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タカテラスの帰らぬ旅  作者: 彩霞


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第3話 グレイス

 タカテラスは立派な住宅が両脇に立ち並ぶ、石畳で出来た通りに来ると暫く歩いた。上り坂になっているその場所は、露店があった通りと比べるとずっと人は少なく、その上タカテラスのように大きな荷物を持っている者はいない。


 すれ違ったり、歩調の遅いタカテラスを追い抜いたりするのは、きちんとした身なりをした男たちである。それもタカテラスの横を通り過ぎるとき、ほとんどが不審者を見るような目で警戒した。


 あまりいい気分ではないのだが、タカテラスは致し方ないと思っている。

 フィリンガーの街では外から来た者たちが多い分、彼らが起こす犯罪も多い。特にこの辺りは、代々フィリンガーに定住している人たちが住んでいるところなので、見るからに余所者よそものと見えるものには厳しい目を向ける。


 タカテラスが犯罪を起こすような気持ちを持っていなくとも、すれ違う紳士には彼の心の内は分からない。分かってもらうには、お互い腹を割って話す必要があるが、それをするには途方もない時間がかかってしまう。


 ゆえに「外から来た者」は「同じ括り」に入れて警戒する。

 そしてこれは人間の考え方に元来備わっているものらしい――ということを、人から借りた本で読んだことをぼんやりと思い出した。


 タカテラスは「自分に危険が及ばないようにする」ことと、「周囲に迷惑をかけないようにする」という二つのことだけ気にして、あとは風景を楽しみながら歩いた。村にはない背の高い立派な石造りの家。ほとんど似たような形になっていて個性はないが、それゆえに建物に一体感があって、この場所そのものが一つの芸術品のようだ。


 背の高い家に道が囲まれると、空は狭まるが、石造りの家の鋭い線が空を綺麗に切り取っていて美しい。昼時前の空は穏やかで、優しい青色の下地に、夏を迎える前の白くてほわりとした雲が、ゆったりと西から東へ流れていた。


(村の空も好きだが、ここの空も好きだ)


 坂が一旦途切れたのち、タカテラスは左側の道へ入る。そこからもう暫く歩くと、目的の石造りの建物の前に辿り着き、ドアノッカーを叩いた。

 すると、中から初老の背の低い男が出てきた。


「はい」


 俯いていた男はそう言って顔を上げると、見知った顔に少し驚いた表情を浮かべた。


「これは……タカテラスさま?」


 タカテラスは、にこりと笑みを浮かべると挨拶をした。


「お久しぶりです、ノトイアさん。あと、いつも言ってますが、私のことは『さま』付けしなくて大丈夫ですよ」


 彼のことを「さま」を付けて呼ぶのは、この世でこの人くらいしかいない。

 しかし、ノトイアはぷるぷると首を横に振って「なりません」と言った。


「主人の大切なご友人であり、お客さまです。私はいつだって、タカテラスさまとお呼びいたします」


 ノトイアの主張に、タカテラスは苦笑する。


「参ったね……」


 一方でノトイアは、それ以上の問題に焦っているようだった。


「いえ、それより私としたことが、タカテラスさまがいらっしゃるというのに、何もご用意していません。これでは坊ちゃんに怒られてしまいます」


 慌てた様子で話すノトイアに、タカテラスは「あの、違うんです!」と否定した。


「約束はしていなくて、私が勝手に来てしまったのです。ですが、ここまできたので、もしグレイスさんはいらっしゃるのならお会いしたいと思ってお伺いしたのですが……やはりご迷惑ですよね?」


 するとノトイアは満面の笑みを浮かべると、「迷惑などございません。きっとグレイスさまもお喜びになります。ですから、どうぞお入りください」とタカテラスを中へ促した。


「ありがとうございます。お邪魔します」


 玄関から続く細い廊下をノトイアの後ろに付いて行くと、一番奥の部屋に辿り着いた。ノトイアはドアを三回ノックをし、「失礼します」と言って中へ入った。


「どうした、ノトイア。急ぎの用件か?」


 声が聞こえたとき、タカテラスは「あっ」と思った。


 これはよく知った人の、ちょっと不機嫌そうなときの声である。タカテラスは久しぶりに聞こえた知人の様子に、心が浮かれそうになる。

 気持ちを押さえながら、背の小さいノトイアの後ろに無理矢理隠れて部屋の中を覗いた。部屋の主は、まだ机の上の書類とにらめっこしているようで、タカテラスに気付いていない。


(相変わらず、本が沢山!)


 ふっと笑って、半年前に入ったときと同じように、ぐるりと部屋の様子を眺めると、書棚に入らなかった沢山の書籍が、床のあちらこちらに山積みされているのが目に入る。


「グレイスさま、タカテラスさまがお見えです」


 ノトイアが答えると、部屋の主は瞬時に顔を上げた。


「何!」


 途端、ノトイアの背に隠れていたはずのタカテラスと、部屋の主の目が合った。黒い髪に、黒い瞳をした三十六歳の大学教授。実直そうなきりりとした顔立ち。俯いているときは近寄りがたい雰囲気があったが、こちらを見た瞬間嬉々とした表情を浮かべると、まるで子どものようである。


「こんにちは、グレイスさん」


 グレイスと言われた部屋の主は、椅子からぱっと立ち上がると、タカテラスの前へ来た。

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