第31話「精霊の覚醒」
薄ぼんやりと光が見えてきた。真っ白の天井。まだ、死んでいないのだろうか……。
マルカスはゆっくりと耳に音が入ってくる感覚がした。騒がしい、焦りと怒りと悲しみと、様々な思いを乗せた音が、マルカスの耳に飛び込んでくる。
マルカスは身体を動かそうとしたが、右の横腹に痛みが走ってうまく起き上がれない。思うように声も出ないので、近くの救護員に気付かれるまでかなり時間がかかった。
「生きていて良かった……」
救護員は、そう呟くと、優しく笑って身体を起こしてくれた。女の人だったが、簡単に持ち上げてしまった。
「ありがとう……もう大丈夫だ」
マルカスが笑うと、救護員は一礼してテントを出ていった。
外では次々と運ばれてくる負傷者に忙しなく対応していた。
すると、マルカスの目の前に見覚えのある大柄の男が現れた。
「よぉ、マルカス。てっきり死んじまったのかと思ったぜ」
そう言いながらテントに入ってきた男の名はレフライオ。マルカスが屋敷で一番苦手としている人物だ。
「あぁ、今回は助けられた。ありがとう」
レフライオはそのままマルカスの横に座った。その横顔は、いつになく焦燥に満ちていた。
「なぁレフライオ。誰がここまで運んでくれたんだ?」
「そりゃ、〈死体運び〉が担いできたよ。流石の俺も驚いたが……」
レフライオは、テントの外を眺めながら呟いた。
「ライセングが、瀕死だ」
マルカスは驚き、口をパクパクさせるだけで喉から何も出てこない。レフライオは続ける。
「敵を一掃したところに幹部格が出てきたんだとよ。エルがぼろぼろになりながらアオとライセングを連れ帰ってきたよ。心配するな、死んだわけじゃない」
そういうと、レフライオは立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
レフライオは振り返った。その目には怒りの色が見えていた。
「アオとエルは無事なんだよな?」
レフライオは休憩室を指差した。
「あそこで休んでる。俺は新しい負傷者が出たから行かなきゃならん。お前ももう少し休んでな」
そういうと、レフライオはテントから出ていった。
マルカスはレフライオが出ていった後、少し身体を動かして、周りを見渡してみた。
無数のテントに、大量の救護員、むせ返るような薬の匂い。そして、真っ白な布に包まれた人型の塊。おそらく死んでしまったのだろう。できれば、知り合いはいないで欲しいと願った自分が嫌になった。
テントの正面奥では、次々と負傷者が運ばれてくる。自陣の残機は一体幾つだろう。遠くに見える、街の燃える光を見つめながらそう思った。あそこではあと何個の命が、その炎を燃やし続けているのだろうか。あと何個の命の炎を消せば、この戦いは終わるのだろう。
この景色をどれくらい見ていたのだろうか。
突然、心臓を鷲掴みにされるような激しい痛みが襲ってきた。息も出来ないような痛みに呻いていると、脳内に声が響いた。
「遂にその時がきたわ」
(その時ってなんだよ……)
マルカスは痛みがすぅっと引いていくのを感じた。身体のあちこちに汗をかいていた。まだ呼吸が苦しい。しかし、声は続ける。
「やっと外に出られるわ。早く、血が吸いたいわね!」
その声とともに、左側にさしていた「売れない短剣」が青白く光り始めた。
「月が沈むまでがタイムリミット、それまでに片付けましょう?二人でね」
声が終わると、身体の痛みが全て消え、消耗した体力も元に戻っていた。
そして、月はもう目の前の山の頂上に触れていた。
迷っている暇は無かった。何が起こるのか分からなかったが、それは足を止める理由ではない。
マルカスは左の短剣を握ると、街に向けて走り出した。恐ろしく身が軽く感じた。今なら飛べるかもしれない。
マルカスは救護班のある山の崖の端を思い切り蹴って飛び出した。後ろではマルカスの名を呼ぶレフライオがいた。しかし、マルカスにはどうでも良かった。早くこの戦いを終わらせたかった。
白い光を放つ月を持つ夜空と、真っ赤な炎を纏った街の狭間を青白い一筋の光が流れていく。人々は目を奪われ、じっと見つめていた。
その光の筋はゆっくりと街に降り立った。
マルカスは、何もかも不思議なくらいに強くなった身体を見回した。特に変わった点は無い。しかし、今は力に満ち溢れていた。
街の敵は、一斉にマルカスに集まり始めた。
しかし、マルカスは短剣を抜くと、たった一振りするだけで数百人の兵士を切り裂いた。凄まじい威力を放った短剣は、一瞬光を失ったが、また光り出した。
(なるほど、少し待たなければ振れないのか……)
マルカスは前を向きなおした。今度は大量の矢が飛んできた。が、マルカスはそれを避け、一番近くに飛んできた矢を走りながら掴み、持ち直すと、身体を弓のようにしならせて撃ち返した。その矢は見えないぐらいのスピードで真っ直ぐ飛んでいった。そして、弓隊の隊長でありそうな人物の脳天を撃ち抜いたのだ。
マルカスは、自分の圧倒的な強さに酔っていた。次々と敵をなぎ倒して進む完全無欠の無敵だった。
しかし、身体が焼けるように痛かった。覚醒した反動だろうか、皮膚がぼろぼろになっていた。だが、マルカスは止まらなかった。ここで諦めれば負ける。沢山の人が死ぬ。
横腹の傷がパックリ口を開いても、血が吹き出してきても、全く気に留めなかった。
大将の首を取れば勝ちだ。実に単純である。それまで身体が保てば良い、そう思っていた。
街を上から眺めていたレフライオは目を見開いていた。マルカスが歩くと、砂埃が上がる。ありえない速さで敵陣を割っていく。それに連れられるように、自陣の戦闘員も追っていた。
レフライオはいつか聴いた昔話を思い出した。
壊れかけの剣を携えた少年あり
満月が山に消える直前の数刻
剣は少年に力を与えた
剣に宿る精霊の覚醒である
もしかするとこのことを言っているのではないかと思ったが、一つ疑問があった。
それは、前回とは発動条件が違っているのだ。前は怒りの感情を吸収して発動した。一体何が発動条件なのだろうか。全く分からない。分からないが、言えることもある。
それは、意識が飲まれている事だ。
あれはマルカスだけの感情で動いていない。おそらく、半分精霊に飲まれている。つまり、非常に危険な状態であるという事だ。精霊に飲まれるという事は破滅を意味する。争いを好む精霊は血が好物であり、人に取り憑き、人を殺すこともある。精霊が所有者に注ぐ力が、所有者の器を超えた瞬間、身体は弾ける。身体が弾けてしまうと、流石のレフライオでも再生は不可能である。
レフライオは、厳しい目付きで街を見下ろしていた。




