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不死の彼女は三度目に俺を殺すーPQ: Rebirth Protocolー  作者: 深蒼 理斗


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55/55

第55話:REBIRTH PROTOCOL

最終話です。これまでお付き合いしてくださった皆様

最後まで楽しんでください。

味方艦隊の灯火が近づいてくる。


 VEGAの背中に、マリアの体温がある。コックピットに二人分の呼吸が満ちている。それだけで、帰る場所があると思えた。


『スバル。着艦管制から通信が入っている。VEGAの識別は確認済み——同乗者は"未登録"で処理するけど、甲板に出たら説明が必要になる』


「分かってる」


 マリアが腰に回した腕を少しだけ緩めた。


「あたし、捕虜になるのね」


「させない」


 短く言った。マリアが黙った。腕がまた締まった。


 格納甲板のシャッターが開き、誘導灯がVEGAを迎えた。減速。接地。磁気ロックが脚部を噛む振動が伝わった。


 ハッチを開けた瞬間、整備班が駆け寄ってきた。VEGAの損傷を確認する声、補給ラインを接続する音。その向こうに、見慣れた影が立っていた。


 亘一だった。


 ノーマルスーツの右腕が裂けて応急処置のテープが巻かれている。疲弊した顔。目の下に濃い影。だが——立っていた。生きて、立っていた。


 昴がコックピットから降り、マリアの手を引いて甲板に立った。整備班の視線がマリアに集まる。Aionのノーマルスーツ。額の傷。昴と手を繋いでいる。


「——スバル」


 亘一が歩み寄ってきた。笑おうとした顔が途中で止まった。


「帰ってきたな」


「ああ。亘一も」


 亘一がマリアを見た。マリアが一歩後ろに下がろうとしたが、昴が手を離さなかった。


「マリア・シンクレア。——俺の相棒を、頼む」


 マリアが目を見開いた。亘一はもう別の方を向いていた。


「——スバル。朔のこと、聞いてるか」


 昴の手が止まった。


「A戦域の通信、自分で切ってただろ。だから——聞いてないよな」


 亘一の声が震えた。笑おうとして、笑えなかった。


REMNESISレムネシスは大破した。朔が——自分で選んだんだ」


 格納甲板の喧騒が遠くなった。


「最後に言ったんだ。『永続は人間じゃない。俺は人として死にたい。いつか生まれ変わって——また家族になれたら、それでいい』って」


 亘一の目から涙が落ちた。泣くまいとしていた顔が崩れた。


「止められなかった。俺は——弟を、また——」


 昴が亘一を抱きしめた。


 強く。言葉はなかった。格納甲板の上で、二人の男がしがみつくように立っていた。


 亘一が昴の肩に顔を押しつけて、声を殺して泣いた。


「……ごめん、朝霧」


 昴が呟いた。苗字で。最初に覚えた、あの名前で。


「助けられなくて——ごめん」


 亘一が首を振った。何度も。


 マリアは二人の後ろで、唇を噛んで立っていた。涙を堪えていた。この男たちが背負っているものの重さが——自分がここにいる理由と同じくらい、痛かった。



        *



 戦闘は、その日を最後に起きなかった。


 A戦域の制圧と同時にAion Sphereアイオン・スフィア全軍に戦線離脱命令が出ていた。追撃はなく、散発的な接触も週を追うごとに減った。銃声の代わりに通信回線が開き、互いの損耗を数字で確認する作業が始まった。


 マリアの処遇は黒瀬が預かった。捕虜でも亡命者でもない、前例のない扱い。書類上は「保護対象」とだけ記され、昴の傍に置かれた。エヴリンから照会が一度だけ入ったが、黒瀬は「終戦交渉の議題とする」と返して回線を閉じた。



        *



 停戦が正式に発効したのは、あの夜から四ヶ月後のことだった。


 Genea Accordジェネア・アコード上層部は、REMNESISレムネシスの最終戦闘記録を繰り返し解析していた。朔の言葉は戦術回線に残っていた。圧縮され、ノイズまみれの音声データが、静かな会議室で何度も再生された。


『——永続は人間じゃない。俺は人として死にたい』


 黒瀬とセラは、その言葉の意味を最も早く理解した人間だった。


 千年前、人類は一つだった。同じ身体で生まれ、同じように老い、同じように死んだ。クローン更新という技術がその前提を壊し、思想が分かれ、やがて銃声に変わった。


 だが両陣営の根底には、自分たちは人類であり人間であるという意識が残っていた。だから互いの思想を否定し合い、正しさを賭けて戦った。


 朔の言葉が、その前提を壊した。


 生殖を放棄し、クローン更新で個が永続するAionの人々は——もはや、生物学的な意味で同じ種ではない。人口が増えない。世代が交代しない。個体が死なない。それは人間の定義から静かに、しかし決定的に逸脱していた。


 敵ではなく、分岐した別の生物。


 そう認めた瞬間、戦争の根拠が消えた。思想を正す必要がない。同化させる必要もない。異なる種が、異なる領域で、異なる時間の中を生きていく——それだけのことだった。


 Aion側にも、戦争を続ける実利がなかった。人口が増えない以上、領土を拡げる必然がない。維持すべきは今ある圏域と、更新のための資源循環だけだった。


 Genea側は逆だった。子が生まれ、人口が増える。その受け皿がいる。答えは最初から宇宙にあった。外圏のコロニー建設。他惑星への移住。Corridorの延伸。人が増えるなら、住む場所を増やせばいい。奪う必要はない。


 国境を固定し、互いの圏域を侵さない。禁忌技術は越境させない。エコーコアの新規作成を禁じ、継承計画を段階的に停止する。Aionは同意なき記憶処理を対外に適用しない。監査は人間の委員会と、限定権限を与えたAIが担う。


 終戦条約の条文は、朔の言葉から始まった思想転換の制度化だった。


 戦争は、敵を倒して終わったのではなかった。敵がいなくなったのだ。



        *



 八年後。


 Genea圏外縁の軌道ステーション。外圏第二次コロニー計画の発着点は建設資材を積んだ輸送船で混み合い、展望デッキからは船の列が星のように連なって見えた。


 ベンチに、亘一と日和が座っていた。その膝の上を、七歳の男の子が行ったり来たりしている。わたる。亘一の名前にある「亘」と同じ、渡る、繋ぐという意味を持つ名前。新しい航路を伸ばしていく時代に生まれた子供に亘一が選んだ名前だった。


「パパ、あれなに!」


「あれは資材船。外圏に運ぶ鉄骨が入ってる」


「じゃああれは!」


「あれも資材船」


「ぜんぶ!?」


「ほぼ全部」


 日和が笑った。航は窓に張りつき、出ていく船を一隻ずつ指さしている。


 展望デッキの通路から、昴が歩いてきた。


 両腕に、小さな女の子を抱えている。


 二歳。黒い髪。マリアの瞳の色をした女の子が、昴の首にしがみついている。名前は——朔良さくら


 朔の名前をもらった。


 名前を決めたのは昴だった。マリアに相談した夜、昴は珍しく言葉を選ばなかった。


 最初に助けようとした人。間に合わなかった人。あの輸送襲撃の日に、苗字しか聞けなかった人。その弟が——人として死ぬことを選んで、戦争を終わらせた。


 朔という名前が終わりじゃなく、始まりであってほしかった。


 亘一は名前を聞いた時、三秒だけ黙って、それから泣いた。日和に「泣くと思った」と言われて、「泣くだろこんなの」と返した。


「さくら、ほら——亘一おじちゃんのとこ行く?」


 昴が朔良をベンチの方に向けた。朔良は首を横に振って、昴の首をぎゅっと掴んだ。離れる気がない。


「パパがいい」


「……ほら。聞いた?」


 昴の顔が完全に緩んでいた。亘一に向けた声に、隠しきれない得意さが混じっている。


「聞いたよ。前も聞いた。毎回聞かされてる」


「朔良は俺のことが世界で一番好きなんだ」


「それも毎回聞いてる」


 日和が呆れた顔で笑った。航が「さくらちゃんおいでー!」と手を振ったが、朔良は昴の首から離れない。


 マリアが飲み物を持って戻ってきた。


「またやってる」


「やってない。事実を述べてるだけだ」


「朔良、ママのとこおいで」


「パパがいい」


 マリアが昴を見た。昴は努めて平静を装っていたが、目の奥は完全に笑っていた。


「……いいわよ。今だけ貸しておいてあげる」


「貸すって——俺の娘だぞ」


「あたしの娘でもあるの」


 朔良が二人の顔を交互に見て、何が面白いのか声を上げて笑った。


 マリアが昴の隣に立ち、朔良の髪をそっと撫でた。


 Aion Sphereアイオン・スフィアを離れる時、マリアは二つの選択をした。


 一つは、生殖機能の再建。Aionで施術されたFERTILITY RELEASEファーティリティ・リリース——何百年も前に手放した生殖機能は、Genea側の再生医療で取り戻すことができた。手続きは拍子抜けするほど短かった。処置室を出た後、マリアは廊下のベンチに座って三十分泣いた。昴が隣にいた。何も言わなかった。ただ手を握っていた。


 もう一つは、クローン更新の拒否。Aionでは身体の耐久年数が限界に達する前に新しいクローン体へ移行する。それを繰り返すことで不死が成立する。マリアはそれを、やめた。外見の老化はクローン更新の名残で起きないが——いつか寿命が来る。その時は、死ぬ。


 永遠を捨てた、最初のAion人。


 Genea側の医療チームは戸惑った。前例がない。不死を制度的に放棄した人間のケースは終戦条約にも想定されていなかった。黒瀬が「条約の精神に合致する」と裁定書を書き、セラが医療プロトコルを整えた。


 永遠を生きるAionの人間から見れば、人間の一生は瞬きのような短さだろう。何百年も、何千年も続く時間の中で、マリアの残りはほんの一瞬にすぎない。


 でもその一瞬に——全部があった。


 透を失った夜も。彼方を看取った朝も。何百年も探し続けた日々も。全部が、この一瞬のためにあった。昴の隣にいること。朔良を抱きしめられること。日和に「マリアさん」と呼ばれること。航に「マリアおばちゃん」と走り寄られること。


 永遠の中で何百年も探し続けた答えが——有限の中にあった。


「ねえ、スバル」


「ん」


「あたし、幸せだよ」


 何百年も生きて、初めて口にする言葉だった。


 昴が顔を向けた。マリアは窓の外を見ていた。目が潤んでいたが、泣いてはいなかった。笑っていた。何も隠していない、まっすぐな顔だった。


「知ってる」


「……それだけ?」


「じゃあ——俺も」


 マリアが昴の肩に頭を預けた。朔良が二人の間でもぞもぞと動いて、マリアの髪を小さな手で握った。離さなかった。


『——スバル』


 PQの声が届いた。いつもの温度で。いつものように。


『いい景色だね』


「……ああ」


 昴は声に出さずに返した。PQには聞こえている。いつだって聞こえている。


『僕がパスを出した甲斐があった』


「恩着せがましいな」


『事実を述べてるだけだよ。——君の口癖がうつった』


 昴が笑った。声を出して笑った。マリアが「なに?」と顔を上げたが、昴は「なんでもない」と首を振った。


 亘一が端末を構えた。


「集合写真、撮るぞ。航、こっち来い。マリアも昴も——朔良ちゃんも」


 並んだ。昴とマリア。腕の中に朔良。隣に亘一と日和と航。


 シャッターが切られた瞬間、航がくしゃみをした。朔良がそれに驚いて泣きかけ、昴が慌てて揺すり、マリアが「大丈夫大丈夫」と朔良の背中を叩き、日和が航の鼻を拭き、亘一がもう一枚撮ろうとしてタイマーを間違えた。


 誰も完璧な顔をしていなかった。


 でも——全員がそこにいた。


 展望デッキの外を、また一隻、船が出ていく。


 終わった戦争の跡から、生まれたばかりの航路が伸びている。


 まだ名前のない星へ。まだ生まれていない子供たちへ。


 Rebirth Protocol——再生の手続きは、もう始まっている。

これで、この作品は完結になります。

最後までお付き合いしてくださった皆様、ありがとうございました。

もしも生まれかわれるのならという言葉を体現させてみた作品です。


僕は小説はとても素晴らしいと思います。

何故なら、自分の思い描いたものを形にすることができるからです。

そこには無限の可能性があります。

また次回、皆さんに楽しんでいただけるような、作品が書ければと思います。


それではまた会う日まで。

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