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「どんな感じにしますか?」
美容師が、三樹の髪を触れながら言った。
髪が傷みまくっている恥ずかしさが、今更ながらこみあげてきた。
(いやいや!恥ずかしがってる場合じゃない!プロに任せるために、こうしてここにやって来たのよ!)
(もう、まな板の上の魚になるしかない!決して鯛とは言わないが!)
三樹は照れ笑いしながら、
「実はまだ迷ってて……でも、あんまり切らない方がいいかなって……」
すると、美容師はことさらにふうわりと微笑んで(ほんとうに天使みたいに)、
「せっかくここまで髪を伸ばされているんで、軽くすいて、傷んでいるところをちょっとカットして、あとは、切るというよりもトリートメントをしっかりしましょうか。長い髪、似合ってるから、切るのもったいないです」
と、提案してくれた。
それはすごく魅力的な提案のように思えた。
「ツヤッツヤになりますよ!」
美容師がふわっと微笑み、三樹も思わず顔を輝かせた。
(ツヤツヤのロングヘア……なんてステキ!)
(まるで仲間由紀恵みたいな)
それは自分のことをよく見すぎだ。自分に甘すぎる。
それから一時間ほどかけて、カットをし、トリートメントを施した。
改めて鏡の前に座ってみると、ぼっさぼさに広がっていた髪が驚くほどにまとまっている。
(え!?ウソウソ!これって……天使の輪?す……すんごい!)
三樹は思い出す。
今朝のこと。通勤電車の中で、別次元の産物として眺めていた、あの初々しいOLの髪。
そこに宿っていたあれと同じ天使の輪が、今、自分の髪にも生まれたのだ。
スタンディングオベーションをしたいぐらいだった。ブラボー!
最後まで担当してくれた彼女が、合わせ鏡にして、
「いかがですか?」
と、微笑んだ。
「文句なしですっ!」
目を輝かせながら、三樹は答えたのだった。
髪が変わったぐらいで、何が変わるんだろうと思っていた、さっきまでの自分にサヨナラだ。
髪がまとまるって、なんてステキなんだろう。髪が変わるって、全然違う。ほんとうに生まれ変わったみたいだ。これはリニューアルだ。
ちょっと奮発して、財布は傷んだが、そんなことはまったく気にならなかった。むしろ、それ以上の成果を得られたような気持だった。ほんとうに嬉しい。
今年一番に、三樹の足取りは軽くなっていた。
「また、お越しくださいね!」
笑顔の美容師に見送られながら、来たときの百倍は軽い足取りで、三樹は外に出た。
それはもう、古い映画の「雨に唄えば」の主人公みたいに、歌いながらステップを踏み出し、街灯の柱でくるっと回転しても良いぐらいのウキウキだった。
部屋に帰ってからも、何度も何度も鏡を眺めた。
(髪がきれいって、こんなに気持ちが上がることだったんだ。知らなかった。もっと早くに気が付けば良かった……!)
テレビを付けるにしても、そこに映った自分の髪にまず、うっとり。
歯を磨くにしても、やっぱり、鏡の中の自分の髪を、ありとあらゆる方位からじっくりと眺めた。
風呂に入るときもそう。カーテンを閉めるときだって、窓ガラスの自分を見ちゃったぐらいだ。
つくづく、うっとり。髪を撫でてみる。手触りが全然ちがう。手ぐしをしても、指がひっかからない。こんな調子で、布団に入るまでの間に、半年分ぐらい鏡を眺めた。
魅力的なあの人に釣り合うように、魅力的な女の子にならなくちゃ。
――まるで少女マンガだ。
ついに……生まれ変わった!妄想OL三樹これからどうなる!




