ゾンビ、宿がない
「ところで、今日の宿はどうするの?」
広場をあとにした私たちは、村の大通りを歩いていた。
魔族となった私は、夜になるとゾンビらしく目が冴えてくる。
でも、せっかく人間に変装してるんだから、今日はちゃんとした布団で寝てみたかった。
「宿……そうだね、そろそろ探そっか」
私は心の中でガッツポーズをした。
なにげに、魔王城を出てからハードな旅だったのだ。
最初の村に着くまでは基本的に野宿。気持ち疲れたら休んだりもしたけど、基本的に歩き通し。聞き込みをしながら村を回り始めたあたりからは、怪死事件の犯人にできるだけ早く追いつけるよう、昼は聞き込み、夜は移動というハードな旅だった。
ゾンビだったからできたものの、ゾンビじゃなかったら死んでいたと思う。
ユエルはぼんやりしているのに、そんな生活でも疲れている様子が全くないから本当に不思議だ。
「あっ…でも私、お金持ってないんだった…!」
致命的なことを思い出した。それに、ユエルが答える。
「大丈夫だよ。僕、魔王から10万ルクスもらってるから」
「10万ルクス…?!ってどれくらい?」
「宿は……このあたりの相場だと、だいたい一泊300ルクスくらいだから大丈夫。
ちゃんと節約すれば、300泊できるからね」
「そこまで長期滞在するつもりはないよ?!あと魔王、お財布管理ザルすぎるよ?!」
でも、ほっとした。
お金があるなら、300泊とはいわないけど、一週間くらい滞在して、街を見回ってみるのもいいかと思った。
それに、ふかふかのベッドで眠れるのは何よりうれしい。
「ねぇ、ユエルーー…あれ?」
声をかけようとしたが、ユエルの姿がない。
ぐるりとあたりを見回すと……いた。
本屋に入っていく、見慣れた後ろ姿を見つけた。
「わ、本屋に吸い込まれてる…!」
急いで追いかけた本屋の店先には、古びた看板に“魔術・伝承・技術書取り扱い”と書かれていた。
中に入ると、すでにユエルは分厚い本を両手で抱えていた。
「ねぇ、なにそれ……」
「これ?アルバドールの新刊だよ」
「……だれ?」
すると、ユエルの目が驚いたように見開いた。
「えっ……ノア、知らないの?アルバドールって言ったら、王都の宮廷魔導士で、現代最高の魔法理論家だよ。数年に一度しか本を出さないんだけど、それがまたすごくてね」
一気に話し出すユエルに、私は目をぱちくりさせる。
「この本にはね、解読された古代魔法の術式と、最近開発された対立式魔法理論がまとまってて…ーー(以下略)――…魔族って、感覚で魔法を使えるから逆に理論って知らないでしょ?でも人間の魔導書って、そういうところまできちんと書いてあってね。魔力を流すと、どんな原理でその現象がおきるかって…ーー(以下略)――…すっごく面白いんだ」
……いつもは、どこかぼんやりしてて、落ち着いた口調で話すユエルがーー
今だけは目を輝かせて、息継ぎも忘れたように本の話をしている。
「……なんか、ほんとに好きなんだね。魔法のこと」
「うん。だって、生きてるってことだから。知るって、すごく楽しい!」
私は、ユエルのそんな言葉に、ちょっとだけ心が温かくなるのを感じた。
でもーー
「……それで、その本、いくらだったの?」
「10万ルクス。ぴったり」
「………え?」
私の思考が止まった。
「え?ちょっとまって全財産ってこと!?」
「うん。でも買えてよかった~。在庫、残り一冊だったし」
「いやいやいや、宿代は?!」
ユエルは全く動じず、サラッと言った。
「この辺の村には、たぶん貴族の持ち家みたいなのもあると思うから。
そういうとこの馬小屋とかに、こっそり忍び込んで寝れば、ふわふわじゃないけど寝るとこはあるよ?」
う、馬小屋……?
私は膝から崩れ落ちた。
「い、嫌……ふわふわのベッドがよかった…!私ゾンビだけど!冷たくてカチカチの体だけど!!この世界にきて、せめて一度くらい、ふわふわの布団で寝たかったのにー!」
私の悲しい絶叫が本屋にこだました。
居眠りしていた店主が、驚いて目を覚ます。
地面にはいつくばる私を、ちょっと引いた目で見ているのを感じた。




