砂漠での死闘
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──砂漠での死闘
「ジャーミア・クライシュだ」
そう名乗ったのは14、15歳ほどのサウス・エルフの少年だった。
「お会いできて光栄です、ジャーミア殿下。今回はご助力いただき感謝の次第です」
その少年に応じるのはノーマン・ヘルムート・ナウヨックスだ。
この少年こそがクライシュ族の派遣した増援だった。もちろん、この少年だけではなく、300名あまりの騎乗した屈強な男たちが付き従っている。屈強な男たちに囲まれていると、女顔なだけあって、ジャーミアは少女のように見えた。
「これが例の?」
「そうだ。クライシュ族の第2王子だ。植民地人だからと言って、あまり失礼を働くなよ。植民地人とは言っても、共和国のサウード統治にはクライシュ族の支援が必要なんだ」
声を落としてクラウスが尋ねるのに、ノーマンが小声でそう返す。
この少年はクライシュ族の第2王子だ。それだけ高貴な身分にある人物である。それが植民地人であったとしても。
「殿下。ここ最近サウードでは、女性たちが権利獲得に向けて動いてるようですな。我々共和国の影響もあるのでしょうが」
彼はいきなり本題を切り出さず、ここ最近のサウードの情勢や、流行っているスポーツについての話題を出し、まずは親交を深めるということから始めた。それがこの界隈でのマナーだと理解しているからだ。
「ゴルフというスポーツはいいな。あれは楽しい。共和国からは様々なものを輸入したが、あれほどいいものはない」
ジャーミアはノーマンの言葉に上機嫌に返し、友好的なムードが流れた。
ノーマンはここで本来を切り出すべき時がきたと考えた。
「ところで、殿下。ナセル族の反乱鎮圧についてですが」
ノーマンがそう告げると、ジャーミアの表情が僅かに歪んだ。
「知っている。ナセル族が愚かにも反乱を起こしたということはな。私たちが鎮圧のために派遣されたのだから」
クラウスはジャーミアの言葉を聞いて、呆れた気分になった。
お前たちの仕事は俺たちの仕事の手伝いであって、お前たちは主役じゃないっていうのに、まるで主役のような顔をしている。
「ええ。殿下が鎮圧に当たられると聞いています。そこで、我々がお手伝いしたいと思うのですが」
「フン。助力など必要ない。ナセル族程度、我々だけで十分だ」
ノーマンがへりくだってそう告げるのに、ジャーミアは憤然として返した。
「勝てると思うのか?」
と、ここで声を上げたのがクラウスだ。
「当然だ。ここで勝利して、部族の男としての名を上げる」
「男として、か。そうだな。お前はまるで少女のようだからな」
ジャーミアが胸を張って告げるのに、クラウスが小さく笑った。
「貴様っ! 私を愚弄するかっ!」
「馬鹿にはしてる。お前たちには俺たちの支援が必要だということを理解しちゃいない点でな」
憤るジャーミアに、クラウスが鼻を鳴らしてそう返した。
「ナセル族が何故、反乱を起こせたと思う? これまで静かにしていた連中がどうして反乱を起こそうと思ったと思う? 何が背景にあると思う?」
「そ、それはナセル族が愚かだからだろう。愚か故に、我々に逆らおうと考えたのだ」
クラウスが淡々と問うのに、ジャーミアが僅かに困惑しながらそう返した。
「大きな間違いだ。敵を愚かと判断して行動するのは、敗北を招き入れる最悪の行為だ。リスクを低く見積もり、それで計画を立てるのは最低の指揮官がやることだ」
「最低の指揮官だと……!」
クラウスの告げた言葉に、ジャーミアの表情が大きく歪む。
「連中は愚かじゃない。愚かだったら、反乱は今頃もう潰れている。連中は賢く、そして背後には王国がいる。王国が奴らを支援している」
「王国、か」
ジャーミアは反乱の背後に王国がいるという事実を知らなかったようで、クラウスが告げる言葉に、僅かにだがその瞳に恐怖の色が混じった。
「王国が支援しているのか。奴らめ。敵を招き入れるような行為をしおって。許されることではない」
王国も列強だとジャーミアは知っている。サウードを事実上支配している共和国と同様の優れた軍事技術を有する存在だと。
「そちらがサウードを支配できているのは、共和国が後ろにいるからだ。共和国と同盟しているからこそ、他の部族を支配できている。それなのに王国が密かに支援しているナセル族に単独で攻め込むのか?」
「グッ……」
ジャーミアとて自分たちクライシュ族が広大なサウードを支配する部族になれたのは、共和国の後ろ盾があるからだと知っている。共和国の軍事力は、これまで部族がバラバラに支配していたサウードの統一を成し遂げるほどに大きなものであり。他の列強と肩を並べるものだと。そして、そんな力があったからこそ、自分たちは支配階級の座を保証されているのだと。
「ここは互いに協力する方が得策だ。俺たちはそちらを助け、そちらは俺たちを助ける。これまで通り、同盟によって勝利を手に入れるのがいい」
「フン。そうだな。そちらが助力を必要とするのであれば、我々が支援してやるとしよう。ただし──」
クラウスがそう告げるのに、ジャーミアの目が再び挑戦するようなものへと変わった。
「ただし、そちらを支援するのは、我々が単独でナセル族の反乱を鎮圧するのに失敗してからだ。我々が単独で反乱を鎮圧できた場合には、非礼を頭を地に着けて詫びてもらい、かつそちらの娘を妻として貰うぞ」
そう告げて、ジャーミアの視線がクラウスの脇に無言で控えていたローゼに向けられた。
ローゼはジャーミアの言葉を聞いて僅かに眉を上げると、クラウスの方に視線を向けた。
「ご自由に。ただ、こっちとしてもそちらに全滅してもらっては困る。無理だと思ったらちゃんと撤退して貰いたい。それから、連絡要員としてこのノーマンを同伴させてくれ」
「お、おい。何言ってるんだ、クラウス?」
クラウスがノーマンを巻き込んで話を進めるのに、ノーマンが戸惑った。
「安心しろ、ノーマン。何かあれば、すぐに助けに行ってやる。つまりはそういうことだよ」
「ああ。そういう話か。お前さんも人が悪いな」
クラウスは小声でそう囁き。ノーマンは渋い表情で頷いた。
「いいだろう。その男を連れて行ってやる。お前が後で我々に詫びることになるのが楽しみだな」
ジャーミアはそう告げると、ノーマンのために馬を用意し、ノーマンは慣れた様子で馬に跨ると、ジャーミアたちに付き従ってこの場を去った。
「クラウス。何を考えているのか分からないけど大丈夫なの? 私はサウス・エルフの嫁になるつもりはないんだけど」
「大丈夫だ。どうせあの自尊心ばかり肥大した馬鹿な植民地人は、素直にこちらに協力するつもりなんてないわけだからな。ならば、ちょっとばかし手の込んだことをする必要がある」
ローゼが胡乱な目でクラウスを見るのに、クラウスは去っていくジャーミアたちを見ながらそう告げる。
「さあて、こちらも準備を始めるとしよう。遅くならないようにな」
クラウスはそう告げると。魔装騎士を運搬しているトレーラーの方に向かってローゼと共に歩いていった。
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「あの無礼な男め」
ジャーミアは馬に跨ったまま怒りの滲む声で呟く。
「列強に力があるのは確かだが、我々とて無力ではない。だから、共和国はクライシュ族を必要としている。違うか?」
「その通りです。共和国だけではこのサウードの地は統治できません」
ジャーミアが部下のひとりにそう声をかけるのに、部下は頷いて返した。
クライシュ族は自分たちの価値について気付いている。共和国にはサウードを直接統治するような余裕はなく、クライシュ族という部族の力を借りた間接統治を必要としているのだと。
事実、共和国にはサウードを直接統治するような余裕はない。なぜならばサウードで産出されるエーテリウムの規模はトランスファール共和国などに比較すれば小規模で、ひたすらに広がる砂漠では奴隷を使ったプランテーション農園をやることもできない。
つまり、サウードにはトランスファール共和国のように大規模な入植を行い、植民地軍を使って支配するということは、費用対効果の上でやや割に合わないという問題なのだ。
だから、共和国はサウードを植民地化するに当たって、現地の有力な部族を、つまりはクライシュ族を統治者にし、クライシュ族を経由する間接統治の方法を取ったのだった。
クライシュ族には後ろ盾として確かに共和国を必要とするが、共和国もサウードにおいて最大勢力であるクライシュ族の力が必要。ジャーミアたちはそのように考えていた。
実際はクライシュ族が共和国にとって不利益な存在となるならば、共和国は別の部族を支配者とし、彼らを支援してこのサウードの大地を支配するのだが。流石にそこまでは想像ができていないようだ。
「それなのに、傲慢な植民地軍め。たかだが大尉風情で、第2王子である私に無礼を働きおってからに!」
ジャーミアはあの屈辱的なクラウスとの会話を思い出して、怒りから叫ぶ。
自分にあれだけの無礼を働いた人間は初めてだった。共和国の入植者たちも、他の部族のものたちも、ジャーミアには敬意を示す。何故ならば、彼がクライシュ族の第2王子だからだ。
それをあの男はまるでその辺の子供をからかうように馬鹿にし、挑発し、ジャーミアを酷く怒らせた。
だが、ジャーミアが怒ったところで、どうにもならない。クライシュ族だろうと植民地軍には逆らえないのだ。ちょっとサボタージュを行い、彼らの邪魔をしてやることはできるだろうが、彼らを本格的に怒らせれば、部族に手痛い制裁が行われるのは確実だったがために。
「あの男はクライシュ族をお飾りだと思っているようだが、そうではないということを教えてやる。我々こそがサウードを支配する部族なのであることを、私が植民地軍の大尉程度が偉そうな口を叩いていい相手ではなかったのだということを教えてやる」
そう告げて、ジャーミアは前方を見据える。
ここは砂漠の間にある大きな石が地面から突き出した奇妙な地形で、ジャーミアたちは砂漠ではなく、この岩の間を潜って移動していた。
「これであの無礼な男も考え直すはずです。ナセル族の拠点を知ることができるのは我々ぐらいでしょうからね」
「そうだ。土地に疎い植民地軍には、ナセル族の居場所など分かるまい」
ジャーミアには砂漠を縦横無尽に駆け巡り、神出鬼没に襲撃を繰り返すナセル族の拠点について心当たりがあった。だから、クラウスに自分たちが失敗すれば、という賭けを持ち出したのだ。
「ナセル族がこの付近で拠点にできるのは岩の都ぐらいだ。水があり、オアシスがあり、砂嵐から身を守る洞窟があるのはその付近くらいだ。他の場所を拠点にすれば、乾きに苦しみ、砂嵐に巻かれ、とてもではないが共和国の鉄道を襲うなどということはできまい」
岩の都とは、今ジャーミアたちが移動しているような、岩が地面から突き出した場所だ。それもひとつの岩ではなく、いくつもの岩が突出し、大きなものではちょっとした山並みのサイズがある岩もある。
そこは遊牧民のために水が湧き出る井戸が掘られており、突き出した岩はそのまま住居のように使える洞窟になっている。
ジャーミアはここが怪しいと睨んでいた。ナセル族がこの付近で反乱を起こし、襲撃を繰り返していると聞いてから、岩の都が拠点ではないかと疑っていた。
「それにしても、殿下。何故、共和国の女を妻にするなどと? 殿下には婚約者がおられるではないですか」
ジャーミアの部下が怪訝そうにそう尋ねた。
「あの男への当てつけだ。あの女はあの男の部下が愛人だろう。それを奪ってやるのだ。あの男はあの女を奪われたら、大層悔しがることだろうからな」
そう告げて、ジャーミアはクククッと笑う。
「ですが、殿下の婚約者についてはどうなさるのですか? 勝手に共和国の人間と結婚したとすれば、御父上は激怒されますよ」
王族の結婚は政治が絡む話だ。部族の第2王子であるジャーミアとて例外ではなく、彼はクライシュ族の団結を強めるために、父親の決めた婚約者が既に存在していた。
「安心せよ。本気で結婚するわけではない。結婚すると告げて、あの男から奪ったら解放してやる。私だって共和国の人間と結婚するなど御免だからな」
ジャーミアが悪戯を考えている子供のような顔でそう告げた。
「それよりも襲撃についてだ。岩の都は見晴らしが悪く、馬での走行も限定的なものになる。馬を降りて戦闘するべきだろうか?」
「いえ。確かに岩の都は狭い場所が多いですが、乗馬したままで十分かと。奇襲的に仕掛け、ナセル族の長の首を取れば、相手の士気は崩壊するはずです」
岩の都は突き出した岩が、その名の通り都のごとく並んでいる。さながら、天然の市街地であり、そこを騎乗した状態で攻撃するのは難しいのではないかと、ジャーミアは考えた。
だが、部下はジャーミアに騎乗したままの襲撃を告げる。速さによって襲撃を成功させようというつもりらしい。
「確かに奇襲の要素は必要だ。我々は数においては幾分が相手に劣っていると思われる。それを補うには、奇襲という要素が必要であろうな」
ジャーミアは部下の意見に同意してみせる。
ジャーミアが連れてきた兵力は300名。敵であるナセル族は1200名規模の部族で、そこから女子供を引いたとしても、数においてジャーミアたちに勝るだろう。
「では。いくぞ。奇襲ならば見つかってはならん。慎重に前進するのだ」
「了解です、殿下」
ジャーミアはなるべく岩や砂丘などの物陰を利用して岩の都に迫り、ついにそれは姿を現した。
岩の都。
文字通り、岩で作られた都のごとき自然の光景だ。長年の砂嵐で削られた岩が独特の形をしており、最大級の岩はまるで王宮のごとく聳えている。
「どこから入る?」
ジャーミアは共和国植民地軍から供与されたMK1870小銃に銃弾を込めながら、部下に尋ねた。
「西の大通りから入りましょう。東の大通りより道が広い。それに西の大通りからなら、ナセル族の族長たちが隠れ潜んでいると思われる王宮岩まで一直線ですから」
岩の都には西の大通りと東の大通りというふたつの道がある。どちらも人間が作ったものではなく。自然が作り出したものだが、開けた一本の道に岩が家屋のごとく並ぶ様子は大通りという言葉が適切だ。
それに王宮岩とは、あの巨大な王宮のごとき岩のことだ。あそこには洞窟がいくつもあり、砂嵐や高熱、そして激しい紫外線から身を守るのに適切な場所だ。
「では、西の大通りから仕掛けるぞ。雑魚には構うな。取るべきは族長ガフール・ナセルの首だけだ。私に続け!」
「おおっ!」
ジャーミアが高らかと命令を叫びと、男たちが応じる。
彼らは砂丘の陰から飛び出し、岩の都に駆けていった。
「あーあ。本当に始めやがったよ」
飛び出していったジャーミアたちを見て、ノーマンが額を押さえる。
「そろそろ始めておくか。あの馬鹿王子とその仲間じゃ、酷いことになるのは確実だからな」
ノーマンはそう呟くと、服の懐をまさぐり、あるものを取り出した。
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本日20時頃に次話を投稿予定です。




