第三十三章
「おおう、盛大に暴れてやがる。先生、やーっと見つけました。あの馬鹿みたいな魔法の嵐、間違いなくレイルです。近づこうにも、あれじゃ一歩踏み込めば、こっちまで巻き込まれるなー」
木の陰から現れたテリーは、後ろを歩くミネルバに声をかけた。彼の戦闘痕を追いかけ、辿り着いた一つの城。それは大陸の奥深くにある、一つの物流拠点。
「うーん、中々良い所を突いてるわね。確かにここを抑えれば、帝国側の戦力は削れるでしょう。兵糧が尽きれば、生身の兵は戦えなくなるもの」
地図も見ないまま、ミネルバは呟いていた。自分らがどの地域にいるか、彼女は見なくとも把握出来ている。常に地図を頭に描き、見聞きした情報を元に書き換えていくだけ、といとも簡単に彼女は言い放った。学園最強の剣士と謳われた片鱗が、そこかしこに垣間見える。
「混ざる必要性、無さそうですね。あ、また何体か取りこぼしてる。威力はあるけど大雑把って、まるで誰かさんみたい」
幼い子供がヒーローに憧れる、そういった瞳を湛え、リュージュは囁くように言う。徐々に近づく、探し求めた相手との再会。その時は、もう間もなく訪れようとしていた。
「テリー君、あっちに発生源があるみたい。先生と一緒に回り込んで、潰してきてもらえる?」
相も変わらず、レイルの戦闘は大雑把の一言に尽きていた。大威力の魔法で大きな塊を叩き、近接戦で零れ落ちた物を潰していく、その繰り返しであった。進む事も退く事もせず、ただその場に佇むだけであり、無限に湧き上がるケモノに対しては、余りにも無防備であった。
「玩具を取り上げられた、子供って所ね。一体、何が―――」
そこまで呟き、ミネルバは気付く。彼のすぐ横に落ちている、一つの髪飾りに。それをミネルバは良く覚えており、二度と見る事は無い物だと覚悟していた。
「あれ、確かレクトリアの……?自分で作った物だから、同じ物は二つと無いって、言っていたのに……」
怒りというよりも、単なる嘆きに近いレイルの咆哮。そして傍に落ちる髪飾り。それらを複合して検討した、今の状況。聡明であるが故に、ミネルバはその嘆きに共感を覚えていた。
「そりゃ、悔しいわよね……。私にはレクトリアの代わりなんて出来ないけど、見守る程度の事は出来る。テリー君、急ぐわよ。付いてこれるかしら?」
速度を更に上げ、彼女は疾走を続ける。目指す場所は、城の背後。モンスターらの発生地点がそこだと読んだ彼女らは、それを消去する為の戦いを始める。
「『穿て、灼熱の大槌。闇を照らし、光をもたらせ。《ヴォルカニック・フレア》』」
クロハが放つ大魔法。初級魔法と中級のみを鍛え上げ、上級を超える魔法を一切覚えていなかった彼女だが、それだけでは足りない、と思うようになっていた。それは、レイルの姿を見たが為。遥か先を行く彼の背中を見続け、その背中に追い付きたい、その想いを募らせていった。
空から現れる、巨大な炎の槌。地面は焼き尽くされ、残されたモンスターらは一掃される。骨も残らぬ程、とまでは行かずとも、威力は十二分に実証されていた。術式そのものは、レイルの模倣。しかし純粋に魔法を極めた為に、その破壊力は多少なりとも上回る。
「少し見ない間に、また強くなってるみたいね。でも、今度ばかりは足手まとい、なんて言わせないよ?ほら、ぼけーっとしてないで、さっさと回復!」
ポーションを投げ渡し、リュージュは彼の背後に回る。以前は遠い背中を見るだけだった彼女も、少しずつそれに追い付きつつあった。ナギ特製の薬は、あらゆる傷を瞬時に癒すだけの効能を持つ。
「全く、来るなってあれだけ言ったのにな……。そこまで言うなら、どれだけ成長したか、俺に見せてみろ。背中は、二人に任せるぞ?」
置いていくわけでなく、レイルは前へと踏み出す。傷は癒され、減少しつつあった魔力は万全の状態へと回復する。かつて見放した、一時の友人。戦友と呼ぶに相応しいまでの力を得た二人を背に、彼の疾走は続いていく。
「将軍格に被害が出なかったのは、不幸中の幸いか……。ロアン、被害はどれだけになる?」
グレイルまで退いた、皇国軍の生き残り。各将に関しては、当時本陣まで下がっていた。膠着する戦況に対しての軍議を行っていた為で、前線にいたのは部隊長を含む兵士のみであった。
「ほぼ全滅、です。本陣の護衛、周辺の哨戒にあたっていた五個小隊、計三十名を除いて、ですが。ただ、残存兵にも少なからず影響があったらしく、戦闘続行は不可能かと。ファルス様、あなたも少々お休み下さい。後の処理は、私が引き受けます。」
ロアンと呼ばれた、ヒト族の将軍。唯一被害を免れた存在であり、残った兵も全員が床に座り込んでいた。総兵力の三分の一を注ぎ込まれた、ムラート攻略部隊。最精鋭である部隊は首都防衛に回っているものの、被害は甚大である。
「まさか、ジェノスに借りを作る事になる、とはな……。敵としては最も厄介だが、味方であれば、あれ程に頼もしい輩もいないだろう。まさか、我々が三日をかけて落とせなかった地を、単身、ほんの一日で潰してしまうのだから―――」
ファルスと呼ばれた、バンパイアの長。彼が見上げた方角には、かの城塞がその姿を見せる。城壁からは黒煙が上がり、壁の所々には崩落の跡。一人の人間が、到着した直後に作り上げた光景であった。
「ええ、流石は旧帝国軍の切り札ですね。ただこの事はすぐ、相手方にも知れましょう。後は彼らが、どれだけの活躍を魅せてくれるのか……」
軍の大半は各地のモンスターや、野盗の処理に追われる一方、彼らとは無関係の一般人ばかりが、帝国軍への対抗手段となる現状。それを嘆くと同時に、彼らもまた、そういった人材が現れた事を嬉しくも思っていた。




