第二十章
飛来した魔法陣が大地を飲み込み、通過した場所を空白にしていく。そこにあったはずの岩場は次の瞬間には消え去り、平野になっていた。人間以上の大きさだった岩は砂粒となり、風に散っていった。
「結構魔力を使ったんだけどな……。意外と範囲も大した事ないし、もう一回やり直すか。理論数値だけなら、あっちの森までなら届くはずなんだよなー」
レイルが見た方角には、広大な森林が広がっている。見た目の距離は、ざっとでも一キロ以上。その基礎となった魔法の効果範囲は直径十キロにも及ぶ為、それでも控えめの計算となる。かつて魔王と呼ばれた存在が作り上げた、闇属性最強と呼ばれる魔法。その脅威が、再度大陸に蘇ろうとしていた……。
「ふむ、何かあるとは思っていたが……。まさか我が父の技法を模倣していたか。面白い、それ位でなければ、遊び道具とするには物足りんからな」
離れた場所、レイルが気配探知出来る範囲の外から、ミレがそれを覗いていた。実のところ、ミネルバらがいる場所からそこまでは、徒歩でも半日かからない場所にある。結界の内側に閉じこもっている関係上、彼女らはそれを感知出来ないのだが。
「あの術式では、流転の際に不具合が生じる。効果範囲の不足はそれによる物であろうが……。さて、それに気付けるか……」
ミレが考えているのは、その魔法を完成させる事。そうなれば、あれは最大級の戦力となる。複合魔法なる物を考案した手腕も見事と称賛していたが、それほどの魔法であっても、詠唱には五分とかかっていない。《ヘル・ゲート》の場合は魔剣が触媒となっていた為、詠唱はほぼ不要。その差こそ存在するが、他の性能はほぼ同程度と踏んでいる。
「《アポカリプス・エッジ》だったか、元は禁呪の複合体といえ、あれを開発したのだ。簡単な間違いにさえ気づけば、すぐ解決するはずだがな」
彼女にとって、助言を与える、という選択肢は存在しない。他人を頼らず、他者に甘えず。他者に依存させず、他人を救わない。その身は孤高であり続け、絶対の覇者として君臨する。絶対の王であった自らの父を見て育った彼女は、いつしか自分自身も、そういった生き方のみをするようになっていた。
戦況は、既に膠着状態にあった。海は新生帝国軍に占拠され、孤立した地域への増援は遅れない。しかし帝国軍側も、それを指揮する人材が不足していたが為に、海から本土を攻める手段を使えずにいた。支配地域は増えつつあり、同時に強化兵もその数を増していく。物言わぬ人形、しかし指揮を執る者の命令は忠実に。それらが、劣化したといえ、絶対の能力を持って襲い掛かる。皇国軍は、それに対する打開策を持たずにいた……。
「まさか、とは思ったがな。トルマンの奴、死してなお、我らを苦しめるか!」
「言うな。奴を放り出したのは、我らの過ち。それを言うのならば、過去の自分を責める事になるぞ。今は、あれにどう対処するか。それを論じる場ではなかったか?」
王不在の玉座、そこに皇国軍の将校がほぼ全員集っていた。首都の防衛に回した将を除けば、主力部隊が全員揃っている。それは即ち、旧魔煉軍からの忠臣。その全員が、ノイエの実力を知る者ばかりであり、敵兵の正体を見破る事が出来たのだった。
「この地を抑える限り、奴らは首都を望む術は無い。これ以外の道は険しい山脈か、灼熱の砂漠越えとなる。どちらも大軍を率いての行動は困難を極めるからな。後は、どう黙らせるかだが」
前線指揮官として、バンパイアの長は全権を預けられていた。本来はアッシュの役割だが、彼は最初の会戦以後、首都でリーエの補佐に回っていた。押し寄せる陳情の群れを宥め、それらを的確に処理していく。かつての彼を知る者は全員が、その姿に苦笑を漏らしていた。
「一つ、不確かですが、面白い報告があります。なんでも、数人の子供が各地を転戦し、帝国軍に襲われた街を解放して回っている、と。地元では彼らこそを英雄視する声がある、とも」
発言したのは、ヒト族の将軍。皇国軍に所属する将では唯一のヒトで、かつては同盟を結んでいた勢力の長でもある。終戦後に幕僚入りした彼は、リーエに対し絶対の忠誠を誓っている。単に、その美しさに、その眩しいまでの輝きに魅かれた故であるが……。




