8.目が回るお風呂の日常
「ちょっと、今見たらあんた血まみれじゃない!
夢から覚めたら洗濯機で丸洗いだからね、覚悟しなさいよ」
「えっ、お風呂……やだ。あれ、目が回るんだもん」
「ダメ。血はすぐに洗わないと落ちないんだからね」
「ちぇっ……はーい」
私たちは魔核を携えて町に戻り、ギルドへと到着した。
受付のお姉さんに魔核を渡すと、彼女はにっこりと微笑む。
「はい、確かに。依頼完了です。だいちゃんはこれで、Cランクの冒険者ですね」
「やったぁぁぁ!」
私の右腕が、千切れんばかりの勢いで左右に大はしゃぎする。
喜びすぎて、私の体まで左右に揺さぶられるほどだ。
「加奈お姉ちゃん、今夜は行きつけのお店で祝勝会だからね!」
「はいはい、わかったわよ……。でも、私、もう歩けないくらい眠いんだけど……」
「でしたら、ギルドの仮眠室をお貸ししますよ」
受付のお姉さんの親切な提案に甘え、私は倒れ込むようにして仮眠室のベッドへ潜り込んだ。
(……今夜は、お祝いかぁ……)
ぼんやりと考えながら、重い瞼を閉じる。
◇
次に目を開けたとき。
視界に入ったのは、見慣れた安アパートの天井と、窓から差し込む眩しい朝日だった。
はっ、として、私は思わず自分の右手を見た。
……だいちゃんは、いつもの布の塊のままだ。
血なんてついていない。そりゃそうだ、あれは夢なんだから。
「でも、もしまたあの世界に行くなら……」
だいちゃんを洗濯機に放り込む。なんとなくタンスの中でたたんであった夢の中で着ていたTシャツも
あわせて洗濯した。 ついでに、大して汚れてもいないスニーカーも丸洗いした。
ジーンズは色落ちが怖いから、だいちゃんの脱水が終わってからにする。
そうだ、大学に行かなきゃ。
私は、洗い立てのだいちゃんを物干し竿のピンチに吊るした。
青空の下でブラブラと揺れる勇者の姿を見届け、足早にアパートを後にした。
「加奈!」
キャンパスに着くなり、私を呼ぶ声が聞こえた。
親友の舞香だ。彼女は大学の同級生だが、身長145センチと小柄で可愛らしく、
おまけに愛嬌もある。私が欲しくても手に入らないものをすべて持っている――
と言っても過言ではない。
そんなキラキラした存在なのに、彼女はいつも私に寄り添ってくれる。
実は、私がライブ配信を始めたのも、彼女の後押しがあったからだ。
「ねぇ加奈。演劇サークルに入る決心、ついた?」
数日前からずっと誘われていた。
正直、顔にコンプレックスがある私にとって、舞台に立つのはハードルが高すぎる。
けれど、舞香はいつだってこう言う。
『関係ないよ。加奈は声が可愛いんだから。
それに舞台のメイクなんてものすごい厚化粧なんだから、誰も素顔なんて気にしないよ。
……それに、加奈がいればツッコミ役を任せられるから、私も楽だし!』
「最後のが本音でしょ」
「あはは、バレた?」
いつものやり取り。
けれど、今日の私は少しだけ違っていた。
「……でも、実はね。だいちゃんとの冒険で、
何か新しいことを始めたいって思ってたところなんだ。
だから、入るよ。演劇サークル」
「えっ、本当!? やったぁ!
でもだいちゃんって、あのパペットの? 冒険ってどこか行ってたの?」
私は歩きながら、舞香に昨夜からの不思議な出来事を話し始めた。
だいちゃんが勇者で、私がその『足』だったこと。
オオカミを全力投球で倒したこと。
「あはは! 不思議な話もあるもんだね。でも、面白いよ。すごく加奈らしい」
舞香の屈託のない笑い声が、キャンパスに響いた。




