第三十九話
「ああ・・・わが君さま」
夫君は、あなた様ただ一人。
昔の恋を忘れられず、一瞬とはいえ、あなた様を疑ってしまったわたくしを許して。
袈裟は渡が寝付いたあと、静かにおのれの部屋に戻った。
厨子の一番奥にしまってあった短刀を取り出す。
暗い室内で、刀光だけが冷ややかだった。
来る。盛遠様が夫を殺しにやって来る!
させるものか、ぜったいに。
袈裟は長い黒髪をすべて胸の前へ流した。
ひんやりとすべらかに・・・
かつて美しいと盛遠に言われた黒髪を、彼女は渡のために断ち切った。
おのれの呼吸音が妙に大きく聞こえる。
先程まで頭上にあった満月は、いつの間にかかくれてしまった。
夜闇には魔物が棲みつくと言われているが、今はおのれのほうが物の怪じみている。
そう。
これから人を殺すのだ。
友であり、俺の女を奪った憎い男!
盛遠の心は静かだった。
いや。静かなのだと、狂っているわけではないのだと、思いこんでいただけなのかもしれぬ。
『今夜は夫を一人で寝かせます。あなた様は東の対屋の左から二番目の部屋へ行ってください。そこが夫の部屋でございます』
袈裟、袈裟!
俺のものだ。誰にもわたさない。




