第26話:NO GOOD DEED GOES UNPUNISHED
VEGAが立ち上がった。
推進器の出力は30%。でも、武装は生きている。それで十分だ。
マリアは、VEGAの手のひらに立っていた。風が、髪を巻き上げる。眼下に広がる炎。逃げ惑うSihたち。
略奪者の機体が、三機。
旧式のフレーム。継ぎ接ぎだらけ。でも、火力は十分。民間を襲うには、十分すぎる。
『スバル、来るよ』
PQの声が、警告した。
一機が、VEGAに向かって突進してくる。
「分かってる!」
昴は、VEGAを横に滑らせた。推進器が唸る。出力30%でも、VEGAの機動性は健在だった。
略奪者の機体が、空を切る。
昴は、反撃した。VEGAの腕部砲が火を噴く。
直撃。
略奪者の機体が、バランスを崩した。
「一機、行った!」
「スバル、左!」
マリアの声が、叫んだ。
昴は、反射的にVEGAを左に倒した。
直後、レーザーがVEGAの頭部をかすめた。
――危なかった。
『マリア、ナイス』
PQが、言った。
マリアは、VEGAの手のひらから周囲を見渡していた。視野が広い。VEGAのセンサーでは拾えない角度も、マリアの目なら見える。
「もう一機、右から来る!」
マリアが、指示を出した。
昴は、VEGAを右に旋回させた。
略奪者の機体が、突っ込んでくる。
昴は、距離を測った。
――今だ。
VEGAの右腕が、略奪者の機体を掴んだ。
そのまま、地面に叩きつける。
轟音。
略奪者の機体が、動かなくなった。
「二機目!」
残り、一機。
その一機が、居住区に向かっていた。
Sihたちが、逃げている。
間に合わない。
昴は、歯を食いしばった。
推進器、30%じゃ追いつけない。
――どうする。
『スバル、RB-2使う?』
PQが、提案した。
昴は、一瞬迷った。
RB-2。フレーム解放。機体への負担は大きい。でも、今は――
「やる!」
『了解。RB-2、Frame Release起動』
VEGAの装甲が、展開した。内部フレームが露出し、可変剛性が最適化される。
推進器の出力が、60%まで跳ね上がった。
VEGAが、加速した。
マリアが、手のひらで踏ん張った。
「速い――!」
風が、マリアの身体を押す。
でも、マリアは耐えた。
VEGAが、略奪者の機体に追いついた。
昴は、VEGAの左腕を振り上げた。
そして――
叩き落とした。
略奪者の機体が、地面に激突した。
爆発。
炎が、上がる。
――終わった。
昴は、息を吐いた。
『RB-2、解除』
VEGAの装甲が、元に戻る。
推進器の出力が、30%に戻った。
昴は、マリアを見た。
「……大丈夫か?」
マリアは、少しだけ震えていた。でも、頷いた。
「……ええ」
VEGAが、ゆっくりと居住区の前に降り立った。
Sihたちが、集まってきた。
タラが、VEGAを見上げた。
「……ありがとう」
その声は、淡々としていた。でも、どこか温かかった。
昴は、VEGAから降りた。
マリアも、VEGAの手のひらから飛び降りた。
Sihたちが、二人を囲んだ。
「あなたたち、戦った」
タラが、言った。
「No Flagsのルールを破った」
昴は、身構えた。
追放されるのか。
でも――
タラは、首を振った。
「でも、私たちを守ってくれた」
タラの大きな目が、昴とマリアを見つめた。
「だから、許す」
昴は、安堵した。
マリアも、少しだけ表情を緩めた。
でも――
タラは、続けた。
「ただし、Life Debtは増えた」
「……え?」
「あなたたちは、私たちを守った。だから、私たちは返さなければならない」
タラが、淡々と言った。
「明日から、VEGAの修理を優先する。私たちの総力で」
昴は、目を見開いた。
「……いいのか?」
「Life Debt」
タラが、即答した。
「善意ではなく、契約」
昴は、苦笑した。
ああ、そうか。
Sihにとっては、全てが契約なんだ。
感謝も、善意も、全部。
でも――
それでいいのかもしれない。
――その夜。
昴とマリアは、部屋に戻った。
疲れていた。身体が、重い。
昴は、床に横になった。
マリアは、ベッドに座った。
沈黙。
――でも、今までとは違う。
二人は、共に戦った。
敵同士が、同じ側で。
それが、何かを変えた。
昴が、口を開いた。
「……ありがとう」
マリアが、顔を上げた。
「何が?」
「さっき、左から来るって教えてくれただろ」
昴が、マリアの目を見た。
「あれで、助かった」
マリアは、少しだけ照れた。
「……当然のこと」
「当然?」
「ええ。共闘してたんだから」
マリアが、視線を逸らした。
「敵同士でも、今は味方だった」
昴は、頷いた。
「……そうだな」
沈黙が、流れた。
昴は、考えていた。
マリアと戦った時とは、違う感覚。
一緒に戦うと、息が合う。
まるで――
昔から知っているかのように。
なんで、こんなに――
昴は、その疑問を口にできなかった。
――マリアも、考えていた。
スバルと一緒に戦った。
透とも、彼方とも、こんな風に戦ったことはない。
でも、息が合った。
まるで――
魂が、繋がっているかのように。
やっぱり、同じ人だ。
マリアは、そう確信した。
でも――
気づいてもらえない。
この苛立ちと、悲しみ。
いつまで、抱えなければならないのか。
マリアは、ベッドに横になった。
背中を向けた。
「……おやすみ」
「……ああ、おやすみ」
昴も、目を閉じた。
でも、眠れなかった。
――善行に報いはない。
昴は、そのことわざを思い出した。
Sihを守った。
でも、それで状況が良くなったわけじゃない。
VEGAの修理は進むかもしれない。
でも、救助はまだ来ない。
昴とマリアは、まだ敵同士だ。
何も、変わっていない。
でも――
昴は、マリアの呼吸を聞いた。
浅く、速い。
まだ、眠れていない。
昴は、小さく呟いた。
「……マリア」
返事はなかった。
でも、呼吸が止まった。
聞こえている。
昴は、続けた。
「……お前と戦えて、良かった」
「……」
「敵同士だけど、今日は、味方だった」
昴の声が、温かくなった。
「それが、少しだけ嬉しかった」
マリアは、涙が零れそうになった。
――ずるい。
そんな優しいこと、言わないで。
こっちは、気づいてもらえなくて、苦しいのに。
でも――
嬉しかった。
マリアは、小さく答えた。
「……私も」
昴は、少しだけ笑った。
「……そうか」
沈黙が、流れた。
でも、温かい沈黙。
二人は、眠りについた。




