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第十話 よく眠れたか?


 黒い血で汚れた手のまま扉の前にたち、水晶に手をかざす。

 リリスの血液の魔力に同調して魔法を込めた。


 ガララ……と床を重いものが引きずる音がして、扉が開いた。

 石で出来た扉はしばらく開く者がいなかったせいか、開いただけで少し欠けた。


 中は暗い。

 今いる地下室に入った時と同じように光の球を送り込む。

 今回は最初から10個の光の球を送り込んだ。

 今いるケルベロスやリリスと戦った地下室よりは狭いようだ。

 光の球1つで十分に照らせる。


「何も、無いように見えますね」


 がらんどうの小部屋を見て、アンジュが言った。

 大部屋のほうは人骨、財宝、ケルベロスのパーツ、おまけに鎖にがんじがらめにされたリリス、と盛り沢山だからな。

 余計に何もなく感じる。 


 落胆しつつ、アンジュを先頭に立たせて、杖を構えてゆっくりと小部屋に入る。


「あれ、賢者さんもしかして私のことを盾にしてます?」


「腕がいきなり吹っ飛ぶのはごめんだからな。どうなっても俺が治してやるし、いいだろ?」


「見事な自己中っぷり!さすが未来の魔王様!」


 アンジュは何が楽しいのかケタケタと笑う。

 どーんと来いです!と言って両手を広げて俺の前を歩いた。

 敵がいるかもしれないのに騒ぐなよ。


 部屋の中央まで歩を進めるが、見たことがない魔法陣があるだけで何も起こらない。

 試しに杖からリリスの黒い血を魔法陣に流してみる。

 魔法陣は起動しなかった。


「魔族が入らないと何も起きないようになっているらしいな」


 リリスを連れてきてみようと小部屋を出てリリスの方に向かう。

 リリスを拘束する鎖はとうとうリリスの全身を覆うようになっていた。

 鎖の隙間から僅かに髪の毛が見え、かろうじて中に生き物が居ることが分かる。


 声をかけるが返答は帰ってこない。

 俺の呼びかけを無視したら所有印が痛むはずだが、強情だな。


「リリスが俺に従う気になってから調べるか」


 一旦地下室を引き上げて休むことにした。

 財宝から適当に見繕いいくつかを腕に抱え、俺とアンジュは地下室をあとにした。


 外にでると、辺りはもう暗くなっていた。

 布袋を身につけた使用人たちも作業がしづらそうだ。


 抱えた財宝を広間に置き、地下を照らすために出現させた光の球を作り、一階の天井に貼り付けた。


 魔法で瓦礫を水瓶とパンに変え、使用人たちに一つずつ配り、俺自身もパンを水で流し込んで腹を満たした。


 布を数枚作り出し、重ねて寝床にする。

 ちゃんとしたベッドには遠く及ばない硬い寝心地だが、夜中に魔物が襲ってこない分安眠できるだろう。

 魔王を倒すための旅をしていた頃は、交代で見張りをするために途中で起きてたしな。

 それに比べれば極楽だ。


 ◇


「賢者さん、賢者さん、起きてくださいよー!」


 翌日、アンジュに揺り起こされて目覚めた。

 体に染み込んだ癖のせいか、結局途中で起きてしまったが、ここ三ヶ月で一番眠れた気がする。

 50年の封印は、眠っているのとは違うしな。

 封印されている本人にとっては、時間が止まっている。

 封印が解けた時点にワープする様な感覚だ。


「もう朝か……」


「はい、朝ですよ!何時かはわかりませんけど!」


 窓から外を見ると太陽が昇りかけの真っ白な空だった。

 相当早い時間だということはわかる。


「朝だが……、本当に朝だな」


 朝からテンションが高いアンジュがうざい。

 目覚めてしまったものはしょうがないと、俺は伸びをして寝床から出た。

 体力回復と魔力回復のオートバフがかかっている俺は、体の疲れはあまりないが、精神衛生上一応眠っている。


 《審理の魔法》を手に入れた直後、眠気が来ないから眠らなくていいと3徹ほどしたら、ほとんどの魔法が使えなくなった。

 覚えていたはずの魔法が頭に浮かばなくなったのだ。


 体は動くのに脳みそが動かない感覚はもう味わいたくない。

 それからは夜は普通に目を閉じて眠るようにしている。 


「賢者さん、今日は何をしますか?」


 中庭に出て、昨日出現させた水瓶に水を張り、パシャパシャと顔を洗う。

 水道も魔王城に引きたいが、いつになるか。


「そうだな、今日は街に出てみるか。50年たった世界がどうなっているのか知りたい」


「いいですね!」


 身支度を済ませ、出かける前に地下室に向かう。

 リリスの様子を見に行くためだ。

 契約の魔法の効果で、使い魔がどこにいるかは分かる。

 リリスの反応は途絶えていない。

生きてはいるようだが、昨日の場所からまったく動いていないらしい。


 俺は一人で地下室に向かった。

 光の球は昨日と変わりなく地下の通路を照らしている。

 昨日よりもずいぶんと早く地下室にたどり着いた気がする。

 一度通った道をなぞるのは、最初に歩いたときよりも短く感じるな。


 地下室ではリリスが昨日とほとんど同じ姿で、同じ場所に留まっていた。

 違いといえば、黒い血液が鎖のトゲの表面で汚く固まっていることくらいだ。

 長い間使われなかったインクの蓋に、乾燥したインクの塊がまとわりついているようだ。

 一見すると鎖には見えない。

 黒い血の塊がついているせいで、鎖の量が減ったのか増えたのかも分からない。

 真っ黒なザクロの粒にも見える。


「リリス、気分はどうだ?よく眠れたか?」


 リリスに声をかける。

 体中にトゲが刺さっている状態で眠れるわけはないだろうがな。


「うるさいわ……人間」


 リリスは小さな声で答えた。

 まだ抵抗する気力があるんだな、面白い。


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