第18話「時の回路」
目が覚めるとベッドで横になっていた。
「あれ……俺確か……」
横ではキッチルが申し訳なさそうに座っていた。
キッチルはこちらに気がつくと慌てて立ち上がり、目を合わせず話し出した。
「あの……ごめんなさい。つい好奇心でハープを演奏してしまいました……」
「ハープ?」
マルカスがこう聞くと、キッチルは後ろに隠していた銀色のハープを見せてきた。
「これです……実はこれクウォーテなんです」
「それがどうかしたの?」
彼女は目を右左と動かした後小さな声で言った。
「……人に……悪魔を見せるんです」
「ええ! じゃあ俺が見ていたのって夢だったのか……」
マルカスはホッとした。もしあれが現実だった、なんて想像するだけで身体が震える。
「本当にごめんなさい!」
彼女は何度も頭を下げて謝っている。しかも今にも泣きそうな顔で。
「ごめんなさい!」
「いや、そこまで謝らなくても……」
「でも、このクウォーテは低確率で正夢を見せる事があるんです……」
「……まさか」
マルカスは冗談だと思い、笑ったが、キッチルの顔は笑ってはいなかった。
「いや……嘘だよな?」
「いえ、アライブで実験したので確実です」
マルカスは首を横に振る。
「まさか、そんなはずが」
「一体どんな夢を?」
「いや、ちょっとな……」
――もし本当だとしたら? 俺はあの平面に閉じ込められるのか。いや、待て。エルは俺を見て「似ている」と言ったはずだ。俺が何かに変わる……?
「あの、顔色が良くないようです……」
「あぁ、問題無い。ところで今はいつだ?」
「? 今日は私たちが帰ってきた次の日ですよ? やっぱり何かあったのですか?」
「いや、ありがとう」
その後キッチルは頭を何度も下げて、部屋を後にした。
それにしても不気味な話だ。彼は手元の「売れない短剣」を見る。
「お前の正体が分かったから大変なんだよ」
そう呟き、持ち上げて顔に近づけて見た。
前までは興味が無かったため、あまり気にしなかったが、この剣にはどうやら名前が彫ってあるようだ。
「いつかの……英雄とかのかな……」
マルカスは少し心を躍らせた。もしかしたら、俺もここに書かれるんじゃないか、と。
しかし、マルカスはある事に気がつく。この名前、歴代の騎士団団長ではないか。
そして、寒気がした。なぜなら……
騎士団団長は全員戦死した
からである。
騎士団団長は戦争で戦うことはない。なぜなら団長は騎士団の脳の部分であり、司令塔である。その団長を失くすわけにはいかないからだ。
「でも実際は全員戦死している。まさか……」
マルカスは「売れない短剣」を元の位置に戻した。そして、横に転がった。
見れるなら見ていたい未来が、恐ろしいものだとは知りたくなかった。いや、まだ未来なら変えられるかもしれない。
ついこの間、自分を変えると誓ったのだ。こんなところで元に戻るわけにはいかない。絶対に、みんなで笑う未来を勝ち得るために。
マルカスは考えすぎて少しお腹が空いてしまったので、食堂で適当に何か食べようと思ったが、食堂の鍵は閉められていた。
「マルカス?」
不意に後ろから声を掛けられたので、反射的に腰に手を当てて、剣を抜くポーズをしていた。
「なんだよ……エルか」
「鍵なら今日の朝から閉まってるのよ。誰がやったのか分からないけど困ったのよね〜」
マルカスはそんなことより、エルの格好が気になった。
「ところで、なんで戦闘服着てるの?」
「へ? 何言ってるのマルカス。明日から西城遠征じゃない。だからもう行くのよ?」
「ちょっと待ってよ! 今日はいつだ?」
「どうしたの? 今日は騎士団長様就任式よ?」
何かがおかしい。西城遠征は三年前だ。俺の記憶が正しければ、だが。
マルカスは慌てて二階の端の部屋に向かう。
「ちょっと待ってよマルカス!」
エルも慌てて付いてきた。
マルカスは二階の端の部屋に着くなり扉を勢いよく開けた。
そこには綺麗に並んだ本、服、そして魔石。
「……なんでフレイアが居るんだよ……」
「あらぁ、マルカスちゃんたら変なこと言い出すのねぇ」
濃いメイクをして、ニヤリと笑う男は、辺境騎士団副団長、フレイアだ。彼は三年前に失踪してから未だに見つかっていないはず……なのにどうして?
マルカスは混乱した。ありえない。時間が逆戻りしている。どうなってやがるんだ。
「そうだフレイア……お前は……」
行くんじゃない、そう言いたかったのに、喉から声が出ない。いや、正確には喉が無かった。それから、足が消えて、身体が床に押し付けられる。手で立ち上がるも、次に手が消えた。そして、身体。最後に頭が消えた。伝えたかったのに……
――マルカスが目を開けると、屋敷の全員がこちらを見ていた。この匂い、レフライオの部屋か。
「どうだった?」
「だめだった。俺が時間を使い過ぎた」
「だめか……」
そう言って全員がため息をついた。
「あぁ、そうだ。キッチルの持ってるハープ。あれな。人に悪夢を見せるクウォーテなんだってさ。夢の君が言ってたよ」
マルカスが伝えるとキッチルは驚いた顔をしてした。
「な、なんでハープの存在を?」
「だから、夢の君が……言ってたんだ」
「マルカスさんはもしかして少し未来も見えたのですか?」
「ちょっとだけだよ」
そう答えると、キッチルはため息をついた。
「結局だめでしたね」
実は、今度行く鉱山の近くはフレイアが失踪した現場の近くなのだ。なので、もしかしたら何か手がかりがあるのではないかと期待していた。
そして、その前に、どこへ向かったのか尻尾を捕まえたかったのだが、失敗に終わった。作戦としては、キッチルの持っている「時の手鏡」と呼ばれる貴重なクウォーテを使って自分の記憶の世界に入り込む。そして、フレイアの行き先を突き止めようとしたのだ。
「にしても……入り込んだら、入る前の数時間分の記憶が無くなるのは不便だな。俺は気が付いた時はもう遅過ぎたよ」
マルカスが言うと、アライブもうんうんと頷いていた。
「実は俺も気がつくのが遅くてよ、間に合わなかったなぁ」
どうやらこの様子だと全員同じようだ。
と、そこへ玄関の来客を知らせるチャイムが鳴った。
「こんな時に誰だろう……」
いつも通り、エルが玄関に向かった。残った他のメンバーで予想したが、全く分からなかった。
と、エルが慌てて帰ってきた。
「どうかしたのか?」
「ちょっとみんな来て!」
「なんで?」
エルは強引にアライブの手を掴み玄関に引っ張って行く。
玄関には、白い歯をニッと見せて笑う青年が立っていた……




