吸血鬼、森でぶん投げられる
時間はすこし前に戻る。
そこは、夜の魔境の森の川のほとり。
魔王城から転移門を使って外に出たサザは、川辺に腰を下ろしていた。
人間ならば、真っ暗で黒い水にしか見えない夜の川も、吸血鬼のサザには昼間と変わらずによく見えていた。血と泥に汚れたくたびれたシャツを脱ぐと、ざぶざぶと水をかけて洗った。
生地はすでに限界で、袖は破れ、裾には穴が開いている。
「服くらい、もらってくればよかったか……?」
小さく呟いたが、すぐにかぶりを振る。
「……バカか。信用なんてできるか」
あんなの、うわべたけだ。
魔族が共同生活なんて笑わせる。
弱い魔族を集めて、食堂で餌を与えて懐かせておいて……そのうち、強い魔族のエサにでもするつもりかもしれない。
ゾッとする。そうだ、そうに決まってる。
でも……あの子の顔が、一瞬よぎった。
スープを差し出してきた魔族の少女。
ぎこちない笑顔。少しおどおどしてたけど、どこか温かい目をしていた。
サザは、かぶりをふってそれを打ち消した。
「……助け合うなんて、バカみたいだ」
呟きながら、いっそう強くシャツを水に押し込んだ。
そのときだった。
「へぇ~いいじゃん」
後ろから声がした。
「誰だ!?」
跳ねるように振り向く。鋭い目つきで声の主をにらむと、そこにはにんまり笑う青年が立っていた。
「僕はリュカ。魔王軍所属。安心してよ~敵じゃないからさ~」
どこか気の抜ける口調。
へらへらと笑うその顔が、逆に不気味だった。
「魔王軍……!お前もあいつらの仲間か!」
「そ~。なんか君、面白そうだからさ」
「……俺にかまうな…」
「そんな怖い顔しないでよ~。ほら、ちゃんとご挨拶しようよ。初めましてって……」
そのときには、もうサザは飛び掛かっていた。
……が、
「――ッ!?なっ……」
捉えたと思った爪先には何もない。
リュカの姿が消えた。
「こっちだよ」
背後。
その声と同時に、ものすごい衝撃が背中から走った。
そのまま、地面にしたたかに叩きつけられる。
「う、ぐっ……!」
なんだよ、これ…!
今まで、魔物相手なら負けたことはなかった。
なのに、ユエルのときと同じ……動きを目で追うことすら出来なかった。
しかも、リュカと名乗るこの男は、ユエルのように魔法を使ったわけじゃない。単なる体術、その蹴りの一撃だけで圧倒的な差を見せてきた。
「もう心が折れちゃったの?」
木々の間からリュカの声が聞こえる。
その口調は、まるでからかっているようだった。
「ふざけるな……!!」
サザは土に爪を立てて立ち上がった。顔をゆがめ、牙を剥く。
その目に宿るのは、怒りと悔しさと、どうしようもない焦燥。
「あはは、こっちだよ~ほらほら~」
リュカが笑って、ひょいと木の上から飛び降りてくる。
サザは突っ込む。
しかし、またしてもかわされ、軽く受け流されて地面に倒れた。
「っ、くそ……!」
何度やっても勝てない。
そして最後には、体を投げられ、木に背中をぶつけて、そのまま意識を手放した。
―――
「ふふん、次はもうちょっと粘ってくれるとうれしいな~?」
リュカは枝の上でゴロリと寝ころび、空を見上げた。
新しいおもちゃ、いや、付き合い甲斐のある“後輩”ができたようで、実にご機嫌だった。




