


 少佐は慌ただしく前方のスレイプニル型魔装騎士を見据えるも、前方の魔装騎士は攻撃を行った気配がない。ただ、匍匐姿勢で、大運河の周囲に砲口を向けているだけだ。


「まさか伏兵……」


 少佐は周囲を見渡し、敵の姿を探る。


「いたっ! 各員、警戒! 敵はエーテリウム輸送船の上にもいるぞ!」


 そして、少佐は敵の姿を見つけた。


 大運河を塞ぐように展開しているエーテリウム輸送船のデッキ上に、18体のスレイプニル型魔装騎士の姿が見える。そして、その構えている長砲身の砲口がチカッと瞬いた。


 すると、また魔装騎士が吹き飛ぶ。確実に操縦席か秘封機関を狙った砲撃だ。恐ろしいまでに正確な砲撃だ。


『少佐殿! どうなさるのですかっ!? あの船ごと攻撃してもいいのですか!?』

「待て。攻撃は避けろ。あの船が沈んだら、大運河は完全に塞がるぞ!」


 部下が叫ぶのに、少佐が叫び返した。


 エーテリウム輸送船は確実に大運河を塞いでいる。下手に攻撃して、船を沈めれば、大運河は使用不可能になる。それは王国にとって大打撃だ。


「煙幕弾を使え! 煙幕弾で敵の狙撃を防ぎ、それで前方の魔装騎士に対処しろ! 決して船は攻撃するな! 船が沈めば損害を受けるのは我々だ!」


 少佐は慌ただしく変化する戦場で、なんとか命令を発する。


『了解しました! 煙幕弾を──』


 だが、その命令は些か遅かった。


 もう、エーテリウム輸送船上の魔装騎士──ローゼの装甲猟兵中隊は、確実に少佐の部隊を捉えた。魔弾とでも言うべきローゼの砲撃を防ぐには、少佐の命令は幾分か遅いものだった。


「煙幕弾は私がやる! 各員、スモークを展開しながら、全速で前方の敵魔装騎士に突っ込め! 近接戦闘に突入すれば、狙撃は不可能なはずだっ!」


 少佐は次々に砲撃で部下がやられていく中で、6ポンド突撃砲を構え、煙幕弾を装填すると、エーテリウム輸送船に向けて次々に叩き付けた。


 白い煙幕がもうもうと広がり、エーテリウム輸送船が煙に包まれる。それと同じくして、エーテリウム輸送船上からの砲撃は途絶えた。


「あの連中は近距離で船が沈まないようにして、確実に片付けるしかない。今やるべきは、上陸中の魔装騎士を相手にすることだ」


 ローゼの部隊を下手に攻撃すると、エーテリウム輸送船が沈むと考えている少佐はそのように呟き、魔装騎士の人工筋肉が悲鳴を上げるほどに駆動させ、前方へと押し進む。


 少佐が自分で展開したスモークが途絶え、前方に揚陸中の共和国植民地軍の魔装騎士部隊の姿が見える。まだトレーラーで船内の魔装騎士を運び出している最中であり、数は9体程度。


「いいぞ。このまま叩いてやる」


 少佐の魔装騎士大隊はローゼたちの砲撃で数を56体から36体までに減らしているが、数においては少佐たちが圧倒的に優っている。


「本国の資料が正しければ、これで交戦距離内だ」


 少佐にとってスレイプニル型と交戦するのは初めてだ。多くの王国植民地軍の兵士がそうであり、例外はアナトリア戦争で不運にもヴェアヴォルフ戦闘団と交戦する羽目に陥った部隊だけ。その部隊は壊滅し、生き残りは今頃はミスライムの病院に収容されている。


 よって、少佐のスレイプニル型の知識は本国が資料として渡したデータだけ。実際のスレイプニル型がどのように動くか、どれほどの戦闘力を有しているかは戦ってみなければ分からない。


 そもそも、王国がスレイプニル型のデータを急遽、植民地軍に配布したのは、少佐の眼前に広がる魔装騎士部隊──ヴェアヴォルフ戦闘団がアナトリア戦争で猛威を振るったからだ。


 アナトリア戦争でヴェアヴォルフ戦闘団のスレイプニル型は王国植民地軍の標準装備であるサイクロプス型を圧倒し、王国植民地軍はその機動力に応じられず、結果的にアナトリア戦争での敗北を招いた。


 スレイプニル型は魔装騎士としては第2世代であり、技術としてずば抜けているわけではないものの、それは本国軍での話だ。未だに第1世代型が現役で戦っている植民地では第2世代は圧倒的だ。


「アナトリアと違って、今回はこちらも第2世代。加えて相手はその機動力が制限されている状況だ。やれんことはない」


 少佐はそう呟き、速度を僅かに緩めて6ポンド突撃砲の砲口を、匍匐した姿勢で周囲の警戒に当たっているスレイプニル型魔装騎士に向ける。


「各員、撃ち方始め」


 そして、36体のエリス型魔装騎士が一斉に砲撃を加えた。


 だが──。


「効果なし、だと……。本国からの資料にはスレイプニル型との理想的な交戦距離は1000メートルだと確かに……」


 ヴェアヴォルフ戦闘団の魔装騎士に被害は一切ない。彼らは平然としており、匍匐した姿勢のままに砲口を少佐たちに向けてきた。


「!? 気を付けろ! 連中、全員が長砲身砲を装備してやがる! この距離では抜かれるぞ!」


 少佐はその砲身が向けられて初めて交戦しているスレイプニル型が標準的な短砲身75ミリ突撃砲を装備しているのではなく。普通は装備されていない長砲身のそれを装備しているのに気付いた。


『うわっ──』


 1000メートルまで迫った少佐たちの部隊を、ヴェアヴォルフ戦闘団の魔装騎士の放った砲弾が貫く。


「畜生。本国の資料は出鱈目じゃないか。連中は1000メートルでこっちを余裕で撃破しているぞ! それなのにこっちは!」


 少佐は操縦席でそう叫びながらも、死を恐れずに更に前へと突撃する。


 少佐の部隊が混乱するのも当然だ。ヴェアヴォルフ戦闘団の魔装騎士は、標準的なスレイプニル型ではないのだから。


 突撃砲は装甲撃破に長けた長砲身に換装され、全身に機動力を犠牲にした追加装甲が積まれている。標準的なスレイプニル型ならば、王国本国が渡した資料にある理想的な交戦距離──1000メートルで撃破できただろうが、ヴェアヴォルフ戦闘団のスレイプニル型は、その距離では砲弾を弾く。


 そして、少佐たちの練度にも問題があった。


 少佐たちがサイクロプス型からエリス型に乗り換えて、まだ3週間程度しか経っていないし、大規模な演習は行われていない。


 彼らは従来の低速のサイクロプス型に準じて、やや速度を落としただけで走行しながら射撃を行ったが、エリス型では速度が増した分、走行しながらの射撃では練度が高くない限り、もっと速度を落として砲撃しなければ砲身がブレて、目標を外す。


 少佐たちは乗り換えから日が浅く、そのことを把握できていないし。この異常な状態──大運河に共和国植民地軍が上陸作戦を仕掛けてきているという状態で、冷静さを欠いた少佐たちはそのことに気づかなかった。


 対するヴェアヴォルフ戦闘団はスレイプニル型での習熟訓練をクラウスが重点的に行っており、アナトリア戦争という実戦も潜り抜けた。彼らはどのような速度で交戦すればいいかを分かっているし、スレイプニル型の速度でも目標に当てられるだけの訓練を積んでいる。


 まして、今のヴェアヴォルフ戦闘団は匍匐姿勢を取って、砲身を安定化させている。装甲猟兵でなくとも、自分たちに真っ直ぐ向かってくる目標を外すはずがない。


「まだだ。まだ勝ち目はある」


 ローゼたちの砲撃で36体まで減少し、クラウスたちの反撃で24体までに減少した少佐の魔装騎士大隊だが、数ではまだヴェアヴォルフ戦闘団より優っている。数で押せば勝てないことはない。


「全機、ありったけの砲弾を叩き込みながら突撃しろ。近接格闘戦に持ち込んで、叩き潰すぞ」

『りょ、了解!』


 少佐は覚悟を決めた。


 ここで共和国植民地軍の上陸を許すわけにはいかない。それは王国のミスライムにおける敗北を意味する。結果的に王国の大動脈である大運河を失う恐れすらあった。それだけは避けなければならない。


 たとえ、自分たちが犠牲になろうとも。


 少佐の率いる24体の魔装騎士は6ポンド突撃砲を出鱈目に放ちながらも、相手を牽制し、我武者羅に突き進んだ。


……………………

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