第七章
夢を、見ていた。本来なら有り得たはずの未来。
「さあ、入場してきました。その速度はまさしく風、内に秘めるは雷の如き破壊力!それは神か、それとも死神なのか?進学科二年、レイル・トルマン選手の入場です!」
沸き立つ歓声。双眸が見据えるのは、目の前にいる好敵手。一年目は、組合せの妙で敗北を喫したが、今年はそれを糧に訓練を積み重ねてきた。誰かが、レイルの事を風神と呼び、また別の誰かは彼を雷神と呼んだ。
「馬鹿馬鹿しい。そんな物は、あの時に切り捨てたはずだ……」
目を覚ました彼は、その映像をそう吐き捨てた。自分一人が狙われ、周りの友人を、大切な場所を巻き込んだという事実。それが、彼の心を未だ蝕んでいた。
「誰だ?」
不意に聞こえる、控えめなノックの音。レイル達は辿り着いた城に部屋をあてがわれ、そこに一泊する事にしていた。小さい城と言われていたが、それは本城であるルーカスに比べて、という意味合い。規模だけで見れば、大陸中にある出城の中でも最大級の物。
「ナギです。話したい事があったので、遅くはありますけど。いいでしょうか?」
「それなら、少し外に出よう。星も綺麗だし、丁度いいだろ」
外套を二枚手に取り、扉を開ける。そこにいたのは、大陸一見目麗しい種族と言われるエルフの、その中でも一際輝く原石。長い髪を風になびかせ、佇む少女の姿。その姿にレイルは、遠い記憶の中にある母親の姿を映していた……。
「大陸のこちら側は、星が綺麗ですね。故郷にいた頃を、思い出します」
普段は物見台として使われているバルコニーで、二人は話していた。最初は、他愛のない昔話。エルフの血を引くレイルなら、話に聞いた事はあるだろうと、生まれてから一時期住んでいた、エルフの島の事も。
「小さい頃、族長から聞かされていました。天や星は世情を映し出す鏡だ。星が荒れれば、大陸は荒れる。その逆もまた然りだから、空を見る癖は身に付けておけ、と」
懐かしむように、ナギは故郷の方角を見上げていた。隣でそれを見るレイルもまた、自分の生まれ故郷の方角を見上げる。幼い頃、数年だけを過ごした村。そこが今どうなっているか、彼は知らない。
「たまには、いいもんだな。空をゆっくり眺めるなんて、ずっと忘れてた。ところで、話したい事、って?」
「ええ、そうでしたね。実は私、あなたの母親、レクトリア・ブライトネスとは、面識があるんです」
今まで言う機会が無く、隠しているようになってしまった、と彼女は続けた。
ファンシュバイク家とレクトリア本人は、深い親交があった。元々家同士の繋がりを重要視するエルフではあったが、親戚関係でなければ、家族ぐるみの付き合いを持つ事は滅多に無い。そういった風習の中、それは珍しい例と言えた。
「私は一人っ子なので、姉妹という関係には憧れがありました。そんな私にとって、年が離れているとはいえ、姉のような存在でした。実際、幼い頃は姉さん、と呼んでいた程です」
ナギがレクトリアと出会ったのは、本土にあるエルフの集落。島を追われる形で出て来た彼女が、身を寄せた内の一つ。会話に出た学園都市という場所に憧れ、両親にした唯一の我がままだった。
「だから、信じられません。あの優しい姉さんが、そんな魔法の研究をしていたなんて。私は魔法に関しての知識は、殆どありません。でも、これだけは言えます。姉さん、レクトリア・ブライトネスがエルフを裏切る事なんて、絶対に有り得ないと。あなたが、私に対して一歩引いたような態度を取っていた事は、薄々ですが気付いていました。負い目を感じる事なんてないんですよ?私はあなたも、あなたを生んでくれた人達の事も、心から信じているんですから」
普段は口数の少ないナギだからこそ、その言葉には重みがある。しかしレイルは、その差し伸べられた手を……。
「ありがとう、少しだけど楽になった。俺は混血だから、島に行く事は出来ない。だから、今その場所がどうなってるか、なんて知らないんだ。ただ、話に聞く限りだと、何もない場所って事になってる。出来る事なら、俺は―――」
かねてより、心に決めていた二つの想い。誰も傷つく事の無い世界、そして全てを清算した、その後の事……。
翌日、レイルは城から姿を消した。荷物一つ残さず、誰にも別れを告げず。残されたシャルロッテとナギは、彼の行く手を追う事。それを第一目標として、旅を続ける。