第28話:私、子供が欲しいんです
マリアは、拘束されたまま輸送機の中にいた。
兵士たちが、監視している。
でも、乱暴には扱われていない。
Geneaは、捕虜の扱いが人道的だった。それが、Aionとの違いだった。
マリアは、窓の外を見た。
宇宙が、広がっている。
星が、無数に輝いている。
――ああ、また。
また、離れてしまった。
透とも、彼方とも、こうやって離れた。
そして、今、スバルとも。
マリアは、涙が零れそうになった。
でも、堪えた。
泣くな。
今、泣いたら、負けだ。
――輸送機が、Geneaの基地に到着した。
マリアは、尋問室に連れて行かれた。
でも、尋問は厳しくなかった。
名前、所属、階級。
それだけ聞かれて、終わった。
そして――
独房に入れられた。
狭い。ベッドが一つ。トイレが一つ。
でも、清潔だった。
マリアは、ベッドに座った。
――これから、どうなるんだろう。
捕虜交換?
それとも、ずっとここに?
マリアには、分からなかった。
――三日後。
マリアの独房に、訪問者が来た。
若い女性。
黒い髪。優しい目。
――日和だった。
マリアは、驚いた。
「……あなたは?」
「天城日和」
日和が、小さく微笑んだ。
「スバルの、妹です」
マリアは、息を呑んだ。
スバルの、妹。
日和は、マリアの前に座った。
「お兄ちゃんから、聞きました」
「……何を?」
「あなたが、お兄ちゃんを助けてくれたって」
日和の声が、温かかった。
「ありがとうございます」
マリアは、何も言えなかった。
ただ、日和の目を見た。
その目が、スバルに似ていた。
優しくて、温かい。
日和は、続けた。
「お兄ちゃん、あなたのこと、心配してました」
「……心配?」
「ええ。捕虜になって、怖い思いしてないかって」
日和が、少しだけ笑った。
「お兄ちゃん、そういう人なんです。敵でも、心配しちゃう」
マリアは、胸が詰まった。
――透と、同じ。
彼方と、同じ。
やっぱり、同じ人だ。
マリアは、涙が零れそうになった。
でも、堪えた。
日和は、マリアの様子に気づいた。
「……大丈夫ですか?」
「……ええ」
マリアは、小さく答えた。
日和は、少しだけ迷った。
そして――
「……私、お医者さんの勉強をしてるんです」
「お医者さん?」
「ええ。救急処置とか、トリアージとか」
日和が、照れたように笑った。
「お兄ちゃんが、怪我した時にすぐ手当てできるように」
マリアは、その言葉に引っかかった。
「……兄のために?」
「ええ」
日和が、頷いた。
「お兄ちゃん、私を守ってくれるから。だから、私もお兄ちゃんを守りたいんです」
日和の声が、真剣だった。
「家族だから」
マリアは、何も言えなかった。
――家族。
その言葉が、胸に刺さった。
マリアには、もう家族がいない。
クローン更新で、何度も生まれ変わった。
でも、血の繋がりは、途切れた。
両親も、兄弟も、もういない。
ただ、一人で生きてきた。
そして――
透を失い、彼方を失い、今、スバルとも離れた。
マリアは、孤独だった。
でも、スバルには家族がいる。
日和という、妹がいる。
守るべき人がいる。
それが――
なんだか、羨ましかった。
日和は、続けた。
「あのね、マリアさん」
「……何?」
「もし、戦争が終わったら――」
日和が、少しだけ照れたように笑った。
「私、子供が欲しいんです」
マリアは、目を見開いた。
「……子供?」
「ええ。お兄ちゃんみたいに、優しい子」
日和の声が、温かくなった。
「戦争のない世界で、育てたいんです」
マリアは、息を呑んだ。
――子供。
出生。
それは、Aionでは禁忌だった。
生殖放棄。
それが、Aionの合理だった。
マリアも、成人の儀式で生殖権を解除された。
子供を持つことは、もうできない。
でも――
日和は、子供を望んでいる。
未来を、望んでいる。
それが――
マリアには、眩しすぎた。
マリアは、小さく答えた。
「……いいわね」
「マリアさんは、子供、欲しくないんですか?」
日和が、無邪気に聞いた。
マリアは、何も言えなかった。
――欲しかった。
透との子供。
彼方との子供。
でも、叶わなかった。
生殖権は、もうない。
そして、今――
スバルと出会ったのに、気づいてもらえない。
子供どころか、愛を確かめることさえできない。
マリアは、涙が零れそうになった。
でも、堪えた。
「……私には、無理」
マリアの声が、震えた。
「Aionでは、子供は禁止されてるから」
日和は、悲しそうな顔をした。
「……そうなんですか」
「ええ」
マリアは、視線を逸らした。
「でも、それが合理だから」
日和は、何も言わなかった。
ただ、マリアの手を握った。
温かい。
マリアは、驚いた。
「……何を?」
「……辛いですよね」
日和の声が、優しかった。
「子供が欲しいのに、持てないのは」
マリアは、涙が零れた。
止められなかった。
――ああ、駄目だ。
泣いちゃ、駄目なのに。
でも――
日和の優しさが、マリアの心を溶かした。
マリアは、泣いた。
声を出さずに、静かに。
日和は、マリアの手を握ったまま、何も言わなかった。
ただ、そこにいてくれた。
――マリアは、思った。
不死には、ほとんどない感情。
失う悲しみ。
欲しいのに、手に入らない痛み。
Aionでは、嫌な記憶はすぐ消せる。
CIPで、全部消せる。
でも、マリアは消さなかった。
透との記憶。
彼方との記憶。
そして、今、スバルとの短い日々。
全部、残した。
それが――
痛みになっても。
マリアは、日和に礼を言った。
「……ありがとう」
日和は、微笑んだ。
「……また、来ますね」
「……ええ」
日和が、去った。
マリアは、独房に一人残された。
でも――
心は、少しだけ軽くなっていた。
日和という、優しい人に出会えた。
それが、救いだった。




