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小さな駅をひとつ、ふたつ、電車は通過して走り続けたが、ピッチは無言を貫いた。
三樹はひと安心する。
(和泉かさくらのどちらかが出動してくれたかな……)
(次に呼ばれたら、そのときには出動しよう)
三樹はそう自分に言い聞かせて、電車に揺られ続けた。電車はどんどん都心に近付いていく。
ピッチは相変わらず無言だった。新宿駅で大急ぎで乗り換えてからも、ずっと無言だ。
(このまま何事もなければいいな……)
三樹は祈りながら、通勤ラッシュに耐えた。
仕事中もピッチは鳴らなかった。
(会社にいる時は、こっちの仕事が優先だろうが!)
…………と思うのが普通だろうが、たまにピッチが鳴ることがあったのだ。
そういうときにはトイレに立つ振りをして、瞬間移動をした。
そして、さくっとOLレンジャーの仕事を片付けた。ことさらに、さくっと片付けるようにするのだ。
だって、トイレに行ったあと、長らくデスクに戻らなかったら、何をしているのかと思われる。
これがもしヒガシ君が相手だったら、三樹がデスクに戻るや、心配そうな顔をして迎えてくれるに違いない。
「どこか体調でも悪いんですか?」とか言って。
オフィスの癒しヒガシ君、嫁にするならヒガシ君だ。婿じゃないのか?
この日も、桐生とはよく顔を合わせた。一緒に仕事をしているので当たり前なのだが。
彼は、三樹の顔を見るなり、こう言った。
「そういえば、今日なんだか雰囲気が違いますね」
「え?分かりますか?」
三樹の声が弾む。桐生は微笑んで答える。
「分かりますよ。前よりも、もっとキレイになっていますから」
「え?」
一瞬、三樹は自分の耳を疑った。それから、すぐに血圧が上がった。
これまでに、男性から、そんな言葉をかけられたことがあっただろうか。
どれだけ考えても思い出せない。
三樹は、喜びのあまりに舞い上がりそうになった。心の中でミュージカルのヒロインになっちゃう。
三樹の頬がぽぉっと熱くなった。
(顔が赤くなるなんて恥ずかしい)
そう思って余計に赤面。もう何も言えない。
(どうしよう、どうしよう……)
少し間をおいてから、桐生が、
「ふふ」
と、小さく笑った。
三樹が我に返った。目が合う。桐生が目を細めて微笑んでいる。
(この表情!これがまたステキすぎてたまらん!)
(くぅ~ときめく……!)
ただ、言った本人が、なんだか照れくさそうにしているのが不思議だ。
三樹の「照れ」が移ったのだろうか。三樹は、ますます恥ずかしくなった。
「あは、あはは……」
と、変な笑い方になってしまった。
桐生と一緒にいると、感情のコントロールがうまくいかないみたいだった。
これはもう完全に恋する乙女なのだった。
ちょっとした会話にトキメキがノン☆ストップ!




