第二十二章
「『甦れ紅蓮の炎、立ち上れ迅雷。万象を灰塵と帰し、地を這い回れ。生命を育む大地よ、荒ぶる怒りを解放し、その身をここへ示せ。四天をここへ。其は汝が眷属。星の怒り、晴らすは烈風。渇きを癒し、海原を駆けろ。滾れ、漆黒の灼炎、紅蓮の疾風。星屑の光を宿し、闇を貫け。咲き誇れ、氷の庭園。舞い上がれ、炎の息吹。吹き荒れろ、巨神の雷霆。全て焼き尽くし、高らかに嗤え!《アポカリプス・エッジ》!』」
群がる人形が、その身を翻す。吹き荒れる炎に先陣は焼き尽くされ、迸る雷鳴は後続を断つ。風は滅びを運び、大地はあらゆる悪の存在を否定し、飲み込んでいった。指令に刃向い逃げ出す者は全て、氷の棘に飲まれ、姿を消す。解放された魔力を総動員した結果、その魔法は何よりも広範囲を殲滅する為の、戦術兵器の如き破壊力を持つ事となる。
レイルは今、その布陣から推測した、帝国軍にとっての重要拠点を攻めていた。補給基地や前線基地、そして後方の本拠地までを含み、破壊の対象と設定していたのだった。成功すれば戦争は終結し、例え失敗したとしても帝国軍の戦線は混乱を迎える。まして今、彼は一人ではない。信頼出来る戦友が、その傍に立っていた。
「急ぐのも良いが、少し先を見ろ。安定したとはいえ、その体では全魔力の解放は困難であろう?安心しろ、多少鈍ったといえ、この程度で倒れる私ではない」
単独で前線に立つミレの姿。全方位から押し寄せる敵兵を、彼女は悉く斬り伏せていった。それを援護する為に、レイルは援護の為に魔法を放つ。もっとも、彼の放つソレは全てが必殺の威力を持って、敵兵を薙ぎ払っていくのだが。
「元々、長引かせるつもりはありません。こっちは二人、でも対する相手は、無限と呼べる戦力なんですからね。物量差で押し切られて消耗戦になるなら、一気に突破します!」
叫ぶと同時、何かが彼の体を弾き飛ばした。純粋な、魔力の塊で作られた砲弾。かつての大戦で帝国軍が使用した、魔導兵器の一つである。大気中の魔力を吸収し放たれるそれはしかし、自然界の魔力を濁す物として、終戦と同時に使用禁止とされていた。溜めこんだ魔力量にも依るが、最低でも城壁の一つは消し飛ばす事が出来る。障壁を展開していたといえ、生身の人間が直撃を被れば、場合によってはその身は現存する事さえ不可能となる。
「奴ら、あのような遺物さえ持ち出すか―――!貴様はそこで眠っていろ、すぐに片づける」
気絶していたレイルを残し、ミレのいた地面が爆ぜる。大気中の水分は一部を残して枯渇し、乾いた空気が辺りを覆った。水と風の精霊を従える、魔族の女王。その周囲には、空気中から集められた水が、凍てつく雫となって漂う。大陸を従えた存在の正式な血統が、その力を開放する。
「『―――ル、レイル。起きなさい』」
誰かが、俺を呼ぶ声がする。耳でなく、頭の中へ直接響くように。
「全く、子供の頃から変わらないな。俺の意識ではまだ小さいままだが。今、何歳になった?」
遠い記憶にある、懐かしい声。幾度となく見た、大きな背中。
「と、父さん……?」
十年以上会っていないとはいえ、忘れるはずがない。目を閉じれば、今でもはっきり思い出せる。家族三人が暮らすには丁度いい大きさの家。そこで過ごした、ほんの数年とはいえ、楽しかった記憶が。
「十六、か……。今までに、色々な事があったんだろうな。話を聞きたい所ではあるが、時間が無い。封印式に紛れ込ませる形で書き加えた式だから、長くは持たないんだ。親らしい事を殆どしてやれず、すまなかったな―――」
父さんの手が、俺の頭に伸びる。記憶の奥底にある、温かい掌。覚えていないはずなのに、何故か懐かしさを感じた。
「詳しい事は、母さんから聞くといい。封印の大半は、レクトリアに任せたからな。俺は、俺がやるべき事を終わらせよう」
言って、その手は俺の両腕に触れていた。その魔力が体内に流れ込み、体の中を駆け巡る。同時に、体は内部から焼けるように熱くなり、急速に冷めていった。
「これで、お前にかけた封印は、半分が解除された。多すぎた魔力を抑える封印だったが、こんな状況ではな……」
「父さん、一体、何を……?」
何を言っているか、全く分からない。混乱する俺を前に、父さんは軽く笑うだけ。
「起きた時、体が理解するさ。さあ、そろそろ起きなさい。俺も単なる記憶と意識の集合体だ、いつまでもここにいられるわけではない。そんな事にならないのを願うが、母さんと会ったら―――」
言い残して、その幻影は姿を消した。俺の体が瀕死に陥った時に、意識の奥へ出るようにした、と言っていた。その一度だけ、肉体を再生する為の魔法も仕込んで。あ、考えてたら眠く……。




