砂の大地(3)
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「馬に乗っている相手って面倒ッスね」
ヘルマは魔装騎士の操縦席で、縦横無尽に砂漠を駆け巡るガフールたちを眺めてそう愚痴る。
スレイプニル型魔装騎士の魔道式演算機は第1世代型のラタトスク型に比べれば大きく上昇したが、それでもFCS(射撃管制装置)の性能はお世辞にもいいとは言い難い。
「手当たり次第に吹き飛ばしてやるッスか」
ヘルマはそう告げると、口径20ミリ機関砲と口径75ミリ突撃砲の砲口を迫り来るガフールたちに向けて、引き金を引いた。
激しい砲声が響き、砲弾がガフールたちに降り注ぐ。砲弾の直撃を浴びたものは馬ごと血と肉の霧に変わり、周辺で砲弾が炸裂したものは砲弾の破片を受けて馬から転がり落ちてそのまま動かなくなる。
だが、それでもガフールたちは巧みに馬を操って、ヘルマの魔装騎士に迫っていた。ジグザグに、不規則に移動し、ヘルマの放つ砲弾を回避しながら、ガフールたちはヘルマの魔装騎士が陣取っている貨物車両を目指す。
「チイッ。面倒な相手ッス。ここは一度下がって──」
ヘルマはガフールが近接してくるのに下がろうとする。
だが、それよりも早くガフールがヘルマに迫った。
ガフールは時限信管を突き刺した梱包爆薬を纏めてヘルマの魔装騎士に投げつけ、それはヘルマの魔装騎士の足下で炸裂した。
「わわっ!」
ヘルマは足下で発生した衝撃によろめく。
致命傷とはならなかったが、ヘルマの機体はバランスを崩しかける。ヘルマは持ち前の操縦技術で辛うじてバランスを崩さずに立ち上がり、牽制するように機関砲弾を放つが、ガフールの後ろから突撃してくる騎馬集団を完全には止められない。
「ヤバイ。ヤバイッスよ。連中、魔装騎士を相手に出来る武器を持ってるじゃないッスか。おのれ王国。植民地人どもに要らないものを与えやがって!」
ヘルマは後続の騎馬集団が自分に梱包爆薬を投げつけてくる前に、後ろではなく、前に踏み出た。そう、迫り来る騎馬集団に突撃する形で、彼女は魔装騎士の全身の人工筋肉を跳躍させ、敢て前へと押し進んだ。
前進するというヘルマの思いも寄らぬ行動に、騎馬集団の動きが乱れる。ヘルマの狙った通りだ。
「さあ! 血の染みに変えてやるッスよ!」
ヘルマは対装甲刀剣を抜くと、騎馬集団に向けてそれを振るった。
魔装騎士の装甲すら撃破可能な対装甲刀剣を人体に向けて振るえば、それは悲惨なことになる。
人体がバラバラに引き裂かれ、周囲に臓物と四肢が飛び散る。ヌラヌラとした臓物が砂漠の砂の中に撒き散らされ、真っ赤な血が砂漠の砂に吸い込まれるようにして、黒い血の染みを作る。
「まだまだぁ!」
ヘルマは混乱して梱包爆薬を投げることもできない──いや、この至近距離では梱包爆薬を投げれば自分たちが巻き込まれることから投げられない騎馬集団に機関砲弾を浴びせ、突撃砲を射撃を浴びせ、足を振り上げて恐怖で動きが鈍ったものを踏み潰す。
ヘルマがひとりで暴れただけで、周囲は悲惨な状態になっていた。臓物が至るところに飛び散り、肉片が散乱し、魔装騎士に踏み潰されたものが、原型を留めぬ肉の塊と化している。悲惨な状態だ。
だが、ナセル族の騎馬集団はまだ健在だ。彼らはヘルマの魔装騎士から距離を取り、再びヘルマに突撃しては梱包爆薬を投げつける。
「あー! 鬱陶しいッス!」
梱包爆薬は魔装騎士の動きを止めるまでには至らなかったが、衝撃で魔装騎士が揺さぶられ、照準が狂い、バランスが崩れるのに、ヘルマは怒り心頭で相手を皆殺しにする勢いで更に突撃する。
『ヘルマ。よくやった。これからそちらの支援に入る』
「兄貴!」
ヘルマが孤独奮闘していたときエーテル通信機にクラウスの姿が映った。
「ヴェアヴォルフ・ワンより全部隊。準備が整ったものから、ヘルマの機体を援護しろ。武器の使用は自由。派手にかませ」
『了解』
これまでは際どい戦いを強いられてきたヘルマの下にクラウスの指揮する魔装騎士が踏み込んできた。
ヘルマが既に行ったようにスレイプニル型の機動力を活かして、彼らは突撃し、一部は牽制射撃を行い、ガフールの指揮する騎馬集団に向けて、砲弾の雨を降り注がせる。
「ローゼ。そっちの準備はどうだ?」
『今できたところ。何を狙う?』
ローゼの装甲猟兵中隊の一部も戦闘準備に入った。
「逃げようとしている奴だ。この場に留まろうとするものは俺たちが始末する。お前の方は逃げようとするやつを最優先で攻撃しろ」
『了解。嫌な作戦ね』
逃げようとするものを背中から攻撃するのは、ローゼのような貴族出身の軍人には卑劣な戦いとして映ったようだ。
「嫌な作戦などではない。必要な作戦だ。ここで1匹でも多くの植民地人を仕留めておけば、後の戦いが優位に運ぶ。連中は馬を使った機動力の高さで、襲撃を仕掛けてきているんだ。ちょっとでも数を減らせば、襲撃のリスクは下がる」
クラウスはそう断言し、彼の戦いを続けた。
梱包爆薬で足止めしようとする騎馬集団を部下と連携して、叩きのめし、ひとりでも多くの部族の男たちを殺す。突撃砲で、機関砲で、対装甲刀剣で、足で、あらゆるものを使って、相手を物言わぬ肉の塊に変える。
「撤退だ! 撤退しろ! これ以上の戦いは無意味だ!」
騎馬集団の半数ほどが失われたとき、ガフールが叫んだ。
魔装騎士1体ならば、まだ勝ち目があったかもしれないが、相手は既に10体を超える魔装騎士を動員している。それも旧式のラタトスク型魔装騎士ではなく、見たこともない新型の魔装騎士を。
もはやこれ以上戦っても、味方の損害が増えるだけで、敵への打撃は期待できない。ガフールは苦々しい思いをしながらも、撤退命令を下した。
だが、そう簡単に彼らを逃がすほど、クラウスたちは優しくはない。
『こちらローゼ。砲撃開始』
逃げようとするガフールたちの背後から、ローゼが攻撃を始めた。
ローゼの攻撃は魔弾のように的確で、逃げようとするガフールたちを的確に吹き飛ばしていく。1体、また1体と騎馬兵がやられ、榴弾の直撃を受けた部族の男たちが、物言わぬ肉塊へと成り果てる。おぞましい姿へと変わる。
「馬を走らせろ! 限界まで走らせろ! ここから生きて逃れるんだ!」
ガフールはそう叫び、彼の馬を鞭打って、限界までスピードを出して、この場から離脱しようとする。彼は逃げながらも、部下たちがちゃんと逃げられているのかを確認することも忘れない。
だが、ガフールの部下たちはほとんどが死んだ。生き残りは3分の1程度であり、それが辛うじて、砂丘の向こうへと姿を消し、クラウスたちや、ローゼからの攻撃を受けない範囲へと逃げ出した。
もし、最初の攻撃でヘルマの魔装騎士に打撃を与えることに成功していれば、ヘルマの支援のないクラウスたちは機体を起動させている間に攻撃を受け、ヴェアヴォルフ戦闘団は大損害を被っただろう。
今回を乗り切ったのは単にヘルマの熟練した操縦技術と、僅かな幸運によるものだ。それがなければ、クラウスたちはアナトリア地域に辿り着けず、金持ちになるという野望も潰えただろう。
「ヘルマ。よくやった。お前の働きは勲章ものだ。俺が勲章を申請しておいてやろう」
『わー! 嬉しいッス! これであたしも立派な植民地軍の将校ッスね!』
クラウスはヘルマの労を労い、ヘルマは子供のように歓声を上げる。
「さて、これからもこの手の襲撃が続くなら、いつまで経ってもアナトリアには到着できん。この反乱を叩き潰さねばならんな」
クラウスはそう告げると、再び魔装騎士を列車に搭載し、線路が修復されると、再びアナトリア地域に向けて進んだ。
だが、長い鉄道の旅で、ナセル族は小規模な襲撃を繰り返し、線路を爆破しては、客車に銃弾を浴びせ、今度はヴェアヴォルフ戦闘団の魔装騎士が起動する前に逃げるということを繰り返した。
誰もがこの襲撃に苛立っており、客車はピリピリとした空気に包まれている。
そんな中で、ついにクラウスたちは、現地の友好的な植民地人に接触することになったのだった。ナセル族の反乱を叩き潰すために。
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本日19時頃に前話を投稿しています。




