第二十一話 レッスンその二(後)
チーム・ドルフィン公式練習日。僕は、はやめにクラブハウスへとむかった。
レッスンその二のあたらしいフォーメーションと戦術については、ここ一週間で、フィリスとくわしい打ち合わせをすませている。
ただ、あくまで机上プランなので、できるだけはやくじっさいに選手を動かして、こまかい調整をおこなう必要がある。
現在できあがっているプランは、昨夜のうちに各人に転送している。本日は、移行時間を切りつめて二〇分前に集合するように連絡しておいた。むかしのドルフィンなら期待できないが、いまの選手たちのモチベーションなら、きちんと集合してくれることだろう。
定刻の二五分前にクラブハウスに着いた僕は、ドルフィンのロッカールームへとはいる。さすがに、まだだれもきていないようだ。
僕は、テーブルの上に荷物をおいて、なにげなく視線をあげる。そして、その場に硬直する。
「これは……!?」
僕の目の前、壁面全体に、スプレーで字が書いてあった。それに、へたくそで悪意と嘲笑にみちた絵も一緒だ。
それは、ここのところ続けている無重量での練習についてのものだ。とても、口にはできない言葉で、いかに僕たちのダンスがお笑いで、みじめなものかを揶揄している。イラストのほうも、絵心はないが、人をいやな気持ちにさせる才能だけは感じられる。
僕は、あせった。もうすぐ、チームのメンバーたちがやってくる。こんなものを目にしたら、彼らのことだ、また一騒動おこって、たちまちモチベーションを失ってしまうだろう。
だが、すぐにこれを消すことは不可能だ。僕は、みんなにミーティングの中止を伝えるため、ポケットからデータパッドをとりだす。
だが、一息、おそかった。
「うーすっ!」
ガチャガチャと身体につけたアクセサリーの騒々しい音をたてながら、アレッサンドロがはいってくる。よりによって、彼が一番最初にくるなんて――。
「ア、アレッサンドロ! じつは……」
「ああん!?」
彼は、すぐに壁面の落書きに気づく。僕は、ロッカールームに破壊の嵐が吹き荒れることを覚悟した。
だが、アレッサンドロは、無言で落書きを見つめている。彼は、数秒間、そのままたたずむと、こわばった顔でテーブルに座った。
「おっはよう」
明るい声は、シィインだ。今日もばっちりと最先端の化粧をきめている。彼女もまた、落書きに目をとめて棒立ちとなる。
「なに? どーしたの?」
舌っ足らずな口調で、ヴラジスラーヴァがシィインにまとわりつく。一緒にやってきたらしい。
それから後は、続々とメンバーたちが集まってきた。なんと、定刻には、全員、集合してしまう。通常なら、大いに喜ぶべきことだが、今回は、頭がいたい。なぜ、こういうときに限って、きちんと集合するんだろう?
だが、予想に反して、大騒ぎははじまらない。みんなは、かたい表情で一様におしだまり、テーブルについている。シェンやラジュ、ヴラジスラーヴァは、目にいっぱい涙をため、鼻をすすっているが、大泣きはしていない。
僕は、みんなの反応にとまどいながら、座席についた。
「ええっと、その……」
空気が重く苦しい。なにをいえばいいのか、よくわからない。
「なにやってんの。あんたが、うちらを集めたのは、あたらしい戦術について打ち合わせするためでしょ? 時間がもったいないから、さっさとはじめなさいよ!」
ワンダが、ぶすっとしかめっ面をしながら、かたい声でそうつげる。
「もし、カズマが、この下品かつ知能指数が限界点以下の落書きを気にしているのなら、我々のリーダーとしては、もうすこしメンバーを信用することを覚えるべきですね」
ブロニスワフが、冷たい目で僕を見つめる。
「あ、いや、その……」
「こういうのは、まあ、覚悟してましたからねぇ。しょうがないでしょう」
普段は、ほとんど発言しないサイードが、めんどくさそうに話す。
「いつもなら、犯人を見つけて、ボコボコにしてやるところだが、それだと出場停止をくらうしな」
両拳を打ちつけあって、アレッサンドロは、怒りをそらす。
「訓練の成果もでてきている。それに、この奇妙なフォーメーションも戦術もおもしろそう。だから、すべては試合にぶつける。これが、みんなの意見だと思うけど?」
サラフィナが、クールにそういうと、みんなはいっせいにうなずいた。
なんてことだ。一番、チームを信じないといけないリーダーである僕が、もっともふらふらしていたなんて……。
「……よし、わかった。それじゃあ、さっそくミーティングをはじめよう」
僕は、データパッドをとりだすと、みんなに最新のデータを転送する。
「とりあえず適正をテストするために、仮のメンバー組をしてみた。サブリーダーは、ブロニスワフとサラフィナだ。各人は、自分の所属を確かめてくれ。それから――」
僕は、こまかい点について、みなに伝達していく。彼らは、熱心にそれにききいる。
チームがひとつにまとまろうとしている。
僕は、それを確かに感じていた――。




