ベヤズ霊山強奪(2)
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「俺とハント少尉で偵察活動を行った。分かったことはいくつかある」
クラウスとヘルマがジープで出発してから丸1日と半日が過ぎた時刻。
クラウスは自分用の地図を手にし、ヴェアヴォルフ戦闘団用の地図に書き込みを加えていっていた。横ではヘルマがグニャリとへばり切っている。
ヘルマがへばるのは当然だ。クラウスは十二分にジープを隠せると判断した場所にジープを隠すと、それからは徒歩でベヤズ霊山に向かったのだ。
そして、十二分にカモフラージュをしながら、ヘルマとクラウスはベヤズ霊山内の王国植民地軍の配置や、地形について詳細なデータを集めてきた。それがクラウスの手に握っている地図に記されている情報であり、今地図に記されていっている情報である。
地形の把握は指揮官の基本。クラウスは基本に忠実に動き、魔装騎士で突撃する前に下車偵察で十二分に敵情を探ってきた。
「わかったことのひとつはベヤズ霊山にいる王国軍は本国軍ではなく、植民地軍だということだ。装備は第1世代型のサイクロプス型魔装騎士で、対装甲砲も2ポンド砲だった」
ノーマンは王国が本国軍を動員したと告げていたが、クラウスが偵察した限りで判明したのは、ベヤズ霊山にいるのは王国植民地軍であって、本国軍ではないということだった。
「それから、このベヤズ霊山を制圧するのに必要な地形は、山の中腹にある洞窟だ。そこからだとベヤズ霊山の採掘作業が行われている地域が一望でき、かつ王国が制圧した港湾都市からの増援も見通すことができる」
ベヤズ霊山は広大な山であり、全てを見通すことは非常に難しいが、中腹に穿たれた洞窟からはかなりの範囲を一望できる。軍事的に重要な緊要地形だ。
「作戦は奇襲で行く。第1段階では夜明け前に魔装騎士で移動し、周囲の樹海に入る。第2段階では夜明けと同時にまず採掘場を警護している魔装騎士1個大隊と歩兵1個大隊を蹴散らす。第3段階では第3中隊が周囲の残敵を掃討しつつ、第1中隊、第2中隊、そして装甲猟兵中隊が敵の奪還に備える」
クラウスはそう告げながら地図を指さす。
ベヤズ霊山を直接警備しているのは、1個魔装騎士大隊、1個歩兵大隊の部隊。もちろんこの重要地点を警備しているのがこれだけなわけもなく、ベヤズ霊山の周囲には、1個師団規模の部隊が待機している。
その1個師団の戦力はクラウスたちがベヤズ霊山のすぐそばまで前進できていることに気づいていてないのだが。そう、彼らの速度があまりにも素早かったために王国は彼らを見失っていた。
「敵の増援が大規模な場合はどうするの?」
「蹴散らす。弾薬はたんまり持ってきた。師団クラスで攻めてこようとも、相手にはならん。それに地形が俺たちに味方する。周囲の樹木は敵の進軍ルートを限定するし、こちらが高台を押さえていることは実に有利に働くはずだ」
クラウスも1個師団規模の戦力が周囲を警備していることは知っていた。だが、彼には勝算があった。自分たちの腕が相手より優っているという自信と、周囲の地形が自分たちに味方するという確かな根拠から。
「では、どの段階で鉱山を手に入れたと主張しましょうか?」
と、ここで実に暢気な声で告げるのはダニエルだ。彼は書類のびっしり入ったアタッシュケースを抱えて、場違いな空気を放ちながら、司令部になっている占領した村落の集会場にいた。
「敵がこちらの襲撃に気づいた時点でだ。大出力のエーテル通信は居場所を叫ぶようなものだ。相手が採掘場を制圧されても、襲撃に気づかないような間抜けならば、布告は遅れさせ、相手が軍人らしく直ちに異常に気付けば、布告をただちに発する」
ダニエルの質問にクラウスはそう答えた。
植民地省資源開発局に送るエーテル通信は軍の暗号化されていない平文のものだ。そしてアナトリアのど真ん中たるベヤズ霊山から、アナトリアとサウードの国境付近にしかない資源開発局の出張所まで通信を行うには大出力でエーテル通信を行わなければならない。
そんな通信に敵が気づかないはずがないし、通信に気づいた敵はベヤズ霊山が陥落したと判断して、大部隊を送り込んでくるだろう。そう、周辺に待機している1個師団の戦力を。
よってクラウスは敵が気づくまでは鉱山発見の連絡を遅らせることにした。一応は彼らの後ろから、共和国と帝国の植民地軍本隊が付いてきているのであり、可能ならば師団規模の敵は師団規模の友軍で片付けてもらいたいところだ。
「理解しました。私の方はいつでも準備はできております。その、ただ、戦場で安全について配慮していただけるとありがたいと思うのですが」
ダニエルは額の汗を拭いながらそう告げる。
ダニエルが発見者として向かうことになるベヤズ霊山は間違いなく戦場になる。ダニエルは弁護士であって、軍人ではないので、戦場での心構えなどができているはずもない。
「なら、全て終わった後に来るか?」
「それではダメなのです。植民地軍の本隊に発見されますと、共和国政府に没収されることになります。キンスキー大尉の部隊だけで押さえている間に、権利を主張しなければならないのですよ」
クラウスの言葉にダニエルがそう返す。
「なら、アリアネの機体に乗せてもらっておけ。地面を歩いて、ライフルで撃ち殺される可能性を考えるより、そっちの方が安全だ」
「ま、魔装騎士に乗るのですか?」
クラウスの言葉にダニエルの額から大粒の汗が滴り落ちた。
「戦場では比較的安全な場所だぞ、魔装騎士の中ってのは。万が一、敵の対装甲砲が直撃したり、万が一敵の魔装騎士の攻撃が操縦席を直撃したり、万が一敵の梱包爆薬で吹き飛ばされたりしないかぎりは、な」
クラウスは意地悪気にくつくつと笑ってそう告げる。
「それか地面を歩いてついてくるか、だ。地面を歩く方はリスクが多すぎて数えようがない。ライフル弾から、突撃砲の榴弾に至るまであらゆる武器が見知らぬ人間を殺しに来る。死体でも五体満足に残ればラッキーな方だな」
「ま、魔装騎士の方に乗せていただきます……」
クラウスが今度は溜息交じりに告げるのに、ダニエルはあっさりと魔装騎士に乗ることに同意した。
「お荷物デスか。自分も新製品のテストをやりたいと思ってたんデスが」
「すればいい。ただし、弁護士が死なないようにな。そいつが死ぬと全ておじゃんになる。注意して戦ってくれ」
アリアネの方は対装甲ラムを実戦でテストしたかったようで、ダニエルが搭乗することに渋い表情を浮かべるが、クラウスはなんてことはないというようにそう返す。
「ああ。なら、ちょっと用心して戦うデス。一応は開発に関わった身として、商品の出来には興味があるんデスよ」
「ちょっ! 安全第一! 安全第一です! 戦闘なんてまた今度でもいいじゃないですかー!」
アリアネがニヤリと笑うのに、ダニエルが大混乱だ。
「さて、諸君。敵の張っている哨戒線は夜明け前に抜けるぞ。闇夜に紛れて、鉱山に近づく。樹海内での道案内は俺とヘルマが行う。通過可能な地点を調べておいたから安心しろ」
そんなダニエルを無視して、クラウスは再び部下たちに命令を確認する。
「行くぞ、諸君、俺たちの祖国と俺たちの金のために!」
「応っ!」
クラウスが声を上げ、ヴェアヴォルフ戦闘団の兵士たちが応じる。
彼らが動き出したのはこれから3時間後のことだった。
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