第十三話 レッスンその一(前)
二重扉になっている宙港ロビーのエアロックをくぐりぬけ、展望室へと漂いながら入っていく。
僕は、いつものように椅子の列の上をとぶと、最前列の背もたれを両手でつかむ。慣性で直進していた身体が、手を支点にしてぐるりと回転する。
両腕を胸にひきつけるようにして速度を殺すと、両足を床のカーペットへ。靴裏のベルクロにより、身体が固定される。
僕は、シートのひとつに目をやる。
いつもならそこには、地球を見つめ、微笑みながらちょこんと座る少女の姿があるはずだった。
「フィリス……?」
だが、その席には、だれも座っていない。僕は、あたりを見まわす。照明の消えた室内。展望窓からさしこむ地球光にてらされ、ずらりと並んだ空席がうかびあがっている。
いつも見慣れているはずの風景が、いまは、なんだか妙に寒々と感じられる。
フィリスは、きょうはまだ来ていないのだろうか?
それとも、なにか来ることができない理由があるのだろうか?
とりあえず、手近な席に座ろうとした、その時――。
「カズマ、こっちだ、こっち!」
フィリスの声が降ってくる。僕は、頭上を見あげた。
僕の上方、七メートルほどの天井部には、こちら側とまったくおなじように、座席が設えられている。もっとも、もともとここは無重量状態なので、どちらが床、天井ということもないのだが。
フィリスは、あちら側の最前列に座って、僕を見おろして(見あげて、かな?)いた。
僕は、椅子の手すりを腕でおす。その反動を利用して上昇。こちらとあちらの中間点をすぎて、頭から、座席へと突っこんでいく。
すこし力の加減をまちがえて椅子に激突しそうになった僕は、あわてて手すりをつかみ、強引に身体を回転させると、靴を床にたたきつけた。靴のベルクロがカーペットをとらえ、僕は、フィリスのすぐ近くに、少々かっこわるくだが、立つことができた。
「や、やあ、フィリス。でも、どうしてきょうは、天井側に座っているんだ――」
僕は、何事もなかったかのようなそぶりで、フィリスに話しかける。
「うん、いまのが、レッスンその一だ」
そんな僕に対して、フィリスは、にこやかな笑みをうかべつつ、指を一本たててみせる。
「え? なにが?」
「きのう、ファウンデーションボールのコツを教えると、そういったはずだ」
「そうだったかな?」
「人の話は、ちゃんときくものだ、カズマ」
彼女は、たてていた指を左右にふる。
なんだかすごく上機嫌な感じで、頬が紅潮している。こういうところは、年相応の可愛らしさなんだけどなぁ……。
「む、なんだが不埒なことを考えているような顔をしてるぞ?」
「気のせいだよ」
「むう……まあいい。さて、問題は、なぜうまく着地することができなかった、という話にもどるが……」
「いや、そんなことはなかった――」
「かなりカッコわるかったぞ?」
「う…………」
こんな小さな女の子に、なんでこういう風につっこまれないといけないのだろうか……。
だいたい、普段僕が学校などで作りあげていたキャラクターというのは、上級生でもうかつには手がだせない孤高の存在、というものであったはずだ。
そう、ロンリー・ウルフ。
それを、この子ときたら――。
「……きいてるのか、カズマ!?」
「あ、ああ、きいているよ」
「宙港ロビーに入ってきたときには、きちんと慣性制御ができていた。なのに、わたしのところへくるときには失敗した。どうしてだろうか?」
「どうしてっていわれても、力の加減をまちがえてしまって……」
「宙港ロビー侵入時のスピードは、毎秒1.25メートル。目測だがな。その後、こちらへきたときは、1.27メートル。ほとんどかわりがない。原因は、力の加減ではない。カズマが、そう思いこんでいるだけだ」
「それじゃあ、なぜ……」
「むこうから離床して中間地点をこえるまで、どういう感じだった?」
「どういうって?」
「飛び上がるつもりで空中にでた?」
「あ、ああ……」
いつの間にか、僕は、真剣にフィリスの言葉に耳をかたむけていた。
「中間地点をすぎたときに、わたしのほうへくるときには、頭から突っこむ感じだっただろう?」
「……うん、たしかに」
「つまり、中間地点をすぎるまでは、上昇。その後は、落下する感覚だった? ちがうか?」
「いや、ちがわない」
たしかに僕は、そういう感覚でいた。そして、椅子にぶつかりそうになって、あわてたのだ。
「だから、これがレッスンその一になる。基本中の基本のはずが、カズマにはできていないこと。つまり――」
なんだかフィリスは、とても楽しそうだ。僕は、それを見ながら、彼女の言葉につづけてしゃべる。
「ここは無重力なのに、僕は、本来あるはずのない上下の感覚にとらわれている、ってこと?」
「むぅっ! わたしがいうつもりだったのだぁ!」
フィリスは、ぷくっと頬をふくらませる。やっぱり、こういうところは、本当に年相応だと再度、思う。




