32話 愚者
……分かってる。私だって馬鹿じゃない。死んだ人は生き返らないんだって。
死者蘇生。そんな夢物語は存在しない。でもここは異世界なんでしょう? ならそんな絵空事、叶ったっていいじゃないか。
……希望を持ったって、いいじゃないか。
(…っ! そうだっ)
唐突に私の思考に浮かんだのは、部屋の奥に鎮座する宝箱。そうだここは異世界だ。なんでも起きる可能性のある異世界だ。だったら、死者蘇生の薬があったって不思議じゃない…っ!
宝箱の蓋を乱暴に押し開く。でもその中から覗いたのは、薬では無くて。
名称:愚者の首輪
…は、はは。愚者。愚者か。
――――ふざけるな。
思考が黒く落ちる。細い糸がプツンと途切れた音が、私の耳に響いたような……駄目だ。諦めるな。ここにいるのは、美涼さんを救えるのは、私だけなんだ。
(何か…何か……っ!)
これは……これなら……成程。愚者とは言い得て妙なのかもしれない。でも、それの何が悪い。愚者と呼ばれようとも、背神者と呼ばれようとも、冒涜者と呼ばれようとも構うものか。
お願い。もう一度………
◆ ◆ ◆
…………暗い。寒い。ここは……
身体が動かない…手の感覚が、無い。
私、は、一体何を……
……?
何か、聞こえた? これは…声?
聞いた事のない、声。でも、何故だろう……凄く、安心する気がする。
……呼んでいる。悲しそうな声で、私の名前を。
……行かなきゃ。まだ、私は……っ
『―――――さん! 美涼さん! お願い…お願い…っ!』
また聞こえた。今度ははっきりと。悲痛な叫びが。
光が、差す。ぼんやりと、けれど確実に熱が戻ってくる感覚がした。
あと少し…もう少し…っ
「―――ぁ」
暗い暗い水の底からやっと浮き上がったかの様に、一気に肺の中へ空気が入り込んだような、そんな感覚。ぼやけた視界に映ったのは、冷たい岩肌。そして、温かく柔らかな感触。
……私は、この感覚を知っている。
『美涼さんっ!』
「…久しぶりだね、アヤメ」
ずいっと私の視界を埋め尽くすように飛び出してきたアヤメの顔に、思わず口の端が緩む。重い手を上げてその頬を撫でれば、何かを確かめるように必死でアヤメが擦り寄ってくる。
『良かった…間に合った…』
「間に合う……」
その言葉で、そういえば私がどういう状況になっていたのかを思い出した。視線を自分の身体へと向ければ、べっとりと赤黒い血がこびり付いている。そうだった…私、また死にかけたんだった。
「無理はするもんじゃないねぇ…」
『………』
アヤメと別れた後、私は自分が何処に飛ばされていたのかを調べた。そしてそれが到底歩いて向かえる距離では無いと知って、ならもう一度転移の罠を利用しようって思ったんだ。……結果は、今見た通りだけど。
元々は罠なのだから当然と言えば当然ではある。ただまぁこうしてもう一度アヤメに助けて貰えたのだから、結果良ければというやつだろう。
「というか…なんでアヤメの言葉が分かるようになったんだろう?」
『言葉…? えっ、これ聞こえてるの?』
「え、うん。ちゃんと聞こえてるよ?」
もしかして私のアヤメを想う気持ちが――なんてのはまぁ違うだろうね。なら他に理由があるのかと思ったところで、チリンと軽やかな金属音が私の首から聞こえたことに気付く。
「ん?」
聞こえた場所に指を伸ばすと、何かが私の首に巻き付けられていた。アクセサリーを着けた覚えは無いし、とするとこれはアヤメの仕業?
『…ごめんなさい』
「? 何故突然謝るの? アヤメは私を二回も助けてくれたのよ?」
『……違う。違うの。私は…助けられなかったの』
「え、でも今私は生きて」
現に死にかけていたはずの私は生きていて、明らかに助かっている。なのにアヤメは助けられなかったと言う。話が見えてこない。
『……美涼さんは、ね。もう、人間じゃないの』
「……え?」
◆ ◆ ◆
私の言葉を聞き、美涼さんが目を丸くする。当然だ。いきなり人間じゃないなんて言われて、理解できる人の方が少ない。
……そう。美涼さんは、もう人間じゃない。だから、生きていない。
名称:愚者の首輪
効果:死人の魂を縛り付け、従属させる“愚者”を作り出す。
美涼さんの首につけたそれは、死体と魂を結び付けて使役する為の道具。つまりは、人為的にアンデットを作り出す道具だ。私の言葉が美涼に聞こえるようになったのは、つまり私に使役されている存在になってしまったからだろう。
「成程…」
『ごめんなさい……』
私は美涼さんを、自分のエゴで化け物にしてしまった。美涼さんの意思なんて完全に無視して。嫌われるどころの話じゃない。今ここで怨嗟をぶつけられても、糾弾されてもおかしくない。沙汰を待つように頭を下げ、目線を下げる。今ここで美涼さんに殺されても良いと。
……でも、何時まで待っても美涼さんの口からは言葉すら出てこない。それどころか、美涼さんは優しげな眼差しで私を見上げてきた。
「…ばかね。私を助けるためにした事でしょう? なら私が兎や角言うつもりはないよ」
『……私は、助けた訳じゃ』
それでも美涼さんはその言葉を否定するように首を振る。
「“私が”助かったと思ったの。だからアヤメは、私を助けてくれたのよ」
……うん。そっか。そうだ。結果がどうであれ、美涼さんはここに居る。これ以上私が自分の勝手で自分の“罪”を押し付けるべきじゃない。
「…とはいえ、これからどうしようか。アヤメの言うように人間で無くなったのなら、外に出るのも難しいだろうし…」
「クゥン…」
「ああ違う違う。アヤメを責めた訳じゃないの。ただの確認」
…うん、いつまでも引き摺るのは良くないね。今は今の事をしなくちゃ。
『あの石で出るのは?』
「石…あぁ帰還石ね? 使えはするだろうけど、アヤメの言うように私が人間じゃない……アンデットになっているのなら、陽の光浴びたら消滅しそうだし」
『あぁ…』
成程。そういう事ね。とすると美涼さんは一生この洞窟──迷宮から出られなくなったって事で。
「ほら、そんな悲しい顔しない。寧ろアヤメとずっと一緒にいられると考えたらラッキーじゃない?」
そうかな? …まぁそうかも?
「取り敢えず近くの安全地帯に行かない? 血を流したい…あいや、モンスターになっちゃったならそこも入れない?」
『…それは多分問題無いんじゃないかな。今の美涼さんって私にテイムされてる状態みたいなものだから』
「あー…成程? そういえばテイムされたモンスターは入れるんだっけ。まぁ行ってみれば分かるか」
そう言って立ち上がった美涼さんが私の脇をすり抜けて外へ向かおうとしたので、慌てて回り込んでその前に立ち塞がる。
「どうしたの?」
『一応怪我人なんだから運ぶっ!』
さっきまで文字どおり死んでたんだからね。歩かせるなんてさせないよ。
「乗っていいの?」
『勿論っ』
「ありがと…って、その腕章…ギルドの?」
あ…そういえば何も説明してたかったっけ。
『道中話すよ』
「ん。それもそうだね」
納得した様子の美涼さんがひらりと私の上に飛び乗る。乗りやすいように屈もうと思ったのにぃ……。




