砂の大地(2)
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「退屈したッス……」
1等客車の人工筋肉を使ったリクライニングシートにもたれて、ヘルマが呟く。
「景色を見ててもずっと砂漠、砂漠、砂漠。ここは砂漠しかないんッスか?」
「小規模なエーテリウム鉱山とそれを運び出すための港湾都市がある。まあ、そこに寄る必要もないし、寄るつもりもないがな」
ヘルマはクラウスが予想したように鉄道での移動に早々に退屈しきっていた。何せ景色を見ても、ひたすらに砂漠が続くだけで、景色に起伏がなく。見ていても本当に退屈なのだ。
「もう! それじゃ退屈で死んでしまうッス! どうにかしてほしいッス!」
「無茶言うな。俺にだって植民地の景色は変えられんぞ」
ヘルマが頬を膨らませてブーブーと文句を言うのに大して、クラウスが呆れたようにそう返す。
「ローゼを見ろ。早々に退屈だと割り切って、寝ているぞ。あれを見習え」
ローゼはリクライニングシートに身を任せ、単調に寝息を立てていた。彼女は鉄道に搭乗してからすぐに寝ており、眠ったままに退屈な鉄道での長距離移動をこなしているようだった。
「そんな簡単に眠れないッスよ。ローゼ姉はよく眠れるッスね」
「いつでも時間があるときに寝ておくのは軍人として必要な技術だぞ。お前も身に着けておけ。これから長期戦を戦うとなると、眠れる時間は本当に僅かになるからな」
ヘルマは眠っているローゼの傍までいって、寝息を立てているローゼの顔を覗き込んでそう告げるのに、クラウスはそう告げて返した。
軍人は昼夜を問わず戦闘に身を投じることになる。そんな状況で、眠れる時間というのは本当に僅かな時間であり、軍人はいつでも必要な時間に眠れる技術を身につけていることが求められる。
「ローゼ姉。本当に寝てるッスか? 実は起きてないッスか?」
「おい。ヘルマ。寝ている人間を起こすな。ローゼはそっとしておいてやれ」
ヘルマがローゼの顔を覗き込んでそう尋ねるのをクラウスが止めた。
「お前も寝るなりなんなりしろ。これからちょっとした戦闘に巻き込まれる可能性があるからな」
「戦闘ッスか!」
クラウスが告げるのに、ヘルマの表情がパアッと明るくなった。
「戦闘なの?」
と、ここで眠っていたはずのローゼがゆっくりと目を開いて、クラウスたちの方向を向いた。彼女は眠っていても、危険を察知するだけの能力もあるようだ。
「ああ。この先で植民地人どもが反乱を起こしている。王国が裏で手を引いている反乱だ。奴らは鉄道を攻撃し、俺たちがアナトリアに向かうのを阻止するつもりらしい」
クラウスはノーマンから入手した情報を告げる。
「植民地人どもなら大した相手じゃないッスね。魔装騎士があれば、あっという間に片付けられるッスよ」
「そこまで単純には考えない。連中とて俺たちが魔装騎士で武装していることは把握しているはずだし、王国が裏にいるならばなおさらのことだ。何かしらの対魔装騎士戦術を準備している可能性がある」
ヘルマが楽観的な意見を告げるのに、クラウスは慎重な意見を告げる。
「そうね。ヌチュワニンでも植民地人はありあわせのもので、魔装騎士を脅かした。準備が整っている相手なら、もっと有効な手段を用意していてもおかしくはない」
ローゼはヌチュワニン鉱山でのことを思い返してそう告げる。
ヌチュワニン鉱山では狼人種の部族は鉱山採掘用の爆薬を使って、魔装騎士の撃破を狙った。即席であれだけできるのだから、準備を整えて待ち構えている相手はより強力な手段を用意しているだろう。
「兄貴もローゼ姉も考えすぎッスよ。相手はどうせ植民地人。列強の軍事力に勝てる相手じゃないッス」
そんなクラウスとローゼの懸念をヘルマは頬を掻いて笑った。
「戦場ではそういう楽観的な考えをしている奴から死ぬぞ。準備においては常に悲観的に備え、運用する場合は楽観的にやるのがリスクコントロールの基本だ。楽観的に考えていると、いざ最悪の事態が起きた場合に対処できないからな」
戦場では何が起きるか分らない。思いも寄らないことが起きて、トンでもない災難が降り注ぐかもしれない。そういう場合に備えて軍人たちは、常に病的といえるほど悲観的に作戦を準備する。楽観的に準備して行った作戦や戦争は、ほとんどの場合、酷い敗北を喫しているために。
「というわけで、ヘルマ。貨物室に行って魔装騎士を動かせるようにしておけ。いつ襲撃があるか分らん。連中は馬で機動戦を行っており、ギャングのように鉄道を襲撃してきているからな」
「了解ッス! そういうことならお任せあれ!」
ヘルマはやることが出来たのに嬉しそうに1等客車を抜けて、後部の貨物車両に搭載されている魔装騎士へとトトトと走っていった。
「襲撃は近いと思う?」
「分らん。ノーマンが言うには相手は地の利を活かして神出鬼没に鉄道を襲撃している。部隊を安全に移動させるには、この反乱を鎮圧する必要がありそうだ」
ローゼが尋ねるのにクラウスがそう答えた瞬間だった。
客車の窓ガラスが割れる音が響き、何発もの銃声がそれに続いた。
襲撃だ。
「全部隊! 魔装騎士に乗り込め。お客さんのお出ましだ。スレイプニル型魔装騎士の初陣だ。植民地人どもを相手に無様は晒すなよ。分ったな?」
「了解しました!」
クラウスに1等客車にいる将校たちにそう命じ、将校たちは2等客車に駆けて、部下たちを把握しようとする。
「ここで始めるの? 勝算は?」
「俺たち次第だ。そっちは任せるぞ。流石に王国も植民地人に魔装騎士を与えないとは思うが、そちらの砲撃の精度は正確だ。俺が指示する場所に叩き込んでくれ」
ローゼも席を立って尋ねるのに、クラウスがそう告げた。
その間にも銃撃を受けた鉄道は急ブレーキをかけて停車を始め、客車に乗っていたクラウスの部下以外の一般の乗客が悲鳴を上げている。
「さて、噂のナセル族がどの程度のものか見極めてくるか」
クラウスは激しく揺れる車体を悠然と歩き、自身の魔装騎士に向かった。
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「共和国の連中に死を!」
「我々に勝利を!」
鉄道の外では騎馬集団が、王国がかつて使用していたサウスゲート式小銃で鉄道車両に銃弾を叩き込んでいた。手当たり次第に、目に映る鉄道車両の全てに銃弾を叩き込み、馬に乗ったまま器用にリロードしている。
これが噂のナセル族だ。種族はサウス・エルフという褐色の肌をしたエルフたちであり、共和国の植民地支配に反発し、自分たちの手で独立を勝ち取るために立ち上がった部族であった。
「先頭車両を優先して狙え。それから線路の爆破だ」
「了解です、族長」
ナセル族の族長──ガフール・ナセルという名のまだ青年のように若い人物が命じるのに、ナセル族の騎馬集団は砂埃を立てながら先頭車両に向かっていく。
そして、線路を疾走してこの場から逃れようとする列車の前方に梱包爆薬を放り投げると、梱包爆薬の炸裂によって線路が破壊された。
そのことに気付いた列車は脱線を防ぐために急ブレーキをかけ、車体が甲高い悲鳴を上げながら、慌しく停車する。ガタンガタンと車体が揺さぶられ、列車は破損した線路のギリギリ手前で停車した。
「後はこの鉄道を徹底的に破壊し尽くしてやるだけだ。共和国の植民地支配を終わらせるためにも」
ナセル族はこれまで共和国の植民地支配において冷遇されていた。
支配階級にはクライシュ族が就き、彼らがサウードの富を共和国と共に独占し、公的な役職も全てクライシュ族が占めていた。
共和国の軍事力を背景に権力を握ったクライシュ族は傲慢に振舞い、その度に周辺の他の部族との軋轢が生じてきた。これまで先祖代々放牧を行ってきた地域からクライシュ族の役人がやってきて、エーテリウム鉱山を採掘するので立ち退けと要求したり、少しでも今の体制に反発するものはクライシュ族の秘密警察と市民協力局が容赦なく逮捕し、尋問し、廃人に変えるか処刑した。
このような状況でクライシュ族に反発する動きがでるのは当然のことだった。
共和国はクライシュ族と他の部族の間で揉め事が起きると、中立の立場だと振舞って仲介を行ってきたが、それが出鱈目なのは次第に分かってきた。彼らは中立の振りをして、実際にはクライシュ族に味方しているのだ。
「族長。積荷はどうしますか?」
「奪え。だが、必要以上に乗客を殺すな。あまり共和国を刺激すると、奴らの大部隊が向かってくる。そうなれば最悪だ。こちらには共和国の大部隊を相手にできるだけの戦力はないし、王国の支援も限定的だ」
部族の若い男が尋ねるのに、ガフールは短くそう命じた。
ガフールは蜂起したが、共和国植民地軍の大部隊を相手に勝てるとは思っていなかった。彼らの有している戦力は限定的で、これまでの襲撃が上手くいっているのは単に彼らに地の利があるからだ。
「了解。共和国の人間が竦み上がっているのはいい様ですね。奴らが我々に行ってきたことを思えば、これぐらいでも甘いぐらいです」
ナセル族は共和国の植民地支配で苦い思いをしてきた。それをやり返せているのだから、彼らにとっては溜飲が下がる思いだ。
「……おかしい」
と、そこでガフールが車両を見渡してそう呟いた。
「あの貨物列車は何だ? 何を積み込んでいる?」
「さあ。新しく鉱山を掘るための採掘機械ではないでしょうか?」
ガフールは車列の後方にある貨物列車に気付いた。それなりの長さのある車両で、この砂嵐から防護するためのシートのかけられた積荷が鎮座している。
「それならばいいが、もしかすると……」
ガフールはそう呻き、貨物列車に注視する。
シートの覆いがバサリと外されて、そこからスレイプニル型魔装騎士が姿を現したのは、ガフールが貨物車両に気付いてから僅かな間だった。
「なっ……! 魔装騎士……!」
突如して現れた魔装騎士にナセル族の男たちが動揺する。
魔装騎士の肩には狼のエンブレムが刻まれ、魔装騎士を車両に固定していた鎖を引き千切ると、ゆっくりと立ち上がり、その人工感覚器をナセル族の男たちがいる方向に向けた。
これはヘルマの機体だ。先に魔装騎士の出撃準備を整えていた彼女が、先陣を切って、ナセル族の襲撃に対応を始めた。
「ど、どうしますか、族長!?」
「落ち着け。ここは可能な限り、魔装騎士を足止めして撤退だ。魔装騎士を相手にできる武器はここにはない。魔装騎士がいるなんてのは予想外だったからな」
うろたえる部族の男にガフールが静かにそう告げる。
「梱包爆薬を纏めて使え。タールトンが言うには、魔装騎士でも梱包爆薬の集中攻撃を浴びたらただでは済まないはずだ」
魔装騎士を撃破する方法として有効な手段のひとつが爆薬の集中使用だ。ヌチュワニン鉱山でコーサ族が鉱山採掘用の爆薬を使って、魔装騎士を撃破しようとしたように、軍用の梱包爆薬を集中して使えば、あたかも無敵に見える魔装騎士とて、損害を受ける。
「さあ、仕掛けるぞ。俺に続け! 共和国のやりたいようにはさせないという意志を示すのだ! 連中の支配を終わらせるためにも!」
「おおっ!」
ガフールは3、4個の梱包爆薬を構えると、ヘルマの魔装騎士に向けて馬を走らせ突撃していった。
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