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第三十七話 消えた役目
使者が来た。
足音が近づき、
光秀の前で止まった。
巻物が差し出される。
名は呼ばれない。
「……以上にて」
それだけで去っていった。
光秀は巻物を開いた。
文字が並んでいる。
中央に一行。
「京の安定を見よ」
その上の欄だけ、
薄く空白が残っていた。
宛名を書く場所だった。
紙の端が、指に触れて揺れた。
光秀は巻物を閉じた。
二条御所に入ると、
奥から声が聞こえた。
藤孝の声。
公家の声。
商人の声。
その中に、
光秀の名は出なかった。
襖が閉じられる音。
話が終わった。
廊下を歩く。
板の上に足音が落ちる。
角を曲がると、
藤孝が出てきた。
光秀を見る前に言った。
「……すでに、手配は済んでおります」
藤孝はそのまま歩き去った。
光秀は歩いていた。
安土でもない。
京でもない。
名のない道。
立ち止まる。
手を見る。
指先に、
墨の跡がうっすら残っていた。
消えかけている。
影が、うまく定まらなかった。
誰も来ない。
名を呼ぶ声もない。
光秀は、そこに立っていた。




