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第十九話  ふたつの選択肢

「んふ、んふふふ、んふんふ、ふふふふ……」


 青い光につつまれぼうっとかすむ宙港ロビーに、少女の笑い声がひびく。

 僕は、お腹をおさえながら身をおるようにして宙にただようフィリスを、目でおった。

「そんなに笑うようなことかなぁ……」

「い、いや、だって……、み、みんなの、ダ、ダンスが……」


 フィリスの笑いの発作は、なかなかおさまりそうにない。

 僕は、憮然としながら、手にしたデータパッドをポケットにしまう。さっきまでその画面に、録画したチーム・ドルフィンの練習風景を映し、フィリスに見てもらっていたのだ。

 僕としては、きょうからはじめたレッスン1の講評をフィリス先生にいただければ、と思ったのだが……。


「いいよ、もう。好きなだけ笑えよ……」

「す、すまない、謝罪する、しかし、カズマ、すこし、その、映像のインパクトが、つ、強すぎる……」


 彼女は、まだ苦しそうにしている。

 まあ、その反応もしかたがない。十一匹のゴリラが幼児ダンスをおどるような感じで、でたらめに空中を飛びまわっている映像を見たら、だれだって笑うだろう。


「……しかし、う、うん、みんな悪くない。固定概念を取りはらえれば、おそらくカズマよりもずっとはやく無重量での一番効率的な動き方をマスターできる」

「彼らは、ここで生まれ育っているからな。僕より素養があって当然さ……」

「さて、それでは、わたしたちは、実戦のためのレッスンその二にすすむとしよう」

「よろしくお願いします」

「ああ、まかせてくれ」


 フィリスは、にっこりと微笑むと空中で身体をひねって壁をける。僕は、こちらへ飛んできた彼女の腕をとり、慣性を利用して、椅子へと誘導する。


「じつは、カズマ。レッスン二にあたって、ふたつの選択肢がある」

「ふたつ?」

「そうだ……。カズマは、ドルフィンをどんなチームにしたい?」


 となりの椅子に座った僕を、フィリスは、まっすぐに見つめる。その真剣なまなざしは、思わず気圧されるほどのものだ。


「どんなっていわれても……」


 リーダーとして動きはじめたのだって、ここ最近のことなのだ。僕は、すぐにはこたえられなかった。

 そんな僕に、フィリスは、指を一本たててみせる。


「ひとつは、みなでがんばり良いチームになる道。みなが一生懸命練習して、運が味方し、一勝一勝をつみあげる。そういう姿勢をつらぬくかぎり、ドルフィンは、いつか優勝という果実を手にいれる。そして、人々があこがれ、尊敬するようなチームになっていくだろう――」


 歌うかのようにフィリスは、そう告げる。

 彼女の瑠璃色の瞳は、まるでそれ自体が発光しているかのように、薄闇の中でががやいている。


 地球光を背景にして、彼女は、さらにもう一本、指をたてる。


「もうひとつは、優勝すること、ただそれだけを目的としてファウンデーションボールを戦う道。勝つことだけを最優先に、チームを組みあげる。こちらを選ぶならば、ドルフィンは、今期、必ず優勝する。しかし、その勝利に賞賛はない。あるのは、ただ最強であるという事実のみ。その時、ドルフィンは、人々に恐れられ、怨嗟につつまれ、ゲームの歴史は終焉する――」


 それは……。


 それは、まるで予言のように僕にはきこえた。


 青い星のかがやきをまとったフィリスは、どこか、この世のことわりの外の存在のようで……。

 そして、彼女の告げる未来は、古代デルフォイの丘で巫女によってくだされた神託そのままのようで――。


「ええっと……」


 僕は、よくわからないまでも、ふたつの選択肢の内容を検討する。

 そう、このとき、僕にはわかっていなかった。

 彼女の神託の本当の意味など――。


「えっと……勝つために練習するんだから、そのふたつってちがいがあるのかな? どちらも優勝できるようなチームを目指していくんだろ? ゲームの歴史が終焉するってのは、よくわからないけど……」


 僕の質問に、フィリスは、いつものような、ちょっと大人びたすました顔つきにもどる。


「このふたつでは、勝利するための方法論がまるでちがう。だから、このふたつの道は、けっして交わることはない。どうする、カズマ。やはり、ギュンターのベイオウルフに勝って、優勝したいのだろうか?」

「そりゃ、たしかにあいつには勝ちたいし、優勝したい。でも……」


 そう答えながら、僕はなんだかおかしくなった。自然に口許がほころぶ。


 優勝なんて言葉を口にだしているけれど、まだ、ドルフィンは、一勝もあげていないのだ。チームワークはバラバラ、戦術も戦略もなし。僕だって、ようやくリーダーとしてみんなを率いるにはどうしたらいいかを考えはじめたところだ。


 僕らのチームは、ファウンデーションボールというものに真正面から取り組みはじめたばかりだ。そもそも選択肢なんかあるはずがない。


 僕は、いま、そう感じている。


 瑠璃色の瞳が、じっと僕を見つめている。彼女は、答えを待っているようだ。


「どっちかを選ぶってことじゃないけど、まずは、一勝しよう。そのために、みんなとひとつになって、がんばっているんだ。そっから先は、その時のことさ」


 フィリスは、ちいさくかぶりをふる。


「その一勝をえるための最初の一歩から、ふたつの道はわかたれているのだ……」

「なら、まず一勝。そして、つぎの一勝。さらに一勝――」

「ひとつめを選ぶのだな、カズマ?」


 おそろしく真剣な顔で、フィリスは、僕を見つめる。

 その視線が、矢のように僕につきささり、室内に緊張の糸がはりめぐらされる。

 それが、どういう理由によるものか、僕には理解できなかった。


「うん、よろしくお願いいたします。コーチ」


 緊張をやわらげようと、僕は、おどけてそういった。


 フィリスは、無言でこくりとうなずく。

 その時の僕は、まるで彼女のいっていることを理解していなかった。僕は、あたらしい環境にうかれ、いつもの注意力をどこかへおいてきてしまっていたのだ。


 フィリスは、選択といった。


 そう、たしかにそれは、僕にとって、フィリスにとって、いいや、世界にとっての大きな選択であったというのに――。


「……それがいいのかもしれない。たとえ、まどろみの中で一生をすごすとしても、ぬくもりにつつまれ楽しい夢をみつづけることができるのならば、それが、人にとっての一番の幸福なのかもしれないのだから……」


 フィリスの言葉は、つぶやきとなって青くあわい光のなかへと消えていく。


「え? なんだって?」

「……いや、なんでもない」


 彼女は、かぶりをふる。


「さあ、スケジュールに余裕がない。さっそくレッスン二をはじめよう。用意はいいか、カズマ?」

「ああ、ビシバシきたえてくれ、コーチ!」

「ああ、まかせてくれ」


 フィリスは、透明な笑顔で僕にこたえる。


 こうして、神託の時間は終わった。

 ふたつの未来のうちのひとつを僕は選択したのだ。

 それがなにかもわからずに……。


 そう、すくなくとも、この時は――。

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