第29話「四面楚歌」
アライブとアカを探し回ってどれくらいが経っただろうか……。気が付けば他のメンバーともバラバラになってしまった。これではリーダー失格だ。
ライセングは天を仰いだ。
「ダメだ……見つからねぇ」
漏れるのはこの言葉だけ。もっと探し出す良いアイデアが見つかれば良いのに。
ライセングは、少し疲れを感じている足を両手で叩いて奮え立たせた。
そしてライセングが立ち上がろうとした時、後ろから何かの気配がした。
ライセングは眼を凝らしてみたが、なにせこの暗闇、満月と言えど建物の影は濃く、ライセングとアオを闇に包み込んでいる。
すると、その気配がこちらに向かって来た。ライセングはアオを物陰に隠し、戦闘態勢を作る。普段なら、もう相手は見えてもいい距離、しかし暗闇のせいで、少ししか前が見えない。
「そこにいるのは誰だ」
ライセングは暗闇の気配へ尋ねる。
しかし、返事は無い。
その時だった。ライセングが一瞬目を逸らしたタイミングで、何か鋭い物が正面から飛び出した。
ライセングは咄嗟に全身の力を抜いて屈んだ。頭の上を何かが風を切って飛んでいく音がした。
そしてついに暗闇の中から人が出てきた。背はそこまで高くはないが、体つきは亜人種であるライセングに劣らない。手には両刃の短剣を握っている。
「何者だ、貴様」
ライセングは再び問い掛けたが、帰ってきたのは鋭い剣の先。ライセングはすんでのところで身を反り回避した。ライセングは思ってもみないスピードで剣が繰り出されるのをみて少し怯んでしまった。
それを相手は見逃さなかった。ライセングが怯むのを見ると、さっと剣を前に突き出し、ライセングが払いのけるのを予測していたかのように、左手でライセングの腹に拳を撃ち込んだ。
ライセングは、腹に拳を食らった瞬間に反撃しようとわざと逆利き手で剣を払ったが、相手がとても身軽で、急所を外すように上手く避けられてしまった。一応当たってはいるが、そこまで効果はないだろう。
二人は再び間を取るように後ずさりした。そして、ゆっくりと円を描くように相手に近付いていく。ライセングには、この瞬間に、自分の中の闘争心が燃え上がるのを感じた。相手の剣が突き出されるが、身に染み付いた動き、頭で考えなくてももう出来ていた。相手の剣を躱すと、相手の剣を持つ手を掴み、引っ張った。そして相手の重心を崩し、顔面に思い切り拳を打ち込んだ。そしてよろける相手の腹に蹴りを入れると、派手に転がって、動かなくなった。
ライセングは警戒しながらも、地面で呻き這いつくばっている相手に近づいた。暗くてよく見えなかったが、背中の服に縫い付けてある紋章はおそらくトイランの紋章であろう。
と、ライセングは転がっている相手の口から漏れた笑い声に嫌な冷や汗をかいた。
つい闘いに集中しすぎ、周辺を完全に囲まれているのに気が付かなかった。気配を感じられるだけで十数人、恐らくもう少し多いはずだ。
すると足元で転がっている相手が、突然口を開いた。
「拳闘士ライセング、ここでおしまいだよ。残念だな、もう少し骨のある奴だと思っていたのだが……」
笑い声は聞こえるのだが、この敵は全面白という面を被っていて表情が分からない。ますます不気味である。
ライセングはアオのいる位置を確認すると、敵の言葉を無視し、アオの元へ走った。逃げるには上しかなさそうだった。
「アオ、俺にしっかり掴まっていてくれ、一気に壁を駆け登る。そしたらアオは近くにいる仲間の元まで走ってくれ」
ライセングの顔には焦りの色がみえた。アオはコクリと頷くと、サッとライセングの背中にしがみついた。
そして、ライセングは細い路地に走り込むと、左右の壁を交互に蹴り、建物の屋根まで駆け上がった。そして、近くの大通りまで出るとアオを降ろし、救護班のいる基地まで走るように指示をし、キッチル特製の「護りの札」を持たせた。とりあえず、襲われても数回の攻撃は回避できる。頭の良いアオなら切り抜けてくれるはずだ。
ライセングはアオの頼りなく走る後ろ姿を見送ると、先ほどの屋根に再び登って、敵陣の真ん中に飛び降りた。
凹凸のない、真っ白な面を被った敵達が自分を見る仕草をした。ざっと二十人ほどだろうか。足元ではまだ転がっている敵の口角が上がっていた。
「最高だよ、ライセング。見せてくれよ、化け物と呼ばれたお前の本能をさ」
「……。昔とは違う。俺は俺で、化け物ではない。ただ、仲間を守るだけだ」
ライセングは言うなり、傾きはじめている満月を見て、雄叫びをあげた。全身に力が湧いてくる。全身の細胞が共鳴している。闘いたい、闘いたい、と。
ライセングは足元で転がっている敵の頭を思い切り蹴り飛ばした瞬間、周りにいた敵が一気に押し寄せてきた。敵の凄まじい殺気には心が躍るような快感を覚えた。
ライセングの身体は一回りも大きくなり、拳を突き出すと正面の敵の面を粉々に砕いていた。
*
本拠地として、占領した山から吹き下ろす冷たい風が、マルカスの前髪をふわりと遊んだ。
まるで戦場に居ない、ただただ平和な夜の町にあるような感覚になっていた。
アライブとはぐれてからどれくらい経ったろう。人の温かみとはこんなにも重要なのか。マルカスは、身体が闇と静寂に飲み込まれてしまいそうで、気持ちが悪かった。
すると、正面に月の光に照らされて輝く人影を見つけた。その輝きはまるで宝石のようで、マルカスは駆け出していた。
マルカスは近くまで行くと、腰の左側に刺さっている短剣の柄を軽く触りながら声を掛けてみた。
すると、輝く人影はゆっくりとこちらを向いた。
マルカスは全身の毛が逆立つのを感じた。なぜならその人の顔には、凹凸も穴もないただ真っ白な面が被されていたからだ。
「……神に選ばれし子供、マルカス……」
突然輝く人はピクリとも動かず、無機質な音を発した。
マルカスは、怖くて身体が動かない。
すると、人影はすぅっと滑らかな動きで手に持っていた短剣を構えた。この構え方はトイラン式に似ている。
マルカスもまた、さっと柄を握っていた手に力を込めて引き抜いた。新しく買った短剣だ。空気を切るようにマルカスの鼻先まで持ってこられ、構えた。
しかし、相手はまるで動こうとしない。どうやらトイラン式とは少し違うようだ。トイラン式なら先に動いて、相手のカウンターを予測し、カウンターで返すという攻撃的な動きをみせる。
マルカスは、自分が使える最大限の風魔法を使い、相手の重心を少し後ろに倒した。その瞬間、マルカスは相手の胸元に飛び込み、短剣を突き出した。しかし、相手はマルカスの剣を弾くと、剣を持っていない左手でマルカスの脇腹を殴った。
マルカスは咄嗟の判断で急所を外す事に成功したが、激痛が走った。剣術には自信のあるマルカスだが、武術には素人だ。受け身をとれず、全身を地面に叩きつけた。遠のく意識をギリギリで保って、すぐに立ち上がり、飛び出すと、相手の正面に入り、相手が前で剣を構えたのを見ると、一瞬で相手の横をすり抜け、相手の太ももを切り裂いた。何かに当たった感触があった。相当深い傷になったはずだ。
マルカスは、敵に向き直すと、もう一度、今度は反対側の足を狙って飛び込んだ。相手はまだこちらを向いていない。姿勢を低くして、太ももを狙った瞬間、剣が光った。後ろ向きで、見えていないはずの相手の剣が、マルカスの攻撃を受けていて、剣と剣がぶつかり合う時に出る火花だった。マルカスはそのままの勢いで駆け抜け、もう一度、向き直った。驚きの色を隠すように、表情を変えないように意識した。しかし、それは一瞬で崩れ去った。
相手は、ハガ式殺人剣舞の構えを見せていた。人を殺すためだけに、完全に無駄を省いた剣術だ。その剣捌きがまるで舞を踊っているかのように見えるために剣舞などと付けられている。
この術を使えるのは、ハガ族と言われるトイラン史上最強の武人族だけだ。
マルカスは全身から汗が噴き出すのさえ感じないほど、恐怖に陥っていた。




