第8話「始まりの時」
「ふぅ……」
棚の本を一通り読んだマルカスは少し休憩しようと、図書室を出た。朝はレフライオの部屋に居たのだが、全て読み切ったので移動したのだ。
マルカスが食堂へ向かう途中、アカに出会った。
「何してたのー?」
大きな瞳に映る自分の姿。なぜか雰囲気が違うように見えた。
「少し……調べ物だよ」
と言うと、アカは
「ふーん」
と、つまらなそうに去って行った。
そして、食堂へ着くとマルカスは紅茶を淹れた。初めて屋敷に来た時から変わらぬ味、香り。だが、今はそんな事も気にならないくらい考え事をしていた。
「神に選ばれた子供」についての文献は、どれだけ探しても見つからなかったのだ。唯一、少しだけ書かれた本を見つけたが、詳しくは書いていなかった。分かったことは、彼の産まれた村でしか、その風習が無かったということだけだった。
紅茶を一気に飲み干し、マルカスは再び図書室に戻った。まだ見れていない棚があった。しかし、棚にはガラスの扉があり、鍵でしっかりと締めてあった。ここの司書は常時出掛けていて不在なので、マルカスは諦めて、自分の部屋に戻った。
*
――ドンドンッ!
その日の夜、玄関のドアが激しく叩かれた。そこに居たのは息を切らした配達の鳥のハンだった。アライブは全員を呼び出し、ハンに話を聞いた。
「大変だヨ! 聖輝の八賢、つまり王国幹部の地位に国王の息子が就くことになったヨ!」
「……! なんだと」
この国では、国王は政治に不干渉でなければならないという決まりがある。しかし、自分の息子を幹部職に置いたという事は、裏から操作できるという事だ。国王がなぜこの行動に出たのかは分からないが、もしかすると、森の五賢が国王を操っているかもしれない、と言うのがアライブの見解だ。恐らくここにいる全員がそう思っているだろう。
「それと、国から召集令状が届いたヨ」
そう言い、真っ白な紙を渡してきた。マルカスは、何も書かれていない……と思ったが、アライブの手に渡ると、彼の指にはめていた指輪が光り、少しずつ文字が浮かび上がってきた。
「……確かに本物だ」
内容は、辺境防衛騎士団で敵国であるトイランの鉱山を攻撃し、占領するというものだった。それまでの俺たちの仕事は近衛騎士団が受け持つ、と書いてあるが、まだ下級騎士も派遣されていないのに信用できるものか。一体何を考えているのか、さっぱり分からない。
「一体何がしたいんだ……?」
「噂では国王はトイランに脅迫されてるみたいだヨ。真実は分からないけどネ」
「とにかく明日王都に行ってみるよ。何か分かるかも知れない」
ハンはそれじゃあ、と手を挙げて去って行った。慌てていたので、これから別の場所にも行くのだろうか。
*
ハンが帰った後、作戦会議が行われた。王都に向かい、情報収集するのはアライブ、マルカス、エル、キッチルの4人だ。リベンは……今は忘れよう。そして案の定アカは行きたいと駄々をこねていたが、迷子になられると困るのでアオにアカを説得するよう頼んだ。ライセングは屋敷を守ると言って行かなかった。多分アカとアオが心配だからだろう。レフライオには聞かなかった。行かないと、断られるのが目に見えていたから。そして少し、行動の確認をして各自の部屋に戻った。
マルカスは部屋に戻ると、明日の荷物を整理し始めた。もちろんクウォーテも持っていく。クウォーテはいつも通り、少し暗かった。
一通り整理すると、明日は早いので、すぐにベッドに横になった。誰に言うわけでもなく、おやすみ、と呟き、目を瞑った。
結局マルカスのクウォーテは誰にも気が付かれないまま、ヒビは消えていた。この時、もうすでに全て歯車が動き出したことに誰も気が付いていなかった。