第16話「勇者の帰還」
マルカスが屋敷に戻ってきてから初めての朝がやってきた。
「起きたかマルカス」
ライセングが部屋にやってきた。昨日は出掛けていて、会わなかった。もともと、会う予定ではなかったのだが……
「あぁ、起きてる」
「お前がやった事はハンから聞いたよ。良くやってくれたね」
「……あぁ」
マルカスは少し複雑な気持ちだった。森の五賢であるウノを倒したのは嬉しいのだが、また自分の事しか考えられず、仲間に怪我をさせてしまったことは、前の自分に戻ってしまったからだ。
「そうだ、今日の朝食は俺が作ったんだ。良かったら食べに来いよ」
ライセングはそう言うと、部屋を出ていった。
が、マルカスはそれどころではなかった。早くこの「売れない短剣」の真相を突き止めなければいけない。一体これは何なのか。そしてもう一つ、この事態に、「神に選ばれた子供」は関係しているのだろうか。
なにもかも分からない事ばかりだ。
そういえば、この屋敷に初めてきた時もこんな感情だった。なにも分からないまま、言われるがまま過ごしてきた。一人じゃ何もできないくせに、無駄に強がって、それで自分勝手な行動をして、迷惑をかけた。思い出せば、いつも周りには仲間が居て、いつも笑顔で話してくれて、いつも、いつも……
気が付けば涙を流していた。今更、仲間の大切さに気がついた。
また、前みたいに全員で笑って過ごせるように戻ればいいと、心の底から思った。
マルカスは、無意識のうちに食堂に向かっていた。そこには先に居たライセング、アカとアオ、それと珍しくレフライオ。皆がマルカスを見て、笑顔で叫ぶのだ。
「「「「おかえりなさい!」」」」
マルカスは、照れくさかったが、嬉しかった。今ぐらいは、全て忘れてもいいだろうか。
彼は席に着くと、ライセングが作った朝食を頬張った。お世辞にも美味しいとは言えない料理だったが、今はそれが懐かしく、戻ってこれたのだと、実感させてくれるのであった。
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「アライブ……起きなくていいよ」
瀕死の重体を負ったアライブだったが、流石は伝説の医者リデレクによって一命を取り留めた。そして、運良く彼がハーフだったため、回復能力に心配は無さそうだった。
「エル……キッチル……すまなかった」
「何言ってるの! アライブのお陰で街も、人も無事だったんだよ」
「でも結局……」
アライブが言いかけた時、キッチルが彼の胸ぐらを掴んだ。
「あんたが弱気でどうするの! これから辺境騎士団を引っ張っていくあんたが!」
キッチルはハッとして慌てて手を離したが、目は真剣だった。
「はは……そうだな」
「これから遠征もあるのに、指揮をとる団長が弱気じゃ負けちゃうよ」
キッチルの言うことは最もだった。これから鉱山遠征がある。俺は団長だ。こんな事で弱気になってたんじゃ務まらない。でも……
「でも……みんなが頼もしくなって、みんなと居るのが楽しくなって、でも反対にそれだけ不安が募っていくんだよ。この当たり前だった世界が、壊されるんじゃないかって。それが怖くて……」
「アライブの不安なんて知らない。でも、少なくとも、屋敷の人達はみんなそう思ってる。アライブだけじゃない。私達仲間じゃない。何か悩みがあるなら言えばいいんだよ」
アライブは不覚にも泣いてしまうところだった。でも師匠から教わった。男なら、女の前で涙を流すな、と。
「師匠……ごめん……俺約束守れないや……」
アライブは目を押さえん、上を向いた。せめて、この涙を零さないように。
「アライブ……」
エルまで泣きそうになっていた。彼女も彼女で色々あったのだ。
キッチルは二人を見ながら、懐かしい感覚になった。彼らは昔、二人でコンビを組んで特殊戦闘員として最前線で活躍する新進気鋭の騎士だったのだ。そして、その後キッチルを含めた三人のグループに変化していった。その時に舞い戻ったように、今回の二人の背中は頼もしかった。どれだけ足を引っ張っても笑っていて、死にそうなのに、弱音の一つも吐かずに必死に足掻いて、生きようとして、そんな二人だったから付いていこうと思った。
「……ちがうよ……」
アライブとエルは同時に顔を上げる。
「普段の二人じゃないよ……」
二人は固まったまま動かない。
「いつも笑ってたアライブとエルが、好きだったんだ。だから、泣かないでほしい。どれだけ苦しくても笑っていられる二人が、その二人じゃないとダメなの」
アライブとエルは顔を見合わせた。そして、笑ったのだ。
「やだなぁキッチルったら〜嬉し泣きだよ嬉し泣き」
エルは笑って答える。アライブは先程までどっちとも取れない泣き方をしていたのに、エルの返事に何度も頷いていた。
「なんだ……心配しちゃったじゃん」
「やっぱりキッチルは敬語じゃない方がかわいいよ!」
嬉しそうに抱きついてくるエルに、いつもの笑顔をしているアライブ。やっぱり、私はこの二人には勝てないや、と改めて実感した。でもそれは、嫉妬ではなくて、憧れだった。いつかこんな風になれたならなぁと思うのであった。
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アライブはその日の内に歩けるまで回復したため、三人は早めに屋敷に帰ることにした。いつまでも居座っていても他の人たちに心配をかけるだけだ、という理由からである。
「リデレクさん、何度も何度もありがとうございました。今度来た時にお礼をさせていただきます」
リデレクは少し笑って、
「今度は元気な顔を見せてくれよ」
と、少し皮肉の混じった言葉を返した。これにはアライブも笑うしかなかった。
それでは、と手を振って病院を後にした。この後はあらかじめ手配していた馬車に乗って帰るのだが……
「アライブ様、エル様、キッチル様」
そこには若そうな、とは言ってもアライブ御一行よりは年上だが、騎士が四人深々と挨拶をしてきた。どうやら近衛騎士団が気を遣って護衛を付けてくれたらしい。
「それで、馬車は三人乗りなんだけど……君達はどうするの?」
「後ろを走って追いつきます」
と、真顔で言われた。それは頼もしい、と、アライブは護衛を任せて、早速屋敷に向けて出発した。
少し行ったところには、見覚えのある更地があった。もう既に瓦礫は撤去され、死体の一つも残ってはいなかった。
守りたかった命に手を合わせ、三人は黙祷を捧げた。その更地が見えなくなるまで。
そこからは細い道をずっと進むだけのつまらない家路だ。相変わらず護衛の四人は表情一つ変えずに付いてきている。
と、ここでエルとキッチルが眠っていることに気がついた。実のところ、アライブも疲れていて眠りたかった。なので完全に護衛の四人に任せることにし、アライブも眠りにつくのだった。
――だんだんと動きがゆっくりになっていく。
「アライブ様、エル様、キッチル様」
一人の護衛の声で起きた。
「もう間も無く屋敷でございます」
そこには見覚えのある屋敷がポツリと立っていた。久し振りに見るそれは、こんなにも汚かったのかと思わせるほど汚れていた。
「四人とも、ここまででいいよ。とても頼もしかった。ありがとう!」
「いえ、任務ですので」
変わらず淡々とした口調で答えていたが、かなり疲れているように見えたので、帰りは馬車を貸してあげた。彼らは少し嬉しそうに屋敷を後にするのであった。
――それでは、帰りますか。
寝ている二人を担ぎ、アライブは大きな木の扉をノックした。すると、中からパタパタと音が聞こえたあと、ガチャリと扉が開けられた。
扉を開けにきたのはアカだった。アカは楽しそうに笑っている。そして、玄関にはライセング、アオ、マルカス。全員元気そうな顔をしていた。
そして、ようやく目覚めたエルとキッチルは、帰ってきたことに気が付いたのか、ハッとした顔をし、アライブから飛び降りた。
それから、全員は顔を見合わせると同時に大きく息を吸い、
「「「「「「「ただいま!」」」」」」」」
その声は大きく響き、レフライオが慌ててやってくるほどであった。




