第五章
嵐が止み、静寂が訪れる。四人の後ろにいた兵達は、一呼吸遅れてからの歓声を上げる。それぞれが違った、喜びを噛み締めつつ……。
「アホみたいな物ぶっ放しやがって……。あと数秒遅れてたら、あたいまで巻き込まれてたぞ?言葉通りに殲滅したみたいだけど、取り敢えず一発殴らせろ」
宣言した直後、右腕で思いっきり胸を殴られた。骨が折れた感触は無いけど、障壁を張る暇もなかったせいで、衝撃が全て襲い掛かる。
「痛―――。仕方ないだろ、あそこまで広範囲になるなんて、使うまで知らなかったんだから。まあ、何事も無くて良かったって事で。ナギ、兵士の方は全員無事なんだな?」
「ええ、ですが数名、手遅れとなってしまって……。申し訳ありません、私が未熟なばかりに」
隊長らしき人物に、ナギが頭を下げていた。犠牲者を出さない、それが俺達の目標だった。それが最初から破られれば、俺としても良い気はしない。
「いえいえ、あなた達が来なければ、全滅していた所です。長旅の直後らしいですし、お疲れでしょう。簡単ではありますが、夕食の用意をさせています。お仲間と、そちらのハンターのお二人も是非」
そういえばいたな、猫が一匹……。父親がハンターをやってるって言ってたけど、あの人がそうなのかもしれない。何処となく、ユーリ教官に似ている気もする。兄弟だって言ってたから、当然か。
「気づくのが遅いにゃ!っていうかレイルっち、普通にミーの名前を呼んでたにゃ!」
「はは、悪い悪い。久しぶりだな、ミーア。元気そうで何よりだよ」
学園でのいざこざで、分かれてからの動向を知らなかった俺は、無事なのかどうかを心配していた。教官の遺体も見当たらなかったから、多分無事なんだろうとは思っていたけど。
「何だ、その猫?戦闘自体は終わったけど、誰かのペットなら飼い主の所に戻りな。まだまだ危険だぜ、ここは?」
少し離れていた所で、ナギと話していたシャルは、不意にこっちへ近づいてきた。あれを使うと、少しの間気配探知や魔法行使に、影響が出る。多分、大量の魔力を一気に消費する後遺症だろう、とユーリ教官から言われている。当然、多用するのは厳禁だ、とも。
「ミーは人間にゃ!レイルっちといいこの人といい、猫扱いするのは駄目にゃー!」
大陸僻地の、とある森林。数十メートルに届く木々は、日の光だけを通し、薄暗くもあり、明るくもあるという不思議な様相を呈していた。地元の者さえ近寄らないと言われる、魔の森。そこに、二人の男が立ち入っている。
「確かこの辺りなんですけどねー。えーと、あったあった」
傍から見る限り、他とは何の違いも無い、単なる岩場。知る者のみが分かる、一種の目印がそこに刻まれていた。
「悪趣味な。死体を弄んで、貴様は何がしたい?」
掘り起こされた、二つの遺体。どちらも腐敗はしておらず、今にも動き出しそうな物。片方はエルフ、もう一人は魔族にも見える。
「言ったでしょう、実験だと。魔族の方は他に類を見ない規格外ですし、エルフの方は種族最高の魔術師。これをベースとし、動く死体を量産します。成功すれば、とても優秀な手駒になるでしょうね。それに敵側には、二人の息子がいます。本体に限っては、意識だけは残す程度に縛るべきですねー」
外道が、と男は吐き捨てた。自身も真っ当な生き方はしていないと思っているが、これ程に歪んだつもりはない。それが、彼を支える芯。
「さて、これで下準備は完了です。これほどの荷物、持ち歩いては不審に思われるでしょう。取り敢えずですが、異空間に隠しておきます」
言って、もう一人が短剣を取り出す。刃の付いていない、単なる飾りのような剣。それを振るうと、目の前の空間に亀裂が走った。次元切断、神代の天使が造ったと言われる、伝説級の装備。現代の魔術師達では到底辿り着けない、文字通り神の創作物。
「では、戻りましょう。少し忙しくなりますよー。素体の選定と、同時に収集をしないといけませんから」
二人はどちらからともなく、元来た道を歩き始めていく。穏やかだった海は荒れ、空には暗雲が立ち込める。それは、これからの大陸の命運を、ここに予言するかのように……。




