第十二章
端的に言えば、皇国軍の劣勢は覆す術が無かった。宣戦布告と同時に、大陸東方の城はその全てが陥落し、例外なく、将軍格の兵は殺害、若しくは捕縛されていく。部隊指揮を執る事の出来る人材を失っていく皇国軍に、事態を巻き返す術は、そう多く残されていなかった。開戦から、まだ一か月。大抵の将校であれば、敗北を覚悟して余りある状況。それを少しでも覆す為、数人の戦士が、或いは英雄が、大陸を今日も駆け巡っていた……。
「これで三つ目、だよな。ナギ、西側のモンスターを解放して、城門を制圧してくれ。先生、支援お願いします。リュージュはモンスターと共に前進、気付かれるなよ?」
開戦初期に制圧された城。その城門周辺に、ゲイルらはいた。未だにレイルを発見したという報告は届いていないが、今はそれぞれが、出来る範囲の事を。それが、自分達の信じる未来を作り上げる事を信じて―――。
「まさか、これだけの兵が同調してくるとは。なかなかですね、この子らも。私は私のやるべき事を、逐次やるだけですが」
言いつつ、ユーリは城壁から飛び降りていく。高低差は二十メートルを超えており、通常であれば尋常でない痛みが走るか、骨折する高さ。しかしその体は、重さを感じさせる事なく、静かに地面に降り立っていた。
「『目覚めろ、大地の精霊。眠りから覚め、我が道を遮る者に、その聖なる裁きを与えよ。四天の一、地を作りし精霊達よ、一時の光を得、その力を我に示せ』」
本来であれば、短縮しているはずの詠唱文。しかし、文を短縮すればする程、発動する際の魔法が不安定となる事は、多々報告されている。熟練ともなればそれを技術で補えるが、初心者や経験の足りない魔術師では、それを抑える術を持たない。今回ユーリがそれをしなかった理由は、針の穴を通す程の精密さを求められている、その一点に尽きる。着弾点が少しでも異なれば、途端に計画も崩れ去り、前衛が窮地に晒される。それを防ぐ為にも、時間はかかるといえ、正式に全てを詠唱する必要があった。
「『契約に従い、我に従え。我は天空の覇者。卑賤なる僕よ、大地を駆け、常世を飲み干せ。荒野を巡り、海原を渡れ。流離の輩、流浪の朋輩。風を纏い、雷鳴となり大地を切り裂け。《ライトニング・エッジ》』」
そこに、強烈な横槍が入る。押し寄せる敵兵は姿を消し飛ばされ、奥にいる魔法兵はその威力に気圧される。ユーリの頭を過ったのは、たった一人の姿。誰もが探し求めていた、孤高の英雄。
「全く、教官までいるなんて。気付いてるでしょう、あれが何なのか?人の親を勝手に使うとか、ふざけるにも限度がある」
風を伴い、少年は駆け出す。その姿はまるで、触れる物全てを破滅に導く、黒い迅雷。伝説上でのみ散見される、ある英雄の姿。怒気を孕み、群がるモノ全てを薙ぎ倒す姿に、ユーリは戦慄を覚えた。かつて旧友が一度だけ見せた、同様の姿。その時もまた、彼に近づく全てが微塵に砕かれ、消滅していった事を。
「リュージュ、他の連中を連れて一旦退け。北にある街で、場所を確保してある。クロハ達もそこで待ってるから、先に行っておけ。俺は、ここを殲滅してから向かう」
最前線にいたリュージュは、その姿に我を忘れていた。探していた人物が、今目の前にいるにも関わらず。不意に現れた彼の姿に、思考が追い付いていなかった。




