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転生したらゾンビでした  作者: 矢倉
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ゾンビ、聞き込みをする

魔王城を出て数日。

私はユエルと共に、“人間の村”へ足を踏み入れた。

変装はばっちり。香水のおかげで、腐敗臭もほとんど感じない。さすがエメリオ。


とはいえ、村に入るのはやっぱり緊張する。

これまで死者ばかりの世界にいたからこそ、生者の空気がむしろ居心地悪く感じるのだ。


「大丈夫。笑ってればバレないよ。……ゾンビスマイル、がんばって」

「それ、言われてできるものじゃないよ……!」


そうぼやきつつも、私たちは村人に聞き込みを始めた。

目指すのはーー怪死事件の真相。

村々で相次いで起きた“不審な死”の謎を追う。



―――



最初に訪れた村では、あからさまに警戒された。


「怪死事件?あんたたち、何者だ……?」

「冒険者です。怪死事件の犯人に賞金が出るって聞いて、それで……」

「ふん、物好きだな。……でもまぁ、あんたたちみたいのが探してくれるんなら、ちったぁマシか」


“賞金が出る”という言い訳は、思いのほか有効だった。

いかにもありがちな話だから、うまく村人の警戒心を和らげることができたようだ。


「ここの死体はね、ひどく傷つけられていたらしいよ。よほど恨みがあったんだね」

「アイツ……子供をよく怒鳴りつけてたな。村でも評判が悪かった」


次の村でも、似たような証言が出てきた。


「死んだ女の人は、隣の家の使用人を毎日いびってたって話だ。村長も黙認してたけどね……」


やがて、情報がまとまり始めた。

被害者に、年齢や性別の共通点はない。

ただし、すべての被害者は“立場の弱いものに酷く当たっていた”という共通点がある。

虐待、暴力、支配。

それが、彼らの共通点だ。


「……なんかさ、ただの無差別殺人って感じじゃないよね?」

「うん。そうだね。動機がある。強い、怒りの感情」


ユエルは地図を広げ、私と一緒に指で追っていく。


「見て、ノア。事件の発生順を並べてみると……犯人は、西に向かってるよね」

「つまり、犯人は移動しながら犯行を?」

「そうだね。となるとーー次はこのあたり、じゃないかな」


ユエルが指さしたのは、山間にある村だった。

交易路からは外れていて、情報も届きにくい場所。


「次の獲物を探しているなら、きっとここだよ」

「……だったら、止めなきゃ」

「そう。で、仲間にできそうなら、スカウト。それが今回の目的だよ」


私は頷いた。

不気味な怪死事件。でも、そこには“感情”があった。

もしその背後に魔族がいるのだとしたら、それはただの怪物ではなく、感情をもった“誰か”なのだ。



――


山に囲まれた村は、肌寒く、静かだった。

木々の間から差し込む夕暮れの光が、わずかに村の屋根を照らしている。

村人たちはなにかを話しながら、村の中心――広場のある方へ向かっているようだった。


「……あれ?白い服の人たちがいる」


村の広場には、人だかりができていた。

その中に、数人の白いローブを着ている人たちが見える。

ケープのような上着の胸元に、月と十字が重なったような刺繡がしてあるようだ。


「教会の人たちだね」


隣に立つユエルが、そう言った。

その口調は、いつもの優しげな調子を保ちながらも、どこか硬かった。


「“シカ”だよ。教会の下位聖職者。戦う力はないけど、村を巡って教えを広めたり、食料を配ったりしてる」

「ここが、貧しい村だから?」

「うん。王都から派遣されてきたんだろうね。今の時期は炊き出しの季節だから」


私は少し驚いて、もう一度シカたちを見た。

確かに、広場の片隅では大鍋が煮え、温かい湯気が上がっていた。

その前に並ぶ子供たちや、年老いた老人たち。

誰もがおそらく何日ぶりかのまともな食事を前に、穏やかな顔をしていた。


「スローンって呼ばれる人もいる」

「スローン?」


私が問い返すと、ユエルが答えた。


「高位聖職者がそう呼ばれてる。スローンは、聖魔法っていう特別な魔法が使えて、魔族を狩るんだ」

「!…今、ここにいるの?スローンは」

「今はいないみたい。いたら、たぶんこの空気もっと張りつめてる」

「そっか……」


少しホッとして、私は広場の中央へ目をやる。

そこではひとりの若いシカーー少年のようなまなざしの青年が、小さな紙芝居の箱を立てて、子供たちに話しかけていた。


「それじゃあ、今日はーー“世界のはじまり”のお話をしましょう」


紙芝居が始まった。

一枚一枚、手書きの絵がめくられていく。


「むかしむかし、世界がまだなかったころーー神エレディアは、自らの体から、この世界を創りあげました」


「エレディアはその世界を見守るため、空へ上って“月”となりました。でも、その月の影から、“悪魔”が生まれたのです」


「悪魔は魔族を生み出し、世界を滅ぼそうとしましたーー」


その絵は、黒い渦から這い出るように描かれた魔物たちの姿。

その中には、人間に近い姿のものもいて、私はふと、自分の姿を思い出した。


「エレディアは涙を流し、その涙が流星となり、地上におりて“勇者”となりました」


子供たちは目を輝かせて、物語を聞いていた。


「勇者は悪魔を倒し、世界に平和を取り戻しました。

だから、みんなも正しく、清く生きましょう。嘘をついてはいけません。そうすれば、きっと神様に祝福されます」


拍手が起こった。

だれもが“いい話”を聞いたという顔をしていた。

私はそれを黙って聞いていた。

その物語が優しく、けれど突き刺さるように重たかったから。

隣のユエルが、小さくため息をついた。


「……あれはね、全部が本当じゃないよ」

「え……?」

「教会が、都合のいいように書き換えた話なんだ」


私が振り返ると、ユエルは相変わらずぼんやりとした視線のままだった。

けれど、その声には確かな重さがあった。


「本当の神話がどこまでだったのか、僕にも全部はわからない。でもね、あの話の中には、“意図的に削られた部分”と“塗り足された部分”がある」

「……どうして、そんなことがわかるの?」


ユエルは答えなかった。

ただ、少しだけ寂しそうに、そして確信に満ちた目で、空を見上げた。


「全部信じちゃだめだよ、ノア。“きれいな話”ほど、裏に誰かの願いが隠れてるものなんだ」


その言葉が、胸にじんわりと残った。

そして私は、ユエルがただ反発で言っているのではなく、

何かを知っているーーそれも、誰も簡単にはたどりつけない真実をーー

そんな気がしてならなかった。

それはきっと、魔族として、私がこれから向き合っていくものであると感じたのだった。


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