第四十八章
首都の防衛に回されていたのは、ルーク・ドールマンとカーミラ・サンダルフォン。どちらも旧魔煉軍からの忠臣であり、裏切りなどとは無縁と捉えられていた将。彼らが部下を引き連れ、城から飛び出していった。リーエによる命が、極秘裏にあったと言い残して。
「馬鹿な、そのような命令、私は出していない!アッシュ、動ける兵を連れて、すぐに二人を呼び戻せ!抵抗するならば、斬り捨てても構わん!」
「ち、まだ諦めてなかったのかよ、あのおっさん……。人が考えたプラン、見事に覆してくれやがって。乗りかかった船だ、俺が片付ける。伝令さん、二人が向かった港は確かにアークラの軍港なんですね?」
レイルの問いに、その兵士は頷くだけで答えた。アークラは以前、彼も利用した港であり、すぐ近くには軍港もある。海軍と呼べる数は揃っていないが、その速さは大陸屈指と言われる船団。既に半日近い時間が経っており、場合によっては制止が間に合わない可能性もあった。
「百人、それだけの兵が動ける地形は限られる。最低限の人数で動くならば、その手前で追い付けるかもしれん。となれば、最精鋭で動く方が望ましいのだが……」
アッシュは言葉を止め、周囲を見渡す。ミネルバやジェノス、レイルを始めとして、最大戦力の殆どが疲弊していた。この状態で更に強行軍を強いては、最悪の場合、命にかかわる。
「私も行きます。部下が起こした行動です、その始末は私にも責がある。アッシュ、不在の間は任せる。万が一戻らねば、次王の選定をする覚悟もしておけ」
リーエの発言に、アッシュ以下皇国軍の将は、誰もが口をつぐんだ。今でこそ自ら剣を執る機会こそ無いものの、前大戦時の彼女を知る為に。常勝を誇った名将が、再び立ち上がる。
「俺も行こう。皇国軍にはかなりの貸しが出来たんでな、清算前に逃げられちゃたまらん。なに、いざとなれば逃げだす準備はしておくさ」
「なら、私も行かないとね。教え子ばかりに無茶させて、大人が出張らない訳にはいかないもの。って事はユーリ、あなたも来るわよね?」
「二人が乗り気なら、断れるはずもなく。ご心配なく、私も無茶をするような歳ではありませんから」
「話は聞いた。ドールマンの目的が想像通りならば、貴様らだけでは荷が重かろう。私も行く。それとレイル、『忘れ物』だ。二度と手放すな」
天幕に現れた、ミレの姿。その背後にいたのは、クロハ。更に後方にはリュージュやゲイル、テリーらの姿があった。
「ホント、酷いよね?ずるいよ、一人で全部抱え込んで……。言ったよ、私も。いつまでも、何処にでもついていくって」
「全く、後で殴らせろって言ったのによ。一つ貸しだ、取っておけよ?」
俺の考えを読んでくれたのか、シャルは付いてくると言わず、ユウだけを離れさせた。離反したのが誰か、あいつが知れば多分気に病む。
「さて、メンバーは決まったかな。俺とクロハ、教官二人にジェノスさん、義姉さん。ゲイル、ユウを担ぎ出した事は不問にしてやるから、お前も来い。黙ってたテリーも同罪だ。拒否する、なんて言わないよな?」
「ちょっと待て、何しれっと自分も行こうとしてるんだ?先生達は化け物だからいいとしても、お前は連戦に次ぐ連戦だろうが。少しは俺達に―――」
「たわけ、貴様程度が行って何になる。奴らが目指すのは、冥界の門。この状況だ、召喚するのは我が父以外に考えられん。万一にでも間に合わなければ、こいつ以外に渡り合える者はいない。無茶であろうが、置いていくという選択は出来ん」
ゲイルに対し、ミレが答えてくれた。多分、教官達でも相対する事なら出来る。でも、それまでだ。決して、再封印なり完全に消滅させるなり、完全に対処する事は出来ない。多分、あの人は知ってる。俺がその為の方法を持っていて、実現出来るだけの能力もあるって事を。というか、あの魔法はそういう為の物なんだって、使っていて気付いただけだ。
「そういう事だ。あ、お前らが足手まといとか、無能って言ってるわけじゃない。っていうか、正直驚いたよ。まさか、全員が成功するなんてな……」
正直、覚醒なんてある種の自殺行為だ。失敗すれば廃人確定、成功してもそれ以降は、異常なまでの力に耐えきれない人も出るって話だ。なのに、そこにいる誰もが、自分の力に負ける様子は無い。よっぽど師匠の教え方がうまいのか、天性か……。生まれつきの俺が言うのもなんだけど、嫉妬さえ覚える状況だった。
「さて、雑談はそこまでです。母様、申し訳ありません。不出来な娘の為に、あなたの手を煩わせてしまい―――」
「言うな。もとより、あの時に私が決着を付けていれば、このような事態にすらならなかったのだ。それならば、これは自身の責。蒔いた種は、自分の手で摘み取る方が良かろう?」
俺の何倍もの時間を生きているというのに、彼女の見た目は若い。下手すれば、母さんより若い位の。魔王を封印したのが初代の旧帝国王で、当時十歳って言ってたか?で、帝国最後の王は四代目。百歳近いって計算なんだけど、合ってるよな?
「アッシュ、部隊の方は任せる。あれらの処分は、ファルスとルアンに一任しておけ。二人ならば、手荒な真似はすまい」
「御意に。レイル、友人として依頼する。王を、我が主を頼む」
「他の皆は、大人しく引き下がったみたいだけど。私は甘くないよー?毎回毎回、私は除け者扱いなんだから、もう」
「驚きました、リュージュさんがそこまでわがままだったなんて。でも、本当に危険らしいですが……」
「ナギはいいの、クロハばっかり美味しいところ持ってって?私だって、レイル君の事は好きだから。譲れないよ、絶対」
憧れとも受け取れる、ほんの僅かな恋心。クロハと違う点といえば、それをはっきりと理解し、口に出来る強さ。それ故にレイルが同行者を選んだ時、何故自分ではなかったのか、と気に病んでいた。
「道案内は任せるにゃ。この地域はミーの庭だから、近道はいくらでも知ってるにゃ!」
レイルとミーアの奇妙な縁は、ここでも繋がっていた。皇国軍に請われ、彼女もまた戦場に立った。最前線でこそなかったものの、本陣近くにいた為か、リュージュやナギと遭遇する結果となったのだった。
集うのは最強の布陣。それに対抗するのは、軍の中でも精強を誇る部隊。運命の時は、刻一刻と迫っていた。




