第三十四章
「そう、そんな事があったのね……。でも、これからどうするつもり?まさか、復讐なんて、考えてるわけじゃ―――」
「最初は、そう思ってましたよ。でも、父さんの幻と出会って、母さんと話して……。それは違う、進んだらいけない道なんだって、理解出来たんです。母さんとも約束したけど、俺はこの戦争を終わらせる。無意味な憎しみを作る奴らに権力を持たせれば、また同じ事が起きますから。いっそ大陸丸ごと、俺達で治めてみるってのも面白いですけど」
レイルが母親に誓ったのは、この戦争を間違った方向へ進ませない事。魔族なら魔族、ヒトであればヒト、それぞれを尊重する、新たな支配者の確立を。たった一人で成し得る事ではないが、自身の力をその実現の為に、全力で注ぎ込む事だった。
「俺はこのまま、大陸各地の帝国軍領地を荒らして回ります。混乱さえ起こせれば、後は皇国軍がうまい事やってくれるでしょう。でも正直な所、こうなると一人じゃ辛いんですよね。ってな訳で、だ―――」
円を作るように並ぶ中、彼は一人の顔を見つめ、歩き出す。母親の姿を見た時、傍にいてほしい、そう願った人の前へと。
「自分勝手で、無茶な願いだとは思うけど。一回は見捨てたくせに、何言ってんだ、って話なんだしさ。一緒に、来てくれるか?」
学園を出る時、声さえもかけられなかった、一人の少女がいる。彼女もまた、何故自分を連れて行ってくれなかったのか、と嘆きもしていた。しかし、今は違う。その実力を認められ、共に歩む事を求められたクロハ。その瞳には、薄らとではあるが、涙さえ滲んでいた。
「うん。レイル君が、私でもいいって、そう言ってくれるなら。でも今はレミーもいないし、ユーリ先生は別行動だよ?私が行っちゃったら、後方支援が……」
「いよーっす、邪魔するぜ。―――って、ホントに邪魔だったか?」
突如入ってきた、一人の姿。レイルが無理に呼び出し、この地へ走らせたジュン・マクレスだった。レミーと共に挨拶だけを交わし、その後は別行動を取っていた彼だったが、クロハを引き抜こうと考えた際、一番先に連絡を取った友人であった。
「ほら、ご依頼の品だぜー。ったくよ、人がそこらのモンスターを討伐して回ってるってのに。ほら、隠れてないで、出てこいよ?皆揃ってるぜ」
背後から出て来た、小さい影。それもやはり、その場全員が見慣れた姿。
「レミーって、ジュン君と一緒だったの?ずっと連絡も無いし、良かった、二人とも無事で……」
リュージュの疑問は、最もな物だ。学園が崩壊して以降、連絡の取れたクラスメートは殆どおらず、足取りが掴めないままであった。誰も口には出さないものの、相手は仲の良い友達ばかり。心配する想いは、それぞれが共に抱いていた。
「ごめんね、心配させちゃって。あれからね、一旦お父さんの実家に避難してたんだ。でも、そこもモンスターに襲われちゃって……。何人かいないみたいだけど、無事なのかな?」
レミーの父親は、ショウと同じように大陸の東側が出身であった。自然と、ショウの両親とも交流を持ち、彼らもまた自身の息子を心配していた。戻る様子は無く、それでも頼りが無いのは元気な証拠、と言わんばかりに日々を過ごしていたのだが……。
「たまたま、俺も近くにいてな。自警団程度じゃ無理な数だったし、レミーも討伐に加わってたんだ。んで、他の場所も同じじゃないか、って話になってさ。驚いたぜ、適当に旅をしてたらレイルがいて、しかも―――」
「ジュン、余計な事は言わなくていい。それより、準備は出来てるんだろ?お前もこっちに合流して、帝国潰しに加われ。これ以上厄介な事になる前に、奴らを叩き潰すぞ」
一度だけ犯した、痛恨なまでの過ち。油断したわけではないが、全てを過信しすぎたが故の。わざわざ知らせるまでも無い、と彼は思っていた。
「って、もしかして私も……?駄目だよ、私なんかじゃ、皆に追い付けないもん。それに、クロハちゃんの代わりなんて、務まるはず―――」
「んー、私はそう思わないけどね?二人共得意な属性は違うし、才能は同じ位よ。天然で障壁を持つ魔法使いなんて、そういないもの。少しだけでいい、自分を信じてみなさい?大丈夫、あなたもあの学園で、短くない時間を過ごしたんだもの」
説教でなく、諭すような口調。普段は飄々としているが、この時ばかりは誰もが、ミネルバもまた、立派な教官であると思い知る。親のようだり、姉のようでもある、理想の教師像。いい加減な部分もあるミネルバだったが、誰も彼女を見損なわない所以であった。
「それに、レミーは道具製作も出来るしね?評判良いんだよ、レミーの魔導符。もう少し修行すれば大陸でも有数の製作者になれるんじゃ、ってユーリ先生も言ってたもの。私はほら、戦うしか能が無いから。レミーとナギ、それに先生が二人もいるんだもの。逆に、私の方が足手まといになりそうかな」
自嘲しつつ、クロハはレミーの頭を撫でる。謙遜ではなく、心からの想いは響き、レミーからは不安の色が消えていた。
「そんな、クロハちゃんが……。でも、そっか。そう、だよね。皆がそう言ってくれるなら、私も頑張ってみる。足りない所ばっかりだけど、よろしくお願いします」
「ええ、足りない所があるなら、皆で補えばいいんです。誰かはそれに気付かなくて、一人で突っ走っていきましたけどね?あ、責めてる訳ではありませんよ?ただ、少し傷ついただけですから」
かつて置き去りにされた事を、ナギは悲しんでいた。恨むわけでなく、自分の力が足りなかった為に。戦いを続ける間も製薬の勉強を続け、少しでも力になろうと努力してきた。それでも自分が選ばれなかった事を、胸の奥で嘆きつつ。
「ああ、それについては、悪かったと思ってるさ。でもほら、あんな話を聞かされて、万一本人と会う事になったら、耐えられないだろ?俺だって殆ど記憶は無いのに、涙を堪えきれなかった位だしな」
学園にいた頃、そして以前出会った時とは違う、柔らかな表情。それを見たミネルバも安堵の表情を浮かべ、これからの方針を探っていく。
「俺は元々、大陸の最北端から順番に、城攻めをしていく予定でした。東は頼りになる人が行ってるので、心配要りませんからね。無限に兵力を生み出せる側としても、三方向から攻め込まれれば、流石に音を上げる、って思ったんですけどね」
予想外であった、禁呪や様々な邪法の運用。眠っていたはずの魔導兵器さえ掘り起し、彼らは大陸を蹂躙し続ける。戦乱の決着は、まだ遥か遠く……。




