1.加奈とだいちゃん
「みんなー、今日も聞いてくれてありがとう! それじゃあ、加奈とだいちゃんでした! まったぬ~ん!」
配信終了のボタンを「プッ」と押した瞬間、私は電池が切れた人形みたいに床へ倒れ込んだ。
「はぁ……疲れた。死ぬ……」
さっきまでのハイテンションな作り声が嘘のように、安アパートの一室には重苦しい静寂が戻る。
私は加奈。一応、声優を目指している女子大生だ。
声には自信があるけれど、正直、顔には自信がない。
だから私は、手作りパペットの『だいちゃん』をメインキャラに据えて、
声優チャンネルのライブ配信を続けている。
ただ、リスナーの八割は、画面に映るのが「布の塊」だと分かった瞬間にブラウザバックしていく。
「私の声を聴いてほしいのに。声優は顔じゃないのに……」
溢れそうになる涙をこらえながら、私は意識を手放した。
右手には、相棒のだいちゃんをはめたままで。
◇
ふと気づくと、私は見たこともない広場に立っていた。
どこか懐かしいドット絵の世界を、無理やり高精細な3Dに描き直したような街並み。
中世ヨーロッパ風の、いわゆる『王道RPGの最初の町』そのものだ。
そこで、ありえないものが聞こえてきた。
私の右腕から、聞き慣れた「男の子の声」が響いている。――私が喋っているわけじゃないのに。
「やぁ、おばさん! そのリンゴ、すごく美味しそうだね。どこで買ったの?」
「おや、可愛い坊や。あそこの果物屋さんだよ」
「そっか、ありがとう! さっそく買いに行ってみるよ!」
驚愕。
私の右手に鎮座するだいちゃんが、勝手に口をパクパクさせて村人と会話している。
それどころか、だいちゃんが走り出した勢いで、私の体は右腕に引きずられるように移動を開始した。
「えっ、ちょ、ちょっと待って!?」
必死に踏ん張って抵抗する私。すると、だいちゃんがグイッと首をひねって私を振り返った。
ボタンの目が、心なしか呆れたように細められる。
「ん? あれっ、加奈お姉ちゃん、どうしたの? リンゴ買いに行くよ」
「ちょっと待ってって言ってるでしょ! 何これ、夢!? っていうか何で動くのよ!」
「ああ、そっか。お姉ちゃんはこの世界は初めてなんだっけ。ここは『ミクスの町』。
僕はここで冒険者をやってる、勇者だいちゃんだよ!」
いや、そうじゃなくて。設定の話じゃなくて。
「すごいでしょ? さっきレベルも10に上がったんだ。――ステータス・オープン!」
だいちゃんがそう叫ぶと、空中に半透明のウィンドウが現れた。
そこには確かに【称号:勇者】の文字。
いや、だから、そうじゃなくて!
「ほら、加奈お姉ちゃんのも見てみなよ。ステータス・オープン!」
ブンッ、という効果音と共に、私の目の前にもウィンドウが展開される。
【名前:加奈】
【称号:勇者だいちゃんの足】
「…………えっ?」
私は、私という存在のすべてを込めて絶叫した。
「あしぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」




