第34話「戦う意思」
少しばかり顔を出した太陽が赤く照らす街を駆ける二人の姿があった。
「ちょっと、アライブ、待って……」
短い赤髪をバサバサと無造作に頭を振って整えているエルの姿があった。
エルは、
「ちょっと、もうちょっと待って……」
「いいけど、早くしねぇと逃げられちまうぜ。無理なら引き返しても……」
「大丈夫、大丈夫だから、よし、行こう」
アライブはエルが走り出すのを見ると、その後ろを付いて行った。女の子に前を走らせるなんて男としてどうなのかとは思ったが、置いて行ってしまうよりマシだ。
アライブは、何か喋ろうとしたが、特に聞きたいこともなく、黙っていた方が無駄な労力を割かずに済むと考え、口をつぐんだ。
と、そんな考えはすぐに打ち砕かれ、エルが後ろを向かずに話し出した。
「そういえば、マルカスどうなったの?」
「いや、キッチルに引き渡した。死んでは無いっぽいし、大丈夫だろ」
「そっか、なら良かった」
一瞬振り向いた顔に笑顔が見えたのは、この眩しい太陽のせいだろうか。
アライブは密かに、この分け隔てなく誰にでも笑顔を振りまく女の子が、「普通」に過ごせた未来を想像していた。
養成所では男子女子に人気があって、将来は何でもいいな、美人看護師、野菜やお肉の売り子、図書館の司書さん。そんな未来があったなら。そんな未来を見せられることが出来たら。
アライブは自分の夢も思った。将来は父さんの鉱山業継いで、いつかはこの街の炭鉱王になって、この街を豊かにしてやろうという夢。
しかし、今はそんな夢は見られなくなった。いや、正確には目を逸らした。夢から逃げた。
何をしても無駄な努力、変わらない現実。やっと自分の無力さに気付かされたのは、ついこの間だ。俺は、辺境防衛騎士団団長アライブでいないといけない事実を知ったのもこの間。
アライブは、自分の胸に付いている金色の紋章を見た。団長に就任した際、近衛騎士団元団長サークに貰ったものだった。彼がどんな思いでこれを手渡したのかは分からない。しかし、少なくとも俺は、誰かに頼られるという感覚を始めて得た気がした瞬間だった。
決して楽しい任務ではない。他人を傷つけ自分を守る、極悪非道と言えばそうだ。しかし、それが、この世に生を保つことを許された者達の、せめてもの悪足掻きだと、そう思う。
だから……
「アライブ、前方から敵陣! 準備して!」
「分かった!」
エルの声でやっと我に帰った。今はそんな事を考えている場合ではない。アライブは両手に力を込めた。両手には真っ赤に燃え上がる炎が勢いを増していた。
「ねぇアライブ」
突然足を止めて横に並ぶエル。
「なに?」
「この感じ、懐かしいね」
アライブはなにも答えなかった。その代わり、拳を横に突き出して、
「死にそうな時は?」
「仲間を捨ててでも逃げること!」
二人は拳をちょんと合わせると、前を向き直し、大地を蹴った。
その背中は、いつの日か天童と呼ばれたコンビによく似ていた。
*
訳の分からないまま、真っ白な壁の大きな部屋に連れて来られた。窓は天井に四つ、扉は前方後方の二つのみ。部屋内には、同い年くらいの小さな子供達の泣き声や、声にならない呻き声、聞こえはしないが全てを悟り、絶望する声も聞き取れた。
マルカスは、さっぱり理解していなかった。あの時、父さんに家にいろと指示され従っていたが、家が崩壊し、さらにその壊れた家に炎をつけられ、ここで死ぬんだと、幼いなりに悟った。
しかし、そんな予想を裏切り、自分は地面に足の裏を付けている。
父さんから、男は涙を流してはいけない、そう言い聞かされていた。だからなのか、それともちゃんと状況を理解していないのか分からないが、涙は出なかった。
そして、その日を境に、俺たちは酷い蹴落とし合いを始めた。
午前中は、机に座って筆記任務。午後からは実際に対人戦をやるというハードな日程を組まれた。
中には人に技をぶつけたことのない子も居た。しかし、ここへ来て甘えることは出来ない。
なぜ俺たちはこんな事をしているのかというと、日々の訓練の成果を見せる本戦が月一であった。そこで、優秀な成績を収めることができれば、騎士団として職につける、という訳だ。実際、この後の将来は全く見えなかった。それは皆同じだろう。だから必死に、相手が戦意を喪失するまでやり続けた。
今思えば、それは精神を狂わせる為の訓練だったのだと気がついた。
実際、マルカスは能力は全くなく、ただ唯一の救いは、近くの山を遊び場にしていて身体能力は高かったというだけだ。
そして、マルカスは能力を使う相手にも怯まず拳で殴りに行った。剣を握り始めたのはその後なのだが、それまでは何か道具を使うなど頭になかったので、何度も素手で蹴落とし合いに参戦した。その精神を買われたのか何なのか分からないが、自分達のグループで始めて騎士団に抜擢された。配属は本部。どこでも良かったと言うのは落選した人達に申し訳ないが、本心だった。
マルカスは久し振りに持つ長剣を眺めながら、ふと昔の出来事を思い出していた。剣には今年で成人を迎える自分が写っていた。少しは変わった、だろうか。
マルカスは剣を鞘に納めると、屋根の上を走り出した。きっとアライブ達は右側に行くだろうと予測し、マルカスも右側を目指して屋根を蹴る。
少し進むと、予測通り少しばかり死体が見えた。きっとアライブかエルがどちらかがやったのだろう。こんな場所で地に這うような人達ではないことは随分と前に知っている。
マルカスは、行く場所で狙撃兵を適当に射ち殺し、歩みを進めた。
道具を使うのはかなり得意な方で、弓の腕もそこそこある方だと思う。が、やはり不便だ。矢の残りは四本。回数制限というのは厄介で、使うことに臆病になる。特に、俺みたいな小心者には効果抜群だ。
と、しょうもない事を考えていると、
ドゴォォン
と、建物が崩れる音が聞こえはじめた。
マルカスはすぐさま音の轟く方へ走り出した。
が、すぐに異様な感覚に囚われる。
この風景はさっきも見た。
少し瓦の剥げた屋根の八百屋、その下に狙撃兵の死体が転がっている。
マルカスは背筋に冷や汗をかいているのを感じた。
そうだ、この感覚は一度感じている。
「道中の迷いの森……」
マルカスは思わず呟いた。
どこかに術者があるはずだ。マルカスは辺りを徹底的に見回したが誰も居ない。
こうして上に居ても仕方がないと考え、一度下に降りてみて驚いた。今度は上で見ていた風景と変わっていた。
マルカスは焦燥感に駆られていた。
その時だった。
「やぁ、マルカス君」
背後から聞こえた呑気な声は、少し高く、幼く聞こえた。
「かなり焦っているね〜、まぁ、そんなことより、少しボクと遊ぼうよ、ね?」
マルカスはゆっくりと後ろを振り返った。しかし、声の主は居ない。
「どこ向いてるのさ、ボクはこっちだ」
声がしたのはマルカスのすぐ右だった。
マルカスは左側に跳びのき、すぐさま長剣を抜いた。
マルカスの目に映る男は、目に光を宿さず、ただケタケタ笑う気味の悪い人形にすら見えた。
「あんた誰だよ。悪いがお前に構う時間なんて」
「ぼぉーくは、森の五賢、カルロス・マイザー、です! よろしくねっ!」
静かな街中に、ケタケタという笑い声が響き渡った。




