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15 縛られる?

御無沙汰しております。一時的に帰ってくることができました。続きを投稿できてよかったです。


 彼女の赤髪は歩く度に揺れ、色と相俟って艶やかに燃え盛る炎を、そこに見出だせそうである。

  その向こうの先には、呆気に取られている緑が見え、知らず眉間に皺が寄っていく──、


 カチャ──

 剣の柄に手を掛ける音が控えめに鳴る。


 目敏く気付いた緑は、頬を引き攣らせた。


(……何故)


 青は険のある目を緑に向ける。


 しかし青の表情筋は微動だにしておらず、傍目には何を考えているか分からない。


 一方緑はというと、青に注意を向けており、ゆっくりと近づいてきた腕に気付かなかった。


「よそ見しているとは、いい度胸ですわね」


 気が付いたときには、顎に固いものが押し付けられた。

 そして密やかな美しさを湛えた、一対の紅玉が緑を捉える。


(……うわぁ)


 緑はそれに息を呑む。


「……なんですの?」


 呆然とした緑に、赤は怪訝そうな顔をする。


「きれいだなぁ……」

「……は?」


 思わず零れた言葉は、一瞬で理解するには難しく、僅かに時間を要した。


「ふ・ざ・け、て、ますの?」


 にっこりと微笑むために、細められたはずの目は笑っていなかった。

 ピキピキと何かが崩れる幻聴を緑は感じ取った。


「切っていいですか?」


 青は剣を既に抜いており、その上、布を使って剣を拭いていた。

 それはさながら、料理の下準備を始めるかの如く。いずれにしても切る準備は万端のようだ。


「や、待て待て! お前は着火が早いんだ!」

「意味不明です」

「お前、今俺の心をバッサリ切り捨てたな!」

「……」

「あ、面倒臭がってる!」


 減らずにぎゃあぎゃあ喚く音源が鬱陶しい。


 一旦剣を収め、眉間に寄っているであろう皺を伸ばす。


 それにより、うるさい者が視界から一時的に消える。青は少しゆとりを取り戻した。


 小さく息を吐き、仕方無く視界に入れる。



 一方赤は広げた扇で口許を隠しながら、二人の遣り取りを静かに見ていたが、やがて扇を閉じる。


「終わりにしますわ」


 静かに告げられた言葉は二者の耳へ届き、はっとして赤を見る。


「もうよろしいでしょう? 芽吹きのあなたが、朽ちていく真似事をするなど、滑稽ですもの 」


 伏せていた目がこちらを見たとき、仄かに笑う。


「一通り触れたのですもの。十分ですわ」


 口許を隠すように扇を広げていたが、諦念とも自嘲ともとれる、ほろ苦い笑みが見えた者もいることだろう。


 それは、完結された空気だった。新しく声を掛けることすら躊躇われる。


「……!」


 だとしても、思い違いになる前に。修正不可能が決定的になる前に、動かなくてはならない。少なくとも、今の方向性を緑は望んでいない。


「ち、違っ」

「あら、勘違いなさらないでくださる? 私別に怒っているわけではありませんのよ」


 否定の言葉はぴしゃりとしながらも柔らかく遮られた。


「あなたまで、見えない鎖に縛られる必要はないということですわ」


 赤は緩やかに頭を振り、扇を持つ方の手首を片方の手で握る。

 誰も後に続く言葉を掛けられない。それ故、音は途切れたかのように見えた。

 そんな時──。


「……ふ、んっ」


 微かに啜るような音が聞こえた。


「……まさか、あなた泣いて……?」


 赤は目を見張り緑を見た。緑は掌で目を覆い、上を見ていた。


「……クッ、うー! あーっはーっはーはっ!」


 そして掌をどけ、カッと目を見開き、高笑いし始めた。緑は仰け反って、両拳を作り大笑いしている。


「赤っ! 下がってください。いつにも増して、コイツおかしいです!」

「……」


 既に赤は一歩下がり、扇で口許を隠していた。その表情は唖然としている。本能的に身を引いたのだろう。パチンと扇を閉じた手は震えていた。


「人が真面目に話をしているのに、あなたというひとはっ……もしかして、また……!」


 わなわなと震えているのは、紛れもなく怒りのせいからだろう。彼女が更に緑に言い募ろうとするが、先手を制したのは──


「おう、上等じゃねえか! 縛られてやんぜ!」


 緑の咆哮だった。


「「……」」


 赤と青は沈黙の末、


「……やはり変なものでも、お口にされましたのね」

「……赤にそんな趣味はないし、赤に求めるな。余所でやれ。よって今すぐ立ち去れ」


  緑に憐憫の目を向ける赤と、冷え冷えとした目を向ける青は、それぞれ結論付ける。


「なんでだ? 皆縛られてるだろ?」


 緑はきょとんとした顔で問い掛けてくる。


「……。……貴様と同じ考えを我々に押し付けるな」


 間はあったが、緑を睨みながら青は鋭く応える。


「俺は俺の人生に元々縛られてる。なら、別のものを求めて新しく縛られに行ってもよくねえ?」


 緑はさも当たり前のことのように言う。


「……。……そうですの」

「……赤」

「いいえ、何でもありませんわ」


 一瞬だけ、緑から逸らされた赤い瞳が揺らぐ。


 気遣うような声が青から掛けられるが、赤はやんわりと断り、緑を見続けた。


「それで、あなたは今後どうなさるつもりですの?」

「ん?」

「縛られることを望み、縛られたその続きですわ」


 緑は首を傾げてうーんと唸っていたが、その次の瞬間にはニカッと笑みを浮かべていた。


「お、そうだ!そのときはそのときで考える!」


 毒気を抜かれる程、輝かしい笑みである。それは、たった今閃きました ということを伝え、ノープランであることが提示された。


「「……」」


 赤と青は緑に冷ややかな目を向ける。


「ほ、ほら、これからのことはある程度、成り行きに任せないと分からないとかいうだろ!?」


 その視線に耐え兼ねてか、焦った声音が緑から出ていた。


「……その無鉄砲なあなたの考えに、赤が巻き込まれても良いと?」


 静かであるがしっかりとしているその声には、少々の怒気が含まれていた。


「そ、それはっ、……いや、巻き込むとかそういうつもりはねーんだ!」


 上半身は少し仰け反ったが、はっとして緑は頭と手を振り否定する。


「あなたにそのつもりがなくても人に頼る、もしくは約束事をするということは、相手の時間の拘束、及び、あなたに関わったことで取らずに済んだ責任を取ることになりかねません。……。……あなたにその覚悟はあるのですか」


 少しの沈黙の末に青が口にした『覚悟』は、淡々とした口調の中に紛れ込んだ激情の一部。


「青っ、このくらいで言い過ぎですわ!」

「いいえ、この機会です。言っておきましょう」


 青は緑を改めて見据えていた。


「あなたの純粋な好奇心が、赤を傷付けることもあります。あなたが勝手に自滅する分には構いませんが、そうもいかないのです。関わった相手ですら評価の対象になる。例えば、淑女の鑑といわれている赤が、突進しか脳がない野猿相手に淑女教育をしたとして、結果を出せなければ、謗られるのは赤なのです」



「……なんかお前さりげなく俺の悪口言ってねえ? と、ともかく、それは変じゃ」


「ええ、あなたの言うことも尤もです。教わる内容自体が難しい、教わる相手自身が身に入っていない、教わる相手の力量不足、そもそも相性が悪い、他は……」


 それを言い終わると、青は眉間にぐっと皺を寄せ、言葉を詰まらせた。


「……。……極希に。……極希に! 今回は違いますが! 教え方に問題があることもあるとは思います。ですが!今回は確実に違いますが!」


 青は顔を顰めながら、段々強い口調で否定した。


「なんか、私怨混じり過ぎてねえ?」

「気のせいでしょう」


 戸惑う緑に、青は白々しく宣う。


「要するに、赤に迷惑掛けるくらいならやめてくれってことです」

「確かに……迷惑は掛けている、……と思う。……でも、諦められないのも本当なんだ! 俺はっ、 どうしても知りたいんだ! 」


 ため息混じりに言った青は緑を睨む。一方緑はしどろもどろに言いつつも、悲痛な声を上げた。


「……青。そこまでで結構ですわ」

「え!? 俺ちゃんと」

「いいから、あなたは黙ってなさい」


 緑が赤に何かを言い募ろうとするが、赤は受け付けない。


「……」


 緑が唇を噛み俯く様子は、赤の視界に入っていた。


「何を今になり逡巡しているのか分かりませんけれど……」


 赤は扇の持ち手とは逆の方を掌にトントンと当てる。その微かな音が少し早めのリズムを作り出す。

 その音につられて緑は顔を上げる。


「あなたが私に迷惑を掛けているのは日常茶飯事ですわ」

「あ、はい」


 当然のように言われ、反論する隙を忘れていた緑は、催促する音に合わせて思わず頷く。

 内容が伴っているかどうか定かではない。

 その抜けた緑の返事を聞いてか、赤は扇のリズムをピタッと止めた。


「あなたがお眠りしていたために会議の内容を全く聞いてなかったり……、……あなたがふらふらと、どこかをお散歩をしていたために捜索願が出されたり……」


 赤は事例を一つずつ挙げるごとに勢いがなくなり、数秒口を閉じた。


「……他にも色々ありますわね。……それはともかく、あなたの起こした支障が、私に回ることはご存知ですわね?」


 赤は投げやりに言いたい気持ちを堪え、緑に厳しい目を向ける。


「……。……お、おう、……じゃない、は、はい、ですぜ!はい! その節はご迷惑を……えと、力一杯、お掛けしたことで」

「……そして、ここにいる方々も、お手伝いいただきましたわ」


 頭が痛いとでもいうように、赤は閉じていた扇の先端を額に当てる。


「もも、もちっろん、あ、足の裏から覚えてますともっ!」


 必死になって言っても、その場の空気感から

 浮くことに変わりはない。



「ですが、あなたが何か起こす度に、私のところにまず届きますわ。……なぜでしょうね? 」


 含みのある視線は、次第に冷えきっていく。


「えっと、いや、それはその、赤様が名誉ある代表で……」


 緑はたじろぎながらそれに答える。


「ええ。そうですわ。重要なものから雑事まで報告が上がりますの。その情報があなただけで占めることもありますのよ。……これも、なぜでしょうね?」

「そ、それは、えっと、俺がやらかしてるからで……?」


 かいてもないはずの汗がたらたらと、緑の背中を伝う。


「ご理解されていたようで何よりですわ。ですから、これ以上あなたの迷惑が一つ増えるくらい痛くも痒くもありませんの」


 扇を広げながら赤は緑に顔を近付けた。


「ですけれど、もし本当に悪いと思うお心が少しでもあるのなら、私にこれから配慮してくださること?」


 口許を扇で隠しているからか、赤の瞳がよく見える。そこから何を感じ取るかは、直視している者の自由である。


「い、イエッサー、赤代表様っ!」


 そして緑は、綺麗な気を付けを赤に披露してみせた。


「敬称は二つもいりませんわ!」

「はっ、仰せの通りに赤様!」


 緑は右拳を胸に当てて元気よく応えた。


「本当によろしいのですか、赤」


 青は赤の側に近付き、赤にだけ聞こえる声量で話し掛ける。


「ええ。もう既に迷惑を掛けられていますので、この程度問題ありませんことよ。逆に手を貸さないことで、暴走する方が恐ろしいですわ。手綱を握れる位置にいてこそ、安全というものですわよ」

「確かに言われてみればそうですね。ナントカと鋏は使い様といいますし、ナントカも乗り手次第とも言いますし。……ああ、後者は違いましたか、失礼」


 赤と青が話している様子を不思議そうに緑は見ていた。それに気が付き、青は緑の方を向く。


「……緑、いいですか。赤は根気強いですから、よっぽどのことがない限り、見捨てはしないでしょう。精々赤に感謝することですね」

「おう! 感謝しまくるぜ!赤代表様!」

「だから、敬称は二つもいりませんのよ!」

「あ、そうだったぜ! 赤代表!」


 緑は赤に向けてガッツポーズしてみせた。


「……。……止めません?」

「……。……そういうわけにはいかなくてよ。一度引き受けた以上、最後までやり通さなければ自分を許せませんもの。たとえ、後悔しようとも投げ出すことはしませんわ。その分緑には少々厳しく教えることもあるでしょうが……、勿論織り込み済み、……ですわね?」


 赤は決意を固めて気持ちを切り替え、やや低い声で緑に釘を刺す。


「え?」


 赤と青を何とも言い難い空気にさせた張本人は、話の方向が自分に向かうとは思っていなかった。


「お返事は?」

「……」

「いや、やさし……、……。従う!このフショウ緑!ご機嫌よろしく従うぜ!」



 途中何か言い掛けることもあったが、緑も決意を新たにし、無事契約は更新されたようである。



 少年を含め、この様子を見守る者がほとんどだった。


「うん、めでたしめでたしかな?」

「そのようですね。いつもの茶番ともいうべきでしょうか。いえ、そういうふうに持っていったとでもいうべきですかね」


「うーん、本人達は自覚なしかな。いや、赤は……ま、いいか、……あ」


 少年は何か気付いたように小さく声を上げた。


「おーい、いつまでもこうしているわけにもいかないから、戻っておいで。……そろそろ新しいお客さんも見えたことだし……」


 少年が言い掛けたところで、黒紫色の渦が白い空間に突如生じる。


『今時珍しいその気概、センスがいい』


 感心したような、興奮覚めやらぬといった声が遠くの方からではあるがしっかりとこちらまで届く。

「ヨウ、シュユウサマ。ゲンキにしてたか?」


 渦は膨張して消えると、その快活な声の主の姿がはっきりと視認できた。


 ニカッと笑ったことによって見える鋭い牙。

 無造作に伸ばし放題な赤黒い長髪。とはいっても、黒の色味の方が強い。

 髪と同じ色の入れ墨が二つ、目から頬にかけて一直線に引いてある。尖った耳からは鎖のイヤリングが覗く。

 好戦的な瞳の色は瞳孔が朱金、その周りは黒。

 背中からは黒の両大翼が生えている。

 翼より色の濃い黒のキトンの形をした服からは、褐色の肌がそれも、適度に引き締まった筋肉が覗く。


 縛り紐も鎖状で、重ね掛けの腕輪をそれぞれ両腕にしている。


 その圧倒的存在感に思わず縮こまる者は少なくない。



「そちらさんは初めましての者と、見知った者がいるな。では改めて、だ。オレの好きな色は、赤、青、そして金。最も嫌いな色は白だ。よろしく頼むな」


 他者を畏縮させる雰囲気は潜まり、代わりに人懐っこい笑みを、その者は浮かべていた。


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