0.独白
死んでしまいたい。そう思ったことはあるだろうか。
消えてしまいたい。そう思ったことはあるだろうか。
いっそ、最初からいなかったことにしてほしい。そう思ったことはあるだろうか。
こんな世界、滅びればいい。そう思ったことはあるだろうか。
「私はある」
淡々と、しかし自信を伴った声で、彼女は独り言ちた。高層ビルの屋上から眺める街並みは、夜が更けているにも関わらず、人工的な星々で満たされている。
希望を持って生きる人がいる。未来を夢見て生きる人がいる。今日も明日も明後日も、自らの生が変わらず続いていくことを欠片も疑わない人がいる。薄気味悪いフィクションのようにしか思えないそれらは、どうやら現実に存在らしい。
携えた鎖鎌が、金属の擦れた鳴き声を上げる。初めて手にした時よりも、だいぶ手に馴染んできたように思う。
「私は、ある」
例えば満員電車に詰め込まれている時。
自分より不幸な人間が数え切れない程いることなど理解している。
例えば同僚に冷ややかな目を向けられた時。
現代人は昔の支配者一族よりもずっと贅沢な生活をしているという説があるらしい。
例えばじわじわと不穏に傾く世界情勢を眺めている時。
自分が生まれた時、とても嬉しかったのだと語る両親を忘れたわけでもない。
「でも」
これが身勝手でも、幼稚な我儘であっても。
「私の苦しみがなくなるわけじゃない」
胸の詰まる息苦しさから解放されるのなら、それでいい。何にせよ、もう後戻りなどできない。しようとも思わないが。
『核が起動しました。戦闘員は位置を特定し、破壊してください』
通信が入る。手に持った探知機に表示されたのは、かつて通っていた、会社の最寄駅だった。
自嘲するような笑みを浮かべて、彼女は屋上から飛び降りた。




