第15話「終わりの時」
……薬品の匂い……
マルカスは目を覚ました。見覚えのあるカーテン、天井、照明、布団。ここは間違いなく屋敷だった。
「……レフライオ!」
マルカスは身体が動かず、大きな声で叫ぶしか無かった。
そして、すぐに大きな影が近づいてくるのが分かった。レフライオだった。彼はマルカスが目を覚ましたのを見るなり、自分の椅子は戻ってしまった。
「レフライオ! エルは、アライブは、キッチルは無事か!」
レフライオは答えない。
「おい! 聞いてんのか!」
「……今更負け犬に教える情報など無い」
「意味わかんねぇこと言ってないで早く……」
レフライオはこちらを見て、
「……キッチルは無事だ。負け犬をテレポートで飛ばしてきた本人だ。あとの二人は知らん。まだ、帰ってきていない」
彼は淡々とした口調でそう伝えた。
「おい……嘘だろ……おい!」
マルカスはベッドの上で叫んだ。精一杯の力を振り絞って這い上がった。
その時だった。レフライオが立ち上がると、針のようなものを刺してきたのだ。その瞬間、意識が朦朧とし始めた。まさか……麻酔……?
「お……い……」
マルカスはその場に崩れると、再び深い眠りについてしまった……
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時は少し前に戻る。
「アライブ! アライブ! しっかりして!」
アライブは少し笑ってみせたが、もう喋る気力すら無かった。
エルはアライブを背負って、安全な場所に来たのだが、もう持ちそうになかった。エルは再びアライブを担いだが、少し冷たくなっている気がする。
「アライブ! まだ死んじゃだめ!」
アライブからの返事は無かった。エルは必死にリデレクの病院へ走ったが、風が強く吹き、なかなか前に進めない。その時だった。
「エルー!」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえたのだ。声の方を向くと、そこにはキッチルが居たのだ。
「キッチル! お願い、アライブを病院にテレポートさせて!」
「分かった」
キッチルはエルの元に走るとすぐにテレポートの魔法をかけた。アライブは一瞬のうちに消えた。しかしまだ安心できない。
「マルカスが、マルカスがおかしいの!」
「どういうこと?」
「なんだか、あの変な短剣に取り憑かれてるみたいなの……」
エルは遠くを指差した。マルカスが丁度ウノの喉を斬り裂いた瞬間だった。
「マルカス……?」
エルが小さな悲鳴をあげる。キッチルは何が起こっているのか分からないようだった。
しかし、キッチルはあることに気がつく。
「もしかして……上級のクウォーテ……?」
「……なにそれ?」
「クウォーテには階級があって、上にいくと精霊が取り憑いてるんです。たまにその精霊が使用者の身体を乗っ取ると聞いたことがあります……!」
「じゃあ……マルカスは取り憑かれてる?」
「可能性は……」
そして、マルカスは驚きの行動に出たのである。なんと、自分の喉に刃を向けて、そのまま突き刺したのだ。
「マルカス!」
エルは飛び出した。下手をすれば、二人も仲間を失ってしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だ!
エルはマルカスに駆け寄るが、マルカスは反応がない。それどころかほとんど息をしていなかった。
「……キッチル……! お願い、マルカスもテレポートで飛ばして、屋敷に」
「もちろん……!」
キッチルは早速魔法を唱えたが、距離が遠いため、座標の演算に時間がかかっているようだった。その間にも、マルカスの身体は血にまみれていく。
「よし!」
キッチルが手を触れると、一瞬でマルカスの身体は消えた。残った血が痛々しかった。
「キッチル、ありがとう」
「良いですよ。仲間として当たり前です」
少し嬉しかったが、エルの表情は固まったままだった。いつもなら、笑っていられるのかもしれない。
「もしだよ、もし二人が居なくなっちゃったらどうしよう……」
「そんな事ないよ。アライブは伝説の医者リデレクの所に、マルカスはその一番弟子レフライオの所にちゃんと送れた。あの二人なら絶対大丈夫だよ」
「キッチル……」
エルは今にも泣き出しそうだったが、一生懸命堪えていた。でもやっぱり堪えられなかったようだ。一粒の涙が出ると、止まらなくなった。涙が涙を呼んで、連鎖を生んでいた。
「やだ……もう泣かないって決めたのに……」
「よく、頑張ってたよ」
「でも、全部マルカスとアライブのお陰で……本当は、わたしも……うぐっ……みんなを守らなくちゃ……」
「よく頑張ったよ。エルが居なかったらアライブはもう居なかったかもしれない。エルがアライブを運ばなかったら全員居なかったかもしれない。無駄な事はなかったんだよ、いつものエルならそうやって笑ってたんだよ?」
エルは崩れるように泣いた。キッチルは何も言わずにずっとそばにいてくれた。久しぶりに、人の温もりを感じたのだった。
その後、駆けつけた近衛騎士団がウノの死体を回収して行った。しかし、そこにエルとキッチルの姿は無かった。
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ベッドには、身体を起こしたマルカスが居た。そして、怒った顔をして、
「なんで変な嘘ついたんだ、レフライオ」
と、言うが、彼は何も答えない。その代わり、こちらをちらりと見たが、またデスクに戻ってしまった。
「マルカスが大暴れするからいけないんだよー!」
と、アカに言われる。が、返す言葉がない。下手をすれば二人を巻き込んでいたのだ。危うく自分のせいで……
マルカスは悪い想像を振り払った。
と、ここで一つ分からないことがある。それは、自分は何をしていたのか、だ。
突然、何処かから自分を見ていた。まるで自分の身体が自分のものじゃなくなるかのような気分だった。あれは一体何だったのだろうか。マルカスは手元に置いてあった「売れない短剣」を手に取り、眺めて見たが、さっぱり分からなかった。
「エルねーちゃんとキッチルねーちゃんとだんちょーは明日帰ってくるんだってー」
アカは嬉しそうに跳ねて喜んでいる。小さな声でお土産、お土産、と呟いているのがバレバレだ。
「でも本当に無事で良かった」
「流石のあの二人でもマルカスと一緒に死ぬのは嫌だろうし」
レフライオがこちらを向いて、返事をした。彼の顔は、珍しく笑っているように見えた。
三人が帰ってきたら笑顔で出迎えよう、そう心に決め、また深い眠りにつくマルカスだった。




